天の神様の目を盗みドラクエⅩ二次創作
二次創作にご理解いただけない方は速やかにお戻りください。
エルジュ×主♀。全年齢。痛くて甘い。
初詣に行ったら、うっかり戦ったり気持ちをぶちまけたりした話。
うさぎにかこつけ生むとか生むとか、そういう話があるので苦手な方はご注意ください。
「そんなに嫌なのか?」
「えっ、いっ、あのっ、嫌とか、そういうことじゃなくてさあ!?言い方ってものがあるじゃん!?」
主人公:性別♀、種族人間、名前なし
ネタバレ:
10周年クエスト「天を超えてゆけ」5話まで。
メインストーリーv4まで
全体的にキャラ観も世界観もすごく捏造しています。
エル主が現代で遊べる期間がどうしても5話と6話の間の束の間しか存在しない点が不便…それ以外だと謎時空です。エルジュ、忙しすぎる。
天の神様の目を盗み
時期的に年の瀬が迫っていたことから、時間が空いている間に、と賢者ホーローの隠れ家の清掃を手伝った。
新年を綺麗な部屋で迎えたいという気持ちは大いにわかる。
それに、この隠れ家は鉄道駅構内の内部にあるせいか、物が整頓されていないと列車の振動ですぐに何度でも崩れてきた。
だから、賢者方三人に頼まれて、異論もなく素直に頷いた。
熱で倒れている間に面倒を見てもらったので、せめてもの恩返しにとも思ったから。
エイドスは優雅に煙を燻らせながらハタキで埃を払い、ブロッゲンは杖の助言の通りに貴重らしいアイテムをちょうどいい箱に詰めて棚に仕舞っていった。
ホーローは家主らしく、二人に右へ左へと指示しながら、箒で床を掃いていた。
その、全員が全員、手に杖を持って、魔力で掃除用具を動かしているところが、変わった光景だなと面白みを感じる。
エルジュも、やろうと思えばできなくはないが、そこまで魔力に頼るほど身体は衰えてはいない。
ただでさえ、メラゾ熱とやらの病のせいで魔力は減っているので、完治したからにはネルゲルとの決戦までにできるだけ魔力を温存しておきたいと考えていた。
床に積んであった本を両手で持ってきては、背表紙の題を見て表音順に本棚に差し込み並べていく。
それを何度か繰り返した頃、部屋に一人の客が訪れた。
「おお?大掃除してる。」
現代の勇者の盟友でもある、エルジュの大切な友人が、四人の様子を見て顔を綻ばせた。
勝手知ったるといった調子でスタスタと歩いてくると、エルジュが立っている本棚の脇に置いてあるテーブルに荷物を置いた。
それは、何か大きな瓶を数本包んだような布包み。
「おお!それはもしや!?」
ビュンと鳴っても不思議じゃない速度で足速にテーブルにやってきて、身を乗り出したホーローが包みを手に取ると、盟友は一つ頷いた。
「うん、ルシェンダ様から。この様子だと陣中見舞いだね。」
「うむうむ!待っておったぞい、お使いすまんのぅ。」
「いいえ〜。慣れてる、か、ら。」
少々含みのある声色で盟友が苦笑いをして言うところを見ると、あまり本意ではなかったよう。
確かに、あのレイダメテスの大災害の時でさえ、エルジュ自身が頼んだことではないとはいえエルジュの代わりにあれこれと立ち回ったような人だ。
盟友自身の目的を果たすために方々へ出向いては何かを受け渡すことは日常からかなり多いらしい。
今でこそただのお使いに見えるが、叡智の冠の長たる賢者ルシェンダの信頼を得て、内海のレンダーシア大陸から外海のレンドア島まで迅速に届けるなどは、何度も国境間の関所を通らねばならない常人では難しいだろう。
さて、布包みの中身はなんだろうとエルジュが興味深そうに賢者らを見ていると、こちらを見上げて振り返った盟友と目が合う。
「あれ、気になる?お酒だよ。」
「そうなのか?」
「うん、ただの、新年会用。本当はグランゼドーラで集まる予定だったんだって。でも、ほら、今こんなだから。」
そう言って、盟友自身と、賢者ら、それからエルジュを指差す。
ああ、なるほど、と理解して頷いた。
冥王ネルゲルの復活に瀕したために、万一に備えてグランゼドーラに待機しているということだろう。
「まあ、あの頃とは違って今は勇者姫がいるし、そんなには心配してないんだけど……一応、賢者様の中でもルシェンダ様は王族付きだしさ、王様のご意向だと思う。」
賢者たるもの特別に誰かに仕えている訳ではないことが多いが、賢者ルシェンダはグランゼドーラ王国に仕えている。
神話の時代から見ても、グランゼニスの加護を受けた勇者が頻繁に生まれ出ずるレンダーシアの王国はどこか特別だった。
「それは、悪いことをしたな。」
「いや、エルジュは気にしなくていいの。」
口を尖らせ、盟友が目を細めた。
視線の先ではテーブルにすでに姿を現したアストルティア各地の地酒が並べられ、賢者たちも集まって椅子に腰かけている。
掃除は、と思って見れば、いつの間にか道具は全て片付けてある。
なお、大掃除の完成度は、残念ながらあと少しという感じだ。
エルジュも、あと一つの本の山を残していた。
駅弁やせんべい、饅頭、イカやカツオの燻製をテーブルに出しながら、ホーローがいいことを思いついたそぶりでエルジュと盟友を見上げる。
「そうじゃ、エルジュとお主もどうじゃ?冥王討伐に向けて景気付けに一杯!」
え、と思わず二人で顔を見合わせるが、エルジュはすぐに肩を竦めて眉を下げる。
「お気遣いありがとうございます。でも、体がまだ本調子ではないので、遠慮させてもらいますよ。」
「同じく、結構でーす。それに、ムツキさん来てたでしょ?星明の宮に行くから。」
「なんじゃなんじゃ。お前さんは相変わらず忙しいのう。」
「おかげさまで。」
がっくりと肩を落としたホーローが、よっこいせと椅子に腰を下ろす。
それじゃあ、と三人に挨拶を済ませた盟友が、次に口にした言葉に驚いた。
「エルジュ、少し借りていくからね。」
「うむ、必勝祈願でもして来るのでアール!」
ブロッゲンの杖に意気揚々と送り出されるも、盟友は少し複雑そうな顔をした。
半ば開いた口が塞がらないまま瞬きを繰り返すエルジュの腕を引き摺るように引かれて、二人隠れ家を出た。
「宮参りに行こう。」
「ええ?」
駅をさっさと出て、レンドア島南側の街中を歩いていく盟友について歩く。
しばらくそうしていると、エルトナ様式の神前装束を着たエルフの女性が見えた。
ムツキと名乗る女性の案内で、不思議な霧の中に紛れた途端に盟友から縋るように手を繋がれた。
何も見えない先に恐ろしさはあったけれど、繋いだ手が温かくて、彼女がいるならそれで良かった。
霧の晴れた先は、孤立した島のような。
やはりエルトナ様式の屋台と、社に、一瞬でアズランの都に飛んできたような錯覚を覚える。
見遣った遠くの景色は広がる雲ばかりで、遥か空の上に浮かんでいるみたいだ。
「エルジュは、神社にお参りに行ったりはするの?」
「いや、毎年、ヤクルとヒメアのところに挨拶に行ったついでに、世界樹にお供えをして帰るだけだな。」
オーグリード大陸よりも惨状厳しかった、まだ復興して間もないエルトナ大陸では、祭事を行うほどの余裕はない。
大陸最東端に新たに生まれた世界樹の加護により、大陸全体の木々が息を吹き返し始めたと聞いている。
そういうことを聞きたかったのだろうと思って横目で見た盟友は、なんだか変な顔をしている。
そういえば、ヒメアは近々、不老長寿の術を施される予定だと言っていたが、この時代でも面識があったのかもしれない。
「スイの社にもまだ修繕の手が入っているようだったよ。プクランドやオーグリードだとみんな飲んで食べて騒ぐだけだしな、こういう厳かな雰囲気は無いと思う。」
新年を祝いたい気持ちはあっても、やはり先ほどの大掃除と同じだ。
どの種族であっても綺麗な場所で迎えたいというのは考えるようで、まだ、各大陸の状況が整っていないと誰もが思っている。
まだ、小さかった頃に行ったことがあるエルトナ大陸の新年の寿ぎは清廉で静謐で慎ましく、新しい年を始めるにはここぞとばかり、旅先として人気が高かった。
「ここも、とても美しい場所だ。連れてきてくれて、ありがとう。」
父も健在だったあの頃のような、穏やかな気持ちで過ごすことができそうで、つい笑みが溢れる。
目を上げた盟友が、パチリと瞬いた後に小さく微笑む。
一通りの手順をきちんと踏んで、お参りをして、それからおみくじを引いた。
福袋を買ったら、色違いの揃いの模様の傘を差して、二人で笑う。
そのまま、社の奥の崖から雲海を眺めながら話していると、人の良さそうなモンスターに声をかけられた。
いわく、福男や福女と力試しをしないか、と。
「チームゆく年くる年に勝利すれば、素敵な景品を差し上げましょう!」
例年のことなのだろうと盟友を仰げば、両肩を竦めて、苦笑いをこぼす。
「エルジュが本調子じゃ無いから、今年はいいかなと思ってたんだけど。」
「そんなに激戦なのか!?」
「いや?ただ、向こうは肉体派が多いんだよ。エルジュは魔法使いじゃん?」
それもそうか、と腕を組みつつ考え込む。
確かに、エルジュは攻撃魔法が主体で、守備が少し弱いので、職業的に遊撃手の役割を果たす盟友に盾役を強要することになる。
いや、でも。
「君を盾にしたりはしないよ。うまく立ち回るさ、行こう!」
死んでも守ると誓ったくせに、決戦では無いからと盟友を盾にするなど。
たとえ彼女が許したとしても、自分自身が許せない。
どんな戦いでも、対等でありたいのなら、攻めるも守るも、自身の力を尽くすまで。
意表を突かれたのか瞬きを繰り返す盟友が、嬉しそうに笑って頷いた。
二名様ご案内と景気良く歌うようにふくびきマンの奥方が呪文を唱えるのに合わせて盟友が手を握る。
病が治ってからこの頃、移動する時とかに不意に手を取られることが多い。
心配されているのだろうなとは分かっていても、熱くなる頬と耳が正直で、ほんの少し顔を逸らす癖がついてしまった。
招かれた部屋は広い座敷のような部屋で、その部屋の目の前で対峙した相手に驚いて目を開いた。
唖然として出足が遅れていると、見知った顔の女が鉄製の爪を振り上げるので、慌てて身を引いてかわす。
「なんっで、お前がいるんだ!?ケイト!」
おりゃ、と勢いのままに座敷の畳に突き刺さってしまった爪を抜いたケイトが、楽しそうに笑った。
「んーなこと言ってるたあ、余裕じゃねーか?全力でかかってこいよ!」
まずい、と、手にした短剣を媒体に魔力を集中するが、反撃呪文が間に合いそうにない。
と、ケイトの頭上から降ってくる色とりどりのボールにケイト共々に目を奪われた。
「なんだあ?赤、黄、青、と、えーっと……はれ?」
頭にぶつかってくる色を見ているうちに混乱してきたのか目を回すケイトを見て、ボールの出どころを探せば盟友と目が合った。
「相手はケイトだけじゃないよ、気をつけて!」
ぱっと座敷の奥を指差した先には、大きな蜘蛛と槍を構える小さなプクリポ族の女か、それからウェディ族の男の姿を認めて、息を飲み込み短剣を握り直した。
「すまない、取り乱した。」
「ううん、サポートは全力でするから、攻撃は任せるね。」
「ああ!」
なるべく陣形の外側から全体を見て、攻撃をかわしつつ遠距離から魔法を飛ばす。
メラ系だと部屋のあちこちに飛び火して、自分の動きにも支障が出たので、威力は強いが連投することはできない。
モンスター相手では効果に差があるものの、地に足がつく人相手ならベタン系が良く効いた。
途中、大きな赤玉が落とされたと思うと、派手な音を立てて爆発しては魔力や攻撃力を助長する波動に包まれる。
敵も味方も関係ない興奮が冷めやらず、爆発と共に降りしきる紙吹雪に人知れず笑みが溢れた。
「……は……ハハッ!!」
もはや勝つも負けるもどうでも良くなってきて、魔力も体力も底が尽きるまで戦った。
緊張の糸が切れたのか、おかしくてたまらなくて、笑い通しで。
真面目にやれと怒られても致し方ないはずなのに、粘る相手も、力尽きた相手も、ぴょんぴょん跳ね回る盟友も、みんな笑いながら技をぶつけ合っている。
早々に転がったプクリポはムクリと起き上がった後は、大手を振ってチームを応援していた。
結局、盟友が最後にウェディの男に向かって雷魔法を纏うブーメランを投げつけ、相手が痺れて倒れ伏したところで、全員が畳に転がった。
「あー、おかしかった。」
足を投げ出して天井を仰げば、どこからかジャンと銅鑼みたいな音が鳴って、終了の合図だろうかと思う。
「ちくしょー!これが最後なんて決まらねえじゃねえか!年内に再戦だ!再戦!」
「あまり彼女に迷惑をかけるんじゃないぞ?」
どうやら一応自分達のチームが勝ったことになっている。
悔しそうにケイトが顔をしかめるも、ウェディの男に貰い受けたという晴れ着に機嫌を直したのがわかった。
ウェブニーという小さなプクリポ族は、やはり顔の広い盟友とは知り合いだったよう。
ヤーンと名乗るウェディの男はそういえばウェナ諸島のどこかで見たことがあるような気はする。
「楽しかったね!」
ね、エルジュ、と呼びかける盟友に、一も二もなく頷いた。
エルジュにとっては、戦いというものはいつも勝利しか許されなかった気がしていた。
いつだって相手は魔物や魔族で、敗北は死を意味していたから。
死を覚悟しながら戦うことは必要なことだが、神経が擦り切れそうにもなる。
何度も何度も、勝つことだけを目標にシミュレートして臨む戦いに楽しみなど見出したことが無い。
でも、この戦いは違う。
言うならば、ガミルゴが嗜み、グレン王国で定期的に大会が行われているオーグリードレスリングに近い。
レスリングはきちんと訓練された資格ある者しか試合できないので、エルジュはやったことはなかったが、きっと、こういう爽快さを求めて行われるのかもしれない。
こんな形で、体験することになろうとは。
肩の力が抜けたことで、本気で全力で戦えたし、自分の長所も短所も、より鮮明に見えた。
いい試合だった、そう、思う。
この頃、かたい表情を浮かべていた盟友が、笑顔だから、なおさら。
一頻り会話を楽しんだ後、福男チーム三人に手を振り、盟友に手を引かれて元の場所へと戻る。
ふくびきマンに勝利を報告すれば、祝いの言葉と共に小さなうさぎの人形を貰った。
新しい年を担当する守護星獣を模したとのこと。
へえ、と白いそれを眺めていると、目の前のふくびきマンが腕を組んでうんうん頷く。
「子孫繁栄にもご利益があるとも言われております。私共夫婦も、ぜひあやかりたいものですねえ。」
「まあ、あなたったら……」
今言うことか、と思いながら眉を下げ、盟友を見れば、呆れた顔でハイハイと聞き流しているので、どうやらこの夫婦の惚気話もいつものことらしい。
礼を言いながらその場を離れて階段を下り、見晴らしの良い崖の上に佇む。
手に持ったままだった白いうさぎを何ともなく眺めていると、同じように人形を手に盟友は薄く笑った。
「子孫繁栄だって、良かったじゃん。エルジュにピッタリで。」
言いながらうさぎをエルジュの腕に押し付けると、どんな仕組みなのか吸い付くように腕にくっついた。
悪戯っぽく笑っては引き攣る口端が揶揄めいていて、それを見たエルジュの胸に靄がかかる。
まるで、エルジュが、節操がないみたいではないか。
それに、そう言い放つ盟友こそが虚な眼をして、さっきまで笑っていたはずの顔に翳りが差したことでひどく胸が騒いだ。
確かに、子々孫々を現代まで繋いで破邪船師を残すことが、たった今目の前にいるこの人との大切な約束だ。
時代を超えても友人であり続けると誓った十年前には、子孫を残すというその意味を知ることなく交わした約束。
わかっている、わかっているとも。
たとえ、心からの愛を傾ける相手が、永遠に結ばれない相手だろうと。
繋ぐべき絆のために、繋がなければならない血があったとしても。
それでも、エルジュは、認めたくない。
現実であっても、それが当然、と彼女の口から聞きたくなかった。
皮肉だとは思っていても、痛みにも似た何かに押されるように言葉を漏らす。
「そうだな。君が生んでくれるのなら、いくらでもどうぞ?」
正直のところ、破邪船師、及び四術師の継承は、一子相伝とはいえ血の確かに通った者でなくても構わないのは既にわかっていた。
四術師に足る十分な魔力と技術、正しき心の在り方さえ伴っていれば、四術師として認めるだろうと、彼らが約束してくれる。
レンダーシアにたくさんいた父の弟子の中から継がれるべき次代の破邪船師候補を見つけていて。
だからこそ、エルジュが病を圧してもここに居る。
でなければ、自身の抱く約束を捨ててまで、死んでも彼女を守るなど、言えるわけがない。
未来への約束は重く受け止めているが、それでもエルジュにとって、彼女の存在そのもの以上に大切なものなどない。
そうと思えば、子孫繁栄などあやかるほどのものでもなかった。
ふと、言ってしまってから、何も彼女一人に言及する必要はなかったことに気がついた。
妻でもなんでも濁せばよかったのに、独り身であるがゆえか頭の隅にもなかった。
結局は本音を晒したにすぎないじゃないか。
常々、父親に似て冗談の一つも言えない、とガミルゴに揶揄されてきたが、ここにきてその迂闊さを実感するとは。
どうか気付かれなければいい、と戸惑いを浮かべて振り返ったその先で思わず目を開いた。
「…………なんで、そんなこと言うの……?」
頬と耳を真っ赤にして、泣き出しそうな顔を歪めて、彼女が唸るようにか細く返す。
どういう意味だ、と計りかねる間に、盟友が一歩後ずさるのでつい手が出た。
自分よりも華奢な彼女を捕まえて、足の届かない高さまで膝から背中を抱えた。
「やだ!下ろして!!」
「駄目だ。」
エルジュの肩に置かれた細い手が懸命に押し返そうとするのを離れないように抱き止める。
「……どうして泣くのか、教えてくれたら、離す。」
「っ!!」
こうして抱えている間にもエルジュの頬を濡らすのは盟友の涙ばかりで、自分すらもいっそ胸が痛い。
泣くほど、嫌か。
エルジュに、そういう意味で想われることが。
それならそうでも構わなかった。
どうせこの恋が交差することはない。
そう、思っていた。
「……自信が、ない。エルジュを、無事に、過去へ返す、自信がないの。」
「……なんだって?」
訝しげに眉をひそめたエルジュを押し返し、逃げないからと言って大人しくなった彼女を腕から下ろす。
ぐずぐずと鼻を鳴らして涙を拭い、真っ赤に腫らした瞳を瞬きながら盟友は続きを口にする。
「今度のネルゲルとの戦いは、私にとっては初めて、辛く、苦しいものになると思う。」
「……今までだって、激しい戦いを重ねてきたんだろう。」
「そうだけど、全然違う。いつだって、誰が相手だって、私ひとりなら死んだっていいと思って、戦いに臨んできた。その方が、無駄な気負いが抜けて、全力で戦えた。」
思わず顔を歪めた。
彼女がレイダメテスへと乗り込む前、戦ってほしいと頼んだエルジュに、彼女はどんな顔をしてそれを了承したか、まざまざと思い出した。
恐怖なんて何一つない、そういう、生きることを捨てた顔じゃなかったか。
そうだ、だから、どうしたって彼女を助けるために、恥も何もかも捨てて、破邪船師の継承を成し遂げたんだ。
あの頃よりもさらに年月を重ねてきた彼女が対峙してきた魔は、強大で恐ろしかった者ばかりなのは想像に難くない。
勇者でもないのに、いつだって自身の命と引き換えにしてでも守り切らなければならないものを彼女に背負わせる世界の神々に、もはや怒りすら浮かぶくらいに。
「でも、今回は違う。私が死んだら、私を死んでも守るなんていうエルジュすらも死ぬことになる。だったら、何がなんでも勝って、生き抜いて、帰らなきゃならない。そうでしょう?」
「ボクが、足手まといか?」
尋ねはしても、足手まといだと固辞されたところで、今回ばかりは飲めない。
大切な友人を、否、愛する者を、死地へと見送るだけなど、もう二度としたくない。
死ぬとわかっていても、嫌われたとしても、絶対についていくと決めている。
「違う!」
ブンブンと頭を振って、盟友がまた涙を溢し始める。
「違うの!違う!!エルジュが一緒に戦ってくれるのはすごく……すごく、嬉しくて、だからこそ、私が……エルジュに対して……一緒に、死んでほしいと望んでしまいそうで、怖いの。……そんな気持ちで戦ったら、きっと、ネルゲルを倒せたとしても、私たちは生きては帰れない。」
泣いていたら卑怯だと思っているのか、懸命に涙を止めようと噛み締めている盟友の唇からは血が滲んでいた。
それを、綺麗だと。
思ってしまう自分がいることが怖い。
それほど、盟友から自分へと向けられる感情は苛烈に思えた。
「エルジュを過去へ返さなくても、破邪船師は継承できていた事実なんて、知らなければよかった。……だから、エルジュを、過去へ帰さなければならない、理由が欲しかった。そうしたら、戦える、から。」
「……それが、ボクの、子孫繁栄、か。」
言葉もなくコクリと頷く盟友に、エルジュは大きく息をついた。
どうにも、自分の都合のいいようにしか聞こえてならなくて、理性と欲望とがせめぎ合う。
見下ろした盟友はいまだに顔を伏せたままだが、赤みをたたえた瞳が瞬く度に溢れる水滴は自分を想うがゆえと思えば胸に響いてたまらない。
悪かった、冗談のつもりだった、と言いさえすれば、事態は一瞬で収束するだろう。
ただ、この一件、見過ごすには惜しい。
彼女は、エルジュを過去へ帰す理由を探していたという。
エルジュが、過去へ帰って、誰かと共に子孫を繁栄させることを望んでいて。
それで、エルジュはそれを知らずに、君ならいいと言ったら、そんなのひどいと彼女が絶望する。
謎が残るのは、そこだ。
なぜ、絶望するのか。
相手が彼女でなければ子孫繁栄なんて意味がないとエルジュが言うなら、エルジュを過去へ返す意味がなくなり共に死ねばいいと彼女が思うのか。
それって、つまり。
エルジュは深く息をついて、できるだけ穏やかな声を出そうと努めるが、いかんせん心臓は早鐘のように耳にも煩くて、いつも通りの声が出せていたかは全くわからない。
「……君の言いたいことはわかったよ。でも、ボクも、撤回はしない。」
え、と見上げてくる盟友は、いつもよりも大きな眼で真意を探るようにじっとエルジュを見つめてくる。
ぐ、と息を飲み込み、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「たとえボクが死んでも君を守るし……君が相手なら、どれだけいたっていいと思ってる。だって、君が危険なことを知りながら放っておくことなどできないし、君を想いながら誰かを娶るなんて寝覚めが悪い。」
年を経て、自身の体が成長期を終え、彼女と同じ年頃になった時、どれほど切なかったか、君は知らないだろう。
四術師が血で継ぐものではないと知った時、どれほど安堵したか、君は知らないだろう。
「ボクは、最愛の君を思って行動するボク自身が誇りだ。生きるも死ぬも、最後までボクの力を尽くせたのなら、それでいいさ。」
あの日、父が一人で出陣した時、知らない誰かのために死地に行くなんて、何一つ理解できなかった。
あの夜、彼女が一人で討伐へと向かった時、かけがえのない友人のために死地へ赴く勇気を知った。
そうして、時を超え、愛する人とそれを取り巻く世界そのものを守るために、戦う意味を知った。
それは、自分のためだった。
愛する人の危機を知りながら、見捨てる自分が許せなかった。
父は、エルジュが生き続けるはずの世界を、守りたかったのかもしれない。
そうである自分を、誇りに。
きっと、だけれど。
「だから、君も……君の思う通りにやればいいんじゃないか?」
共にいずとも命を繋いで幸せになってほしいと願い守ることが、彼女の思う正しい愛なのだろう。
でも、一緒に死んでほしいと乞われるのなら、それもまた愛のひとつだ、とエルジュは思う。
どんな形であれ、唯一の愛を捧げる彼女に愛されるのなら、こんなに幸福なことも他にない。
ほんの少し震える右手で、そっと彼女の濡れた頬を拭う。
大人しく拭われていた盟友は、二度、瞬いた後に小さく笑ってエルジュの右手を取った。
冷たくなった細い指に体温を分け与えるように包み込めば、その手ごと柔い頬に引き寄せられる。
「……とにかく、全力を尽くすよ。エルジュと共に。」
「ああ。」
ようやく、憂いの消えた雰囲気を纏う盟友が、頬を和らげ笑みを浮かべた。
怒ったり泣いたり、コロコロと表情が変わるのも好きだけれど、笑っている時が一番かわいい。
気恥ずかしさを取り繕ったのか、エルジュの分のうさぎをなおもぎゅうぎゅうと握りしめている盟友に、そわと胸が疼く。
なんとなくはわかっていても、やはり直接聞きたい、と思うのは我儘か。
「なあ。」
「ひゃっ!?」
後ろから腰を掴んで腕の中に抱き寄せれば、慌てて取り落としそうになったうさぎをぎゅうと胸に抱いて、目を白黒させながらエルジュを見上げる頬が赤い。
何を言われるのか想像がつかないのだろうその取り乱し様は、過去には見るはずのなかった姿で、今更ながら本当に同じ年頃なのだと感慨深い。
そんな彼女の耳元に唇を寄せて、夢迷い事を小さく囁いた。
「……本当に、生んでくれる気、ないか?」
「……は?…………はあ!?」
声を大にして叫び返されるので、キィンと響く耳鳴りに眉間の皺を寄せて肩を竦めた。
「そんなに嫌なのか?」
「えっ、いっ、あのっ、嫌とか、そういうことじゃなくてさあ!?言い方ってものがあるじゃん!?」
「いや、ボクもそんなに過信していたわけじゃないんだが、欲が出た。すまない。」
エルジュが眉を下げて謝ると、う、と口を結んで、盟友が両手でまたうさぎを握りしめる。
「……なんで、そういう発想になったの。」
「なんというか……君自身が無理でも、子どもなら可能かもな、と思ったんだよ。」
「……どういうこと?」
むすくれていたと思ったら、興味が湧いたのか、エルジュの言葉に顔を上げて答えを待っている。
思いのほか好感触で、エルジュはごくりと喉を鳴らした。
「君がボクの時代に生きること、ボクが君の時代に生きることは、あまり誉められたものじゃないのはわかる……でも、新たに生まれる子どもなら、生まれた時代で生きるのが自然だろう?」
「うん。」
「だから、もし、君が向こうで子を成したら、ボクが育てる分には平気なんじゃないかと思って。」
「……もし、こっちで生まれたら、私が育ててもいいってこと?」
たぶんな、と腕を組みつつ首を傾げる。
時渡りの力を持つ彼女が、どういった時の流れの中で存在意義を許されているのかはわからないし、彼女自身も知らない。
あくまで可能性の一つとして見ている。
「まあ、実際は、ボクがこっちにいてもいいんだが。」
破邪船師に関しては、万一こちらで命を落として帰れなかった場合に備えて、師に丸投げしてきたので、彼女の言う通り帰らなくても全く構わない。
それなりに旅慣れもしているし、現代で盟友と共に冒険者として生きていく道もある。
時の円環に追い出されない限りは。
「え、それなら私がそっちに行きたい。」
ええ、と嫌そうな顔をしながら、彼女が反対した。
持ちうる力の大きさゆえに事あるごとに頼られることに嫌気が差したか、穏やかな日常を送りたいと見ゆる。
確かに、波瀾万丈の現代に比べたら、多少の災害はあってもエルジュの時代の方がよほど平和だ。
ふは、と息を漏らしてつい笑った。
「ボクはいいよ?歓迎する。」
夢ごとだったはずの期待が急に現実感を伴ってきたものだから、妙に楽しくなってきた。
「君と暮らせるのなら、それだけで幸せだ。」
両目を瞑り、そうして開いた視界に映る、初恋の人が、はにかむように笑って、手の中のうさぎを差し出す。
「……エルジュの、お嫁さんにしてください。」
差し出すそれごと、盟友を抱き締めた。
「ああ……喜んで。」
どうするとか何も決まっていないけど、同じ未来を描けるのならそれだけで良かった。
腕の中の体温が確かに存在していて、夢ではなかったと思う頃。
「……あ。」
「え?」
不安げな顔をした盟友に向かい合い、思い出したように、君が好きだよ、と言ったら、ものすごいしかめ面をされた。
頬も耳も赤いので、嫌なんじゃなくて、照れているだけだとは思う。
「順番がおかしい。」
「今更、とは思ってる。だって、知ってただろ?」
エルジュが肩を竦めたら、眉を片方だけ下げて、盟友は苦笑した。
「だから、諦められなくなって、困ってたんですけど?」
「そうか。それは良かった。」
困っていたとしても、エルジュから見たら良かったとしか言えないのだから仕方ない。
「生きて帰れたら、なんだけど……」
「うん?」
「ラブレターでも指輪でも、なんでもいいから遺して、保存しておいてよね。」
意表を突かれたエルジュに、その時代の記憶を鮮明に持つものがないと細かい年時にはうまく飛べないのだと盟友が説明した。
なんでもいいはずなのに、それが装飾品だとか魔具とかでもなく、恋文や指輪を残せと言うあたりが可愛らしく、愛情深くてそれがいい。
「これは、絶対に生きて帰らないといけないな。」
本当だよ、と盟友が呆れたように呟いて、はああと大きなため息をついた。
必勝祈願などと、神に祈るよりよほどいい。
神にも言えない恋の成就を願うのだから。