幼い頃の記憶は無い。どうやってMIDに来たのかも覚えていない。気づいたらここに居た。家族のことも、昔のことも、自分の年齢も、何も覚えていなかった。別に苦しくはない。マッドお兄ちゃんもムネーお兄ちゃんもいる。ニンフには、それで十分。
おかあさんもおとうさんもやさしいひとだった。おうちがだいすきだった。いつもにこにこしていた。おかあさんのつくるごはんがだいすきだった。おとうさんのひくぴあのがだいすきだった。にんふもおかあさんとおとうさんみたいになりたかった。おかあさんはよくかぜをひいていた。だからおそとにあそびにいったきおくはあんまりない。それでもたのしかった。おひさまがでているうちはおかあさんとたくさんあそんで、おやすみのひはおとうさんもたくさんあそんでくれた。すっごく、しあわせだった。
ニンフの能力は「マインドコントロール」。人の心を操れるらしい。使い方はよく分からないし使い道も分からないけど、すごい能力だねって褒めてくれた。だから、この力でみんなの助けになりたいって思った。ニンフを助けてくれたように、今度はニンフが助ける番だって。頭が痛くても、目の前が真っ暗になっても、倒れそうになっても、動けなくなっても、自分のことなんて顧みずに、その力を使った。
あるひ、おかあさんがべっとのうえでくるしそうにしていた。そのひはおとうさんがおうちにいたからすぐにびょういんにいった。にんふもついてくっていった。でもとめられた。だいじょうぶ、おかあさんはすぐげんきになるから、まっててねって。おかあさんはくるしそうだったけどわらっていた。おとうさんも、にんふはいいこだからっていってた。だから、にんふはおうちでまってた。はやくかえってこないかなって、ずーっとまってた。
マッドお兄ちゃんに怒られた。自分の心配もしろって言われた。びっくりした。だってニンフはみんなを、お兄ちゃんを助けたかっただけだから。そのためならニンフはどうなってもよかった。そしたらマッドお兄ちゃんはニンフのことを叩いた。びっくりしたし、痛かった。初めてだった。びっくりして涙が出そうだったのに、マッドお兄ちゃんはどこか苦しそうな顔をしていた。どこか、見覚えのある顔のような気がした。
おうちにでんわがかかってきた。にんふにはなんていっているのかわからなかったけど、おそとがなんだかうるさかった。むかえにきたおじさんといっしょにおそとにいくと、こわれたくるまがあった。まわりには、あかいちがひろがっていた。くるまのなかには、かわりはてたおかあさんとおとうさんがいた。おさないにんふにもわかった。おかあさんとおとうさんは、もういない。
ムネーお兄ちゃんも怒っていた。それと同時に泣いていた。だからニンフは約束したの、もう無理に能力は使わないって。自分のことも心配するって約束した。お兄ちゃんたちに、もうあんな顔はさせたくないから。
きづいたら、しらないばしょにいた。どこかなつかしいような、みおぼえのあるようなばしょ。そのときふときがついた。じぶんのなまえはわかる、おかあさんたちはもういない。あとは、なにもわからない。てあしのうごかしかたも、こえのだしかたも、きおくも、じぶんのことも、わらいかたも、なにも。もういちど、めをとじた。かおをなにかがながれるかんじがした。
ここに来た時のことを考えていた。あの頃は笑い方も話し方もなにもわからなかった。いままでどうやって生きてきたのかも。自分が何者なのかも。記憶はまっさらだった。それでもお兄ちゃんたちは優しくしてくれた。色んなことを教えてくれた。おかげでニンフは今ここに居る。もしニンフにお母さんやお父さんがいるなら、今ニンフは幸せだよって、言ってあげたいな。どこにいるのかな、おかあさん。