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    ばびばびん

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    ばびばびん

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    以前小出しにしていたフウガとモクマの幼少期の話を、繋げて大幅に書き直したもの。
     仕上げる気はあまりなくて、キャラブックの内容次第ではまるっとボツになるかもしれませんが、もしかして続きが読みたかった人がいればいいなーって感じで一応お見せすることにしました。

    マイカにて お前には、兄弟のうちの誰よりも素質がある。そう父は言った。
     速く走れるのも、さっと木に登れるのも、天がモクマに下さった才能なのだと。
     だからそれを、世の中のために、ミカグラのために鍛え、生かさなければならない。六歳になった年、マイカへ修行に出されたのは、そのためだった。
     家族と離れるのは辛いけれど、天に与えられた力を持つ子供なのだから、仕方のないことだ。
     本当は泣きたかったけれど、強い忍びにならなければいけないのだから、泣いたりしてはいけない。
     寝床や食事はただで用意してもらえているのだ、出来るだけ、自分のことは自分でして、誰にも迷惑をかけずに生きていかなければ。
     モクマは、人見知りだ。知らない人は怖いし、話しかけるのも難しい。
     けれども、そんなことは言っていられない。家族が一緒でなくとも、生きなければ。つらいとか、言ってはいけないのだ。



     何故その子供に目を引かれたのか、自分でも理由は分からない。
     特に恵まれた体格をしているわけでもなく(むしろ小さい方だろう)優れた容姿を持つわけでもない。ただ、何かが違うのだ、周りにいる、他の子供達と。
     忍者修行と言っても、幼年のうちはごっこ遊びだ。そもそも修行の何たるかなぞまだ分からない。皆、笑顔をほころばせわいわいと騒ぎ、走って、飛んで、転がって。一様に楽しそうである。
     だけどその子供だけは、周りと同じように動いていても、表情がない。心の内を見せない無心の貌、まるで大人の忍者のようだ。それが、周りの子供らしい無邪気さの中で、ひどく浮いている。
     大人たちは遊ぶ姿を観察し、適正のある子供を選別して、本格的な教育を施す。半分以上の子供は、それこそ遊んでいるうちに適正なしと判断される。
     適正のあるなしで言えば、完全にありだろう。指導する大人もそう思っているのか、特に目を掛けているのが態度で知れた。
     生まれつきの忍者の器なのか、すでにある程度の修行を積んでから里に来たのか。
     どちらにしても、早々に子供であることを、やめてしまっているように見える。
     フウガはその子供のことを、指導役の忍者に聞くことにした。

     見慣れぬ顔だと思ったら、マイカの外に生まれ育ったらしい。と言っても、マイカの影響下にある小さな漁村だ。
     名前はモクマという。その漁村からマイカへは子供の足で通うのが難しいから、親元を離れ、マイカに寄宿しているという。
     なるほど、合点した。
     親の庇護下を離れていたから、早々に子供らしい雰囲気をなくしているのか。自分ひとりで生きていかねばならないと、覚悟をした目であったのか。
     歳はまだ六。そんな幼さで、ひとり立ちを余儀なくされるとは。忍者修行という名のごっこ遊びで友と戯れ、日が暮れたら家族のいる家に帰って、暖かい食事と柔らかな布団が用意されている、そんな里の子供たちとは、一線を画すのは当然だ。

     どうしても、ならなければならないのだろうな。
     私が里長にならなければならないのと、同じように。



    「……あれ、誰?」
     いつからか、やたらと目が合う子供がいる。
     特に訓練の最中だ。一緒に訓練を受けているわけではないから、多分年長の組なのだろう。目が合ったと思ったら、いつもさっと姿を消してしまうのだが。
    「ありゃー、フウガさまじゃないかね?」
    「そのようだな」
     訓練中だと誰にも聞けないのだが、今日はたまたまカンナとガコンが一緒にいた。
     二人はモクマが里に来る前からの知り合いだ。カンナの両親はモクマの両親から買った魚を加工して市で売り、モクマの両親はガコンの父親から釣り道具を買う。その縁で、自然と親しくなった。
    「フウガ?」
    「あーモクマは知らないか。タンバさまのご長男だよ」
    「里長の?」
    「次期里長になるお方だな」
     モクマは表情を曇らせる。そんな人物と関わり合うのは、出来れば避けたかった。まだ幼いモクマだが、すでに自分は人づきあいが下手だという自覚が、生まれてきていたから。
    「フウガさまがどうしたって?」
    「うーん……なんか、よくこっちを見てるような気がして」
    「もしかして何かしたのか? モクマ」
    「そんな覚えはないけど……」
     ただ目が合うだけだ。何もしようがないと思う。
    「あのお方は少々癇癪持ちだぞ。うっかり喧嘩を売ったりしてないだろうな」
    「だって、話したことすらないよ?」
     もしかするとどこかで話したりしたことがあっただろうか。ぶつかったりとか、しただろうか。
     色々考えてはみるが、覚えがないものはないのだ。
    「モクマは最近里に来たから、見慣れない顔だなって、気になってるんじゃない?」
    「そうかな……」
     けれども何かしらた、だの興味ではないものが、その目には含まれている気がした。何なのかは、分からないけれど。
    「お前、変なところで聞かん気が強いからな。知らぬ間に反発を買うようなことをしてないといいんだが」
    「そんなこと言われても……」

     平和に、何事もなく日々を暮らしていきたいと思う。だから出来るだけ目立つことは避けて、もしまた次期里長が近くにいることが分かった時は、絶対に目を合わせないようにしよう。そうモクマは決めた。



    「なんだあいつは」
     思わず声に出してしまった。
     モクマはきっと、特別な忍者になる。そう思ったから、常にその動向を気にしていたのに。
     今日は手裏剣が全然的に当たらない。走っても、皆と大して変わらないどころか、少し遅いぐらいの位置にいる。
     精いっぱい頑張ってそうならともかく、あからさまに本気を出していないのが、遠目で見ていても分かる。真面目に訓練をしないのでは、いくら素質があっても伸びるわけがないではないか。
     お前は忍者にならないといけないのだろう。故意に落ちこぼれてどうするのだ。
     飄々と無表情なのがまた気にくわなくて、知らず睨み付けるような形になっていたのか、ふと目が合った途端に、盛大に視線を外された。
     ち、と、無意識のうちに舌打ちをする。
     それを、何人かの取り巻きの子供たちが聞いていた。 



     モクマは樹に登って時間を過ごすことを覚えた。
     里いちばんの大樹の上は見晴らしがよくて、里のおおよそ全部と、生まれた村と海、それから遠くに出来た街も視界に入れることが出来た。
     里での生活はあまりうまくいっていない。
     子供にも子供の社会がある。そこから、どうやら弾かれてしまった。
     理由はあのフウガだろう。次期里長に嫌われているモクマであれば、いじめても問題がないと思われているようだ。
     嫌われた理由は、今になっても分からない。多分何か、知らぬ間に悪いことをしてしまったのだろう。それを分かっていないことも、さらに悪いのかもしれない。謝ればいいのかとも思うが、何を謝ったらいいか分からなくて、よけいに怒らせてしまうのが怖かった。
     喧嘩は売られたくないし買いたくもない。人に迷惑をかけないように、恩義はきちんと返すように。そう言われて育った。喧嘩をするのは良くないことだ、誰かを傷つけるのは、良くないことだ。
     だからモクマは、今日も大樹の上に行く。

     昼に樹に登ると、皆が修業をしているのが見える。何をしているのかは大体わかるので、皆が去ってから、ひとりで同じことをやってみる。今のところは、それでもついていけそうだ。
     こんなことをしていていいのかなぁ、とも思う。だって、強い忍者にならなければならない。そのための修行をしにきたのだ。でも修練場に行くとけんかになりそうになるし、邪魔をされてあまり修行にならない。どうしたらいいのか、途方にくれる。

     ある日、白と赤の衣で舞っている女の子を見掛けた。いつも同じ時間に、同じ場所で、神楽の稽古をしているようだ。
     時々は歌も聞こえてくる。綺麗な声だった。年頃からして、きっと姫巫女だろう。名をイズミさまというのだったか。
     彼女の姿を見、歌を聴くことは、やがてモクマの少ない楽しみのうちのひとつになった。

     夜に樹に登ると、小さいけれど明かりがたくさん灯って、キラキラした街が遠くに見える。
     前はよくマイカに魚を売りに来ていた父は、この頃あまり来なくなった。魚が獲れないのかと思って心配したのだが、今はあの街の人が自動車という乗り物に乗って買い付けに来るから、マイカまで売りにくる必要がなくなったのだという。それでもモクマの顔を見るのと、里への挨拶を兼ねて、たまには来ることにしているのだと。
     あの街には発電所というものがあって、そこで作られる、電気というものを使って何でも動かすのだそうだ。水車を川の流れが動かして粉を挽く、その波の力の代わりになるようなものだろうかとモクマは想像する。道もだんだんと広く平らかにされ(そうしなければ自動車は通れない)自動車に乗れば移動はあっという間だという。
     飛行船っていう、空を飛ぶ乗り物もあるんだぞ。いつか乗ってみたいな。
     そう言って父は笑った。そう言えば、よく分からない大きなものが、すごい音を上げて空を飛んでいるのを時々見る。あれが飛行船だろうか。
     生まれた村は崖にへばりついたような小さな村で、少ない村民もみんな貧しかった。良い港があり魚が集まるから、みんなで工夫して住みだした村なのだが、常に強い潮風にさらされるので、あまり作物が育たない。だから不漁の時は、本当に生活が厳しかった。
     魚は足が早くて、マイカに運ぶうちに三割売り物にならなくなってしまう。運ばなくても売ることが出来るのならいいことだ。生活も少しは楽になるだろう。
     あの崖の下の村まで、自動車が走れる道が通ったというのもすごい。いつかはこのマイカへも、それだけ太い道が通じたりするのだろうか。
     自動車があって道が出来れば、モクマも、家族の元から里まで通うことが出来るだろうか。
     そこまで考えて、モクマは己の考えを否定した。
     そんな甘えはいいものじゃない。自分は村を離れて、この里で生きるのだから。
     どんなに辛くてもここで生きるしか、ないのだから。



     長になるべき者は、常に他の誰よりも強く、賢くあらなければならない。
     賢さについては問題はなかった。本を読んで理解出来ないことはないし、算術も当たり前に出来た。頭の出来で言うなら、里の子供のなかでは一番だという自負がある。
     強さの方は、問題だった。
     膂力は足りている。足はそこまで速いわけではないが、まずます不足はないだろう。もとより長になるべきフウガなのである、俊足であることなど、さほど重要ではない。
     剣の扱いは、我ながら出来ている方だと思う。大人に対峙してもそこそこ相手になれる。これから身体が成長し、手足が伸びて力もさらに強くなれば、かなりの使い手になれそうな気がする。
     暗器。投擲。これが一番の問題だった。投げる速度は悪くはないと思うのだが、的への命中率が悪い。かなり目を凝らさなければ的を認識することが出来ないし、そこに時間を取られると投げるのが遅れる。動く的ともなれば難易度はいや増す。正直、どうすればいいのか、見当もつかない。
     手裏剣を投げる技能が長たる者に必須なのかと言えばそうでもないのかもしれないが、王家秘伝の奥義である『三日月』は、投擲技である。どんな技かはまだ伝授されていないから分からないが、投擲の不得手は不安が残る。
     目を鍛える方法はないかと雲爺に聞いたことがあった。雲爺は、難しい顔をして黙り込んでしまった。ややあって、人より鍛錬する以外に道はなかろう、と言われた。
     だからフウガは、とりまき連中が離れる夜に、里近くの森の中でひとり研鑽を積む。必死になって地道な努力をしているところは、あまり人に見せたくなかった。王は生まれつき、誰よりも強くなければならないのだ。
     もし誰かが自分より強いと認めるならば、それは自分の片腕になる者に対してだけである。父タンバにとっての雲爺のように、だ。



     カカカッ。
     自分のものではない手裏剣か何かが木に刺さる音が聞こえた。
     誰かがいる。里の外に忍者はいないから、里の者か。フウガは咄嗟に身を隠した。
     枝の揺れる音、落ち葉の上を走る音。こちらに近づいてきている。戦っている、のか?
    「まだだ!」
     鋭い声は雲爺のものだ。では誰かと模擬戦でもしているのだろうか。
     小さな影が目の前を走り抜けた。
    (モクマ!?)
     後ろから追ってくる手裏剣を、身を躍らせて躱す。とん、と地を蹴って、獣のように木の上に躍った。
     カカカッ。
     ついさっきまでモクマがいた枝を手裏剣が襲う。躱せなければ、死なないまでも大怪我を負うほどの位置だ。だがモクマは上に跳躍しそれを躱して、地に降りて低く身を構えた。
    「修業に来ぬわりには、よく技を覚えておる」
     雲爺の声が、いつの間にかすぐ近くまで来ている。
     戦闘訓練は終わったと思ったのか、モクマが警戒を解くと、すぐまた手裏剣が襲い、それをまたモクマが躱す。
    「まだ終わりとは言っておらんぞ!」
     続けざまに飛んでくる手裏剣の嵐。自分ならとても躱しきれない、とフウガは息を呑んだ。それをモクマは紙一重で全て躱してゆく。
     落ち葉を踏む音が近づいてくる。雲爺は気配を消してはいない。足音がごく近くまで来て、枝葉越しにも姿が見えた。ちら、とこちらに視線を寄越されて、身のすくむ思いがした。
    「……まあ、よい。終わろう」
     その言葉に、今度こそモクマは警戒を解く。
    「突然、何なんですか」
    「何、おぬしの鍛錬がどこまで出来ているのか、試してやろうと思ってな」
    「だからって、急に手裏剣投げてこなくなって……」
    「なんじゃ、不満か?」
    「あ、いえ」
    「修業に来ぬのは問題じゃが……おぬしは、他の子と共に鍛錬しない方が良いかもしれぬな」
    「……?」
    「したが、わしの前では実力を隠さぬことじゃ」
    「……今みたいなことをされたら、全力を出さないと死んでしまいます」
     雲爺はからからと笑った。
    「そうじゃとも。だから容赦はせなんだ。おぬしが器用に逃げ回るものだから、ついうっかり手裏剣をばらまきすぎてしもうたわ。後で回収してまいれ」
    「は……」
     モクマの表情は不満そうに見えた。
    「どこからどこまで走って逃げて、いくつ手裏剣を投げられたか。よう思い出せよ。数が足らんとまた探しに行かせるからな。……が、まあ、明るくなってから探しにいってもよい」
    「はい」
     いくつ手裏剣を投げられたか、モクマは分かっているのだろうか。正直フウガは、自分が気付いてから飛ばされた数が分かるかと言われたら、自信がない。
    「子供には子供の事情があろう。修業を休むなとは言わん、が」
     また、視線がこちらに向けられた気がする。
    「まあ週に二回程度は顔を出せ。上から見ているだけでは、分からぬこともあろう」
     上から? 修業に来ない時、モクマはどこか上の方から皆を見下ろしていたのか。
    「わかりました」
    「ではもう休め。寝るのも子供の修業じゃ」
    「はい。ありがとうございました」
     一礼をして、モクマはその場を離れる。きっと気付かれているとは思ったが、雲爺も何も言わず、姿を消した。
     はあ、と大きく息を吐いた。
     凄かった。やはりモクマは、特別な子供だった。
     少々いじめられただけで姿を消してしまって修業もしに来ない、それで落ちこぼれるなら、結局は大した奴でもないのだろうと思っていた。
     けれども違った。奴はひとりで勝手に技を、身体を鍛えていたし、すでにその身のこなしは、大人の忍者と比べても遜色がなかった。
     強い忍者になる、モクマは里で、一番の忍者になる。
     ならば、自分の右腕に置くより他は、ないと思った。



     フウガの手裏剣は、当たるようになった。百発百中である。
     他の子供たちの称賛を受けて、表面鷹揚に答えるフウガだったが、内心は忸怩たるものがあった。
     当たるのは、的の位置を覚えてしまったからだ。動く的には相変わらず苦心している。そこを皆に見せたくなくて、修練場では止まった的にしか投げない。
     密かに、医師に相談してみたこともあった。自分の目には、何か問題があるのではないか、何かしらの治療を受ければ、もっとよく見えるようになるのではないかと。
     だが医師は至って健康で問題はないという。今よりも見えるようにする方法は、里にはないという。
     まるで当てに出来ない。腹が立った。
     だってそれでは、生まれつきということになるではないか。生まれつき、投擲武器は不得手、ということになるではないか。
     そんなことがあってなるものか。王の血統に生まれて、投擲が出来ないなどありえないだろう。三日月が出来ない王など。
     そこまで考えて、ぞっとした。父タンバから三日月を伝授されるまでに、この弱点を克服しなければ。

    そうでなければ、次期里長となる資格は、ないのではないか。



     家族が引っ越すことにしたと聞かされたのは、里に来て、四年ぐらい経った頃のことだった。
     ブロッサム市から、漁港を開発したいという申し出があったのだそうだ。漁業を続けられなくなる住民には開発の仕事、整備区画に家がある者には新しい家が準備されるという。
     なるほど手厚い対応で、いつも食うや食わずの生活をしている一家には福音だろう。月給で働くようになれば収入も安定するし、弟妹たちはブロッサムの学校へゆける。いいことだ。心の奥で何かわだかまりを感じながらも、モクマはそう納得しようとした。
     引っ越す前に、もし家に取りに来たいものがあれば里帰りをするといい、と両親が言ったので、里に許可を得て数日家に帰った。
     そして、変わってしまった家族と村と、置いていかれた自分を、思い知った。
     村はすっかり姿を変えてしまい、洋装になった弟妹たちの話すことは半分も分からなかった。
     家族は皆、島の外に興味があるという。海の向こうにたくさんの国があって、見知らぬ世界が広がっている。いつか、家族で島を出てゆくことも、考えているという。

     見知ったものが、だんだん姿を変えてゆく。モクマにとって世界は、里と村と山と海、そして空、それで全部だった。家族が当たり前に知っていることを、モクマは何も知らない。
     こういうの、何て言うんだったか。疎外感?
     マイカへ帰る道すがら、生まれ育った村はもうこの世から消えてしまうのだと、半ば呆然とした心地で考えた。
     世界から置いていかれたような里の中、忍者となって生きること。いよいよそれ以外に、生きる術はない。
    大丈夫だ、タンバに教えを受けた三日月は、もう少しで完成する。忍者としてのモクマは、それなりの評価を受けている。里の中で、里を守る一員として、生きて、そして朽ちていく。それがモクマの人生のすべて、それで構わないのだから。

     湿った落ち葉を踏みしめながら、ぐるぐる回る思考の渦に心を飛ばして、だから人の気配に気付くのが遅れた。
    「どうした、村に帰ったのではないのか?」
     フウガの声だった。思わず、モクマは身構える。
     以前は取り巻きがする嫌がらせを遠くから見ている程度だったが、最近のフウガは、積極的にモクマに辛く当たる。
     原因は分かっていた。フウガがしつこく持ちかけてくる手合わせを、モクマが適当にいなして負けたことにしたからだ。分かっているけれど、どうしたら取り返しがつくのかは分からないし、あの時本気で相手をして負かしてしまっていたら、余計に悪いことになっていたような気もする。
    「荷物を取りに戻っただけだ」
     と言っても、モクマがマイカにくる前の一家は本当に貧乏で、子供の持ち物など数えるほどしかなかったのだけれど。
    「その割には対して物を持ってないではないか」
     簡単に見破られる程度の嘘しかつけないことに、歯噛みした。
    「……家族が引っ越して、生まれた家がなくなるから、最後に見ておきたかったんだ」
    「ほーお、そのわりには、顔色がずいぶん悪いようだが」
     にやにやと笑う、その顔が憎らしい。
    「さては、捨てられたな?」
    「違う!」
    「むきになるところを見ると、図星か」
    「違うったら!」
     腹が立つ。腹が立つ。
     いつだって帰ってきていいと両親は言った。兄弟とだって仲よくしている。帰る場所がなくなったわけでは、ない。
     なのにひどく腹が立つのは、きっと、どこかその言葉を否定出来ないでいる自分がいるからた。
    「……別に、構わんではないか」
     ふいと顔を背けて、フウガは言う。
    「お前は忍者なのだからな。その命は家族のものではない。里のものだ」
    「……」
     それはその通りだ。毎日を里の厄介になって暮らしている。ちゃんと立派な忍者になって、里のために尽くさなければ、モクマはただの恩知らずだ。
    「お前、やはり私の右腕になれ」
    「いきなり何?」
    「だってもう家には戻れぬのだろう?」
    「そんなこと、ない……」
     モクマの否定に、フウガは取り合わない。
    「そのうち父の時代は終わり、私の時代がくる。そうなった時、私に従わなければ居場所を失うぞ」
    「……」
    「別に、あの取り巻き連中のように私におべっかを使えとは言わん。ただ、私のために動けばいい。私を一番とすればいい。それだけだ」
     ふん、とひとつ鼻を鳴らし、フウガは立ち去った。
     その言葉は正しいのだろう。全ての忍者は里長の命に従う。タンバは父親ほどの歳だ。いつか引退する日が来たら、次の里長はフウガなのだ。
     嫌だとか苦手だとか、言える立場にモクマはない。
     鳥が羽ばたく音が聞こえた。小さな鳥だが、木々の間を自在に縫い、大空へと飛んでゆく。
     里にいられなくなって、村にも帰れなくなったら、お前みたいに空を飛ぼうか。
     飛んで、世界のあちらこちらを自由に動こうか。
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