Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    Q_miyako

    @Q_miyako

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 25

    Q_miyako

    ☆quiet follow

    犀片pc 和泉梓
    通過前のssなので特にネタバレ無し

    『メロンパンをよく食べる』 母が帰ってこない。
     数十回目のコール音に焦りを募らせながら、わたしは玄関のドアノブを握りしめていた。ぎゅうと握り、されど捻れず。それも当然だ、捻って外に出て、いったいどこを探せばいいのかなんて見当もつかない。
     何を言われていたわけでもない。何を言われていたわけでもないが、だからこそ、不安の中の嫌な考えが悪戯に輪郭を確かにしていく。
     ──変なこと考えて、ない、よね?
     父との離婚以来、思い詰めたように鬱ぎ、口数が減った母の横顔を思い出す。
    「……おかあさん」
     縋るような声がぽつりと零れる。こんなところで泣きそうになったって、無意味で、何が起こるわけでもないのに。
    『……あれ?』
     不意にコール音が途切れ、ノイズ混じりの音声がスピーカーから流れ出した。
    「っ、おかあさ」
    『母さんそれ勝手にボタン押さないでよ〜』
    『だってあんたさっきからブーブーずっとなっててうるさいじゃないの』
    『ほっとけばいいじゃんうるさいだけなんだから……あ、父さん枝豆取って〜』
     聞こえてきた脳天気な母の声と食器の音、何かのバラエティ番組の笑い声に、言葉が詰まる。
    『あ〜……梓?』
    「……お母さん? 今、」
    『お母さんねえ、母さ……おばあちゃん家にいるんだよね。ご飯食べてお酒飲んでて〜ってゆっくりしてるから、悪いけど夕ご飯1人で食べれる? お小遣い、まだあるでしょ?』
    「ある、けど」
    『……何、あんたんとこの子? 夕飯、追加で作るの?』
     発しかけた声が、喉で止まる。
    『んー……梓、ひとりでコンビニとかスーパーとか、行けるよね?』
    「……うん。行ける。わかった、大丈夫!」
    『だよね〜! それじゃあ急にごめんだけどよろしく! 梓はしっかりしてるから大丈夫だと思うけど、帰ったら今日は鍵閉めちゃっていいからね、お母さん、今日は……ちょっと元気になるまでは、しばらくこっちに泊まって、心の休憩したいから。それじゃ、おやすみ〜』





    「はーれーたーるーあーおーぞーら、たーだーよーう、くーもよー……♪」
     た、た、た、た、と忘れた歌詞をハミング誤魔化しながら電気をつける。静かな家の中にビニール袋が揺れる音が、嫌によく響いた。
     台所に向かおうとしてふと思い直し、進路を変えて自室に向かう。ぼふん、と勢いよくベッドに倒れ込みスマートフォンの電源をつければ、数時間前に閲覧していたホラー映画の恐怖シーンが、間抜けな一時停止を受けて私を待っていた。
    「んふふ」
     大して面白くもなかったけど、何となく笑う。
     無感動に再生ボタンを押して、ビニール袋の中身を漁れば、指先が捕まえるのはふわふわのメロンパンだ。賞味期限間近につき、なんと半額。多量に売れ残っていたところを見ると美味しくないのかもしれないが、安く買えるのならなんでもよかった。なんだかんだメロンパン、食べたことなかったし。
     袋を開け、かぶりつく。甘くザクザクとした砂糖に、柔らかい生地。売れ残っていた割には悪くないじゃないか、と思いながら、ボロボロとこぼれた砂糖の欠片を指先で拾って、行儀悪くぺろりと舐めた。
     甘い。甘い。カロリー、熱量の味がする。夕飯前にお菓子を食べちゃダメだよ、なんてことを昔言われたことがあった気がした。お父さんだかお母さんだかに言われて、これまでは律儀にそれを守ってきたが、今はそれを破ったとて咎められることはない。
     ざく、と小さな音がする。歯を立てて砂糖が削れて、欠片が落ちる。
     甘い。甘い。わかりやすく、甘い。
    「……」
     ふと時計を見ると、時刻はもうすぐ零時を回りそうだった。早く寝なさいね、と咎められることも同様になく、こんな時間に甘いものを寝っ転がりながら食べて、だらだらと、家の片付けも明日の準備もしないままに夜更かしをしている。
     家の中は静かだ。ゆえに、時折擦れるビニールの音と、スピーカーから流れる安っぽい悲鳴が、わざとらしいくらいに響いて感じた。
     ふ、と息を吐いて、液晶の光にゆっくりと目を細める。
     自由だな、と思った。

     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works