HOTEL DANCIN' SINGIN'(フウモク) モクマが行きたいというので、偵察のためにブロッサムへ出かけることにした。
相変わらずあいつは何やら勝手に買い食いしながらあちらこちらと動き回っている。ちょろちょろするなと怒ってもどこ吹く風だ。落ち着きのないこと甚だしい。
「フウガ、マイカ城みたいなのがある」
串に刺さった何かをくわえたモクマが指差した方向には、城を小さくしたような建物があった。
「なんだあれは?」
「あ、やっぱり王族とは関係ないのか」
「あるわけないだろう。勝手に使われているのだ、文句を言ってやらねばならん」
「行ってみる?」
「そうだな」
前まで来ると、思ったよりも小さくて、作りも粗く安っぽい建物だった。表看板に
[HOTEL DANCIN' SINGIN']
などと書かれているが、ブロッサムの文字は分からない。
「休憩出来るんだって」
モクマが見ているのは入口横の立看板だ。なるほどご休憩何時間いくら、というようなことが書かれている。
「何屋だこれは?」
「見て!」
扉の横には玻璃の棚があって、華やかな色をした食品模型らしきものが所狭しと並べてあった。
[ウェルカムパフェどれでもお1人様おひとつ無料! 100種類から選べます]
片仮名の意味がいまひとつ分からないが、張り紙の写真を見るに、甘味らしき食べ物が無料でもらえるということらしい。
「美味しそう……!」
目を輝かせている。こうなるとモクマはテコでも動かない。
「しかたないな……入るか」
「うん」
入ってみたはいいが店員の姿はなかった。一面に、何やら写真と釦が付いた電光掲示板らしきものがあるだけだ。
「ここで選ぶんじゃない?」
掲示板には「火の天守」「水の天守」などの案内があり、写真の下の釦を押せば選べるようになっているらしい。
「なんだこれは。マイカ城とまるっきり同じではないか」
「それで、どこにする?」
こちらの怒りなど心底どうでもよさろうな声だ。さすがはモクマといったところか。
「大天守に決まっているだろう」
せっかく来たのだから大天守に上がる。それ以外の選択はない。
モクマが釦を押すと大天守の写真が光った。写真をよく見ると、昇竜の床のようなものが写っていた。
「最上階だね」
すぐ近くに電悌があり、待っていたかのように扉が開く。これは乗ったことがある。階を指定したら勝手に上がる機械だ。
中に入るとなぜか裸の女の写真の載った張り紙がしてあって、一瞬義憤を抱きかけたが、騒ぐのも何となく気まずかったので、とりあえず背中で隠した。
「本物のマイカ城にもこれ付けられたら楽なのにねー」
モクマはへらへらと笑っている。正直付けたいが、そういうわけにもいくまい。
「ここみたい」
最上階と言っても大して高くなく、廊下はとても狭い。突き当たりに、微妙で大味な紅葉の絵が描かれた扉があった。その脇の釦をモクマが押す。
入ってみれば、なるほどマイカ風の意匠を使ってはいるが、建物の外観同様細かい部分がとても大雑把で、マイカのからくり師たちが見たら怒り狂いそうな仕上がりの部屋である。
そして昇竜の床のようなものと、机と椅子ぐらいしか置かれていないぐらい狭い。
何をするところなのか、ただ休憩するのかと考えているうちに、モクマはさっそく甘味の見本帳のようなものを見つけて、椅子に座って中身を吟味している。
「すご、ほんとに100種類ある」
大きな見本帳は色鮮やかで、よく分からない甘味の写真が所狭しと並べられている。
「この電話で注文すればいいのか。フウガは何頼む?」
「何でもいい」
どうせそんなものを見ても、意味の分からない片仮名が並んでいるだけなのだ。写真も派手すぎて目がチカチカする。だが、その答えを待っていたようなモクマの反応がちょっとだけ癪に障った。
「じゃあ自分じゃ頼まないけど気になるやつにしよっと。ダブルベリーエビフライ、かな」
エビフライ? それは知っている。確かマイカの料理で、海老に衣をつけて揚げたものではなかったか? 甘味の名前ではなかったように思うぞ。
「おい待て今何を頼んだ」
止めようとしたが時すでに遅く、モクマは電話を切っていた。
「いいじゃん別にタダだし」
「無料だと言ってもここの利用料は払うのだろうが私が」
「へへー」
笑いながら、モクマは例の昇竜の床によじ登っている。
「あ、これ、寝床なんだ」
よく見るとマイカ紋の布団が被せてある。
「昇竜の床ってぐらいだから、印を結んだら上がったりして」
冗談混じりにモクマが印を結ぶと、ゆっくりだが本当に上に上がった。
「うわー面白い! 何のために上がるんだこれ!」
時間が経つと、元の位置に戻るらしい。あはは、と笑いながら、モクマは何度も上がったり下がったりしている。
玄関の呼び鈴が鳴った。どうやら甘味を届けに来たらしい。
「フウガが貰ってきてよ」
ひとしきり偽物の昇竜の床で遊んだモクマは、飛び降りてきたくせに、主人を使おうとする。
「なんでわたしが……」
「だってそっちの方が近いし、フウガの方が大人に見えるし」
「なんだそれは」
不遜極まりないが、ここで言い争うよりは受け取りに行った方が早い。
「ありあとーござやしたー」
舌ったらずな発音の店員は盆をフウガに押し付け、さっと頭を下げて消えた。そう言えば、ここへ来て初めて見た店員である。
「美味しそー!」
モクマが盆の上から取った自分の分は、餡や栗が白玉が乗った、おそらく抹茶味であろう緑色をしたもので、もう一つには白に赤や紫の果物が入っていて、やはり一番上にエビフライが乗っていた。
「ほんとに乗ってるんだ! あはは! あはははは!」
「誰が頼んだんだ誰が」
「ははははは!」
涙を浮かべるほど笑うんじゃない。
「いやでも、それ以外のところは別に普通に苺とか果物と牛の乳の味しかしないだろうから、嫌だったらエビフライだけ避けたらいいよ」
まあそれはそうだろう。
けれどもどんな味をしているのか、ひょっとしたら合うのか、などとつい気になって、そのエビフライを食べてしまった。案の定、塩っぽい揚げ物に甘酸っぱい果汁が染み、なんとも言えない味がして、思わず顔をしかめた。
モクマが腹を抱えて笑っている。まったく主をなんだと思っているんだ、この従者は。
「お風呂がある。入ってこようかな」
丁度背後になっていたので気付かなかったが、玻璃の張られた扉と壁があって、中に浴槽が透けて見えている。しかもその玻璃には、男女のまぐあう絵が描かれていた。
「なっ……!」
「ふんどしの代え持ってきてないけど、ま、いいか」
いやらしい絵が見えないわけでもあるまいに、モクマは何も気にすることなくその中に入っていく。
「お、おい……」
何しろ壁が玻璃なので、着替えている姿も丸見えだ。思わず目を背けた。
「くそ……!」
さっきからそんな気はしていたが、どうやらここは、そういう目的に使う宿であるらしい。
机の上には裸の女の写真が載った映画の案内? やら、極端に露出の激しい女の衣装が沢山載った見本帳やら、どう使うのか分からないが小さな袋やら液体の小瓶やら、色々なものが置いてある。
衣装の見本帳に、巫女のような衣装があるのが気になった。めくってみると、どの衣装を着た女もあられもない恰好になっているし、巫女風なものも異常に胸元が空いていたり丈が短くて腹が出ていたり、袴の脇から肌が見えていたりした。
こういう服を着て、致せということなのだろうか。なんと低俗なのだ、ブロッサムは。
「まったく……!」
あまり見てはいけないと思いつつも、なぜ頁をめくってしまうのかというと、風呂の方を見れないからだ。決して見たいわけではないし、衣装を借りたいわけでもない。
「くそ!」
ついつい見てしまう自分が嫌になって、昇竜の床の上に身体を転がした。ふわりとした感触、ブロッサムの寝床はマイカよりも中綿が柔らかい。
柔らかい、という言葉から、モクマの肌を連想しそうになって、慌てて頭を振って打ち消す。
どうもおかしい。あいつとはただの主従のはずなのに、どうしてこんな気持ちになる。
衆道趣味、と言われるようなものがこの世にあるということは知っているが、これがそうなのか、と考えると、断固否定する。断固だ。
なのにどうしても、あのいやらしい巫女衣装を着ているモクマの姿が頭に浮かんで、消せないのだ。
水音が聞こえる。あの玻璃の向こうにいるモクマは、裸だ。
「ああ、もう!」
枕に顔を埋め、興奮するわが身を慰めようと手を伸ばしそうになって、あわてて引っ込めた。
そんなことをして、においやらなにやらで気付かれたら最後だ。一生からかわれる。
何であんな奴を好きになってしまったんだろう。
いや違う、好きとかそんなんではない、違うったら。
ぐるぐる考えていたら、突然眠気が襲ってきた。そう言えば昨夜はモクマと出掛ける予定が決まっていたせいで、ろくに眠れていなかった……。
「お先~」
モクマが風呂から上がると、フウガは昇竜の床の上で、糸が切れたように眠っていた。
「えー? 寝る? ここで?」
モクマはいつもより幼く見えるその顔を覗き込んで、頬を突いてみた。起きる気配はない。
「こんなもんまで見といて」
コスプレ衣装のカタログは、ちょうど巫女風衣装のところが開いていた。
「今日はその気なのかと思ったんだけど、ま、いいか」
ふわ、とひとつあくびをすると、モクマもフウガの隣に潜り込み、くっついて眠ることにした。
※未成年はこんなとこに入っちゃいけません。なってないブロッサムですいません。
※100種類のウィルカムパフェが選べるラブホは神戸にほんとにあります。エビフライ乗ってるのもあります。