飴を口に含んだ兄が眉をひそめたのを見て、ああ、好みの味じゃなかったんだなと悟る。そうとなれば次の行動は決まっている。良いところだったんだがと思いながら、読んでいた本に栞を挟んだ。
「宮田さーん」
ほらやっぱり。間延びした声にはいはいと相槌を打ち、近寄ってきた片割れに応えて立ち上がる。
慣れた手つきで右手を頬に添えられ、鏡を見つめるように同じ顔が眼前に迫る。俺は少しだけ目を伏せた。この人に委ねようとしているわけではなく、癖みたいなものだ。
逆に牧野さんは眠るように目を閉じるので、彼の顎を固定して俺から動く。
受け手側がリードするのはおかしくないだろうか、と疑問に思いながらも、「そういうものだ」と受け入れている俺も既に絆されているのだろう。
柔らかい感触が唇に伝わる。互いのそれを擦り合わせてから、軽く舌先でつついて開けろと合図を出す。飴玉を移動させたのだろう、何やらもごついた動きを肌越しに感じた後、牧野さんはそろりと口を開いた。
その瞬間を見計らって、食らいつくように凹凸を重ねた。舌全体に広がる甘さと飴が押し付けられるのを感じて、力を弛めて迎え入れる形を作る。
ころり。
自分以外の体温とともに甘い球体が舌に乗った。
唾液で転がりやすくなった塊は、俺の口内を自由自在に動き回ろうとする。それを奥歯の向こうへ押しやり、温もりを欲してまた舌先を伸ばした。
飴玉はすでに俺の口の中、もうこの行為に意味も理由もないのに、続きを求めてしまうのはやはり馬鹿なのだろう。望む俺も、受け入れる牧野さんも。
触れ合った舌が水音を立てる。耳を直接犯されているのかと錯覚するほど、すぐそばで音が聞こえた。
「ふ、ぅ、」
同じ間隔で息を吸って、吐いて、熱い吐息が混ざり合う。甘ったるい匂いのせいか、頭に靄がかかっていく。
貴方の舌にまだ味が残っているから取り除くためですよ、なんて苦しい言い訳を心の中で独りごちて、自分のそれを絡ませた。
この時間が終わってほしくないから、わざとゆっくりと。
「触れ合い」などという言葉が荒唐無稽に思えるほどの短い時間。
けれど、体温と体液が融けて同化していくこのときだけは、俺たちが元はひとつだったのだと教えてくれている気がした。それがどうしようもなく悔しくて、虚しくて、やるせない。
だがそんな縺れた感情も、彼の「特別」でいられるならいいか、などと妙な満足感で上書きされるのだ。
彼が離れそうな気配を感じて目を開ける。いつの間にか、俺も目を閉じていたらしい。
このまま離せば唾液が垂れると知っているので、その前に吸って……やろうとしたら、牧野さんが先に吸い取ってきた。なんだ、珍しい。
慣れないことをしたせいか、不器用なこの人は唾液と併せて俺の舌を吸った。驚いて鼻にかかった声が漏れる。
行為の延長かのように思えて、離れるのが名残惜しくなった。……ほんの少しだけ。
兄の喉が上下したのを感じて、ようやく口を離した。隅に追いやっていた飴玉をひと舐めして味を確認する。
「……イチゴですか」
「うん」
ゆるりと笑って牧野さんは自身の口端を舐める。梅かなと思ったんだけど、と困ったように眉を下げた。
村人から大量の嗜好品を貰うくせに、甘味はあまり食べないという贅沢な人である。
それなら食べずに寄越せばいいのにと思うのだが、曰く「折角の貰い物を無下にしたくない」とのこと。結局俺の元に回ってくるのだから、その心遣いは無意味だろうに。
「ふふ、ありがとうございます。こういう事は宮田さんにしか頼めませんから……」
また、お願いします。
鏡が目を細めて囁いた。未だ頬を包み込んでいる右手で優しく撫でられて、心臓が苦しくなる。
俺にしか頼めない、だって? あんたはまたそうやって、俺の優越感を満たしていく。無意識に甘い言葉で堕とす、悪魔みたいな人だ。
肯定も否定もせず、視線だけ逃げるように逸らす。何度もやっているのだから言わなくても分かるだろう。
俺はとっくに、この行為を許容していますよ。
小さな塊を転がして、まだ溶けきっていないそれを奥歯で挟む。噛み砕いた飴玉は、欠片を散らしながら口内で真っ二つに割れた。