精霊の祝福というにはちょっとエルジュ×主。深キスR15程度。甘め。
4話と5話の間。看病話…と言っていいのか…もどき。
主がエルジュの魔力回復に着眼した話。
「……無いよりは、有った方がいいよね。」
主人公:名前・性別・種族指定なし
ネタバレ:
10周年クエスト「天を超えてゆけ」5話まで。
全体的にキャラ観も世界観もすごく捏造しています。
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精霊の祝福というにはちょっと
他に頼まれていた粗方の用事を片付けたので、かねてから気にしていたエルジュの様子を見るのにレンドア港町を訪れた。
闇のキーエンブレムの封印については、賢者たちと共に確認した末に、冥王ネルゲルの復活を阻止することができなかった。
いにしえの神話の時代から封印などうまくいった例がないと感じている盟友にとっては、予想もできていたせいか、さもありなんと静観している。
理想は再びキーエンブレムを確実に封印し直して、エルジュの体調が回復し次第に過去へと見送ることだったが。
残念ながら、ランドン山脈の頂上にはかつてよりも禍々しい偽りの太陽が輝いており、賢者共々、破邪船師たるエルジュの回復を待っていた。
「エルジュ、どう?」
「なかなか熱が下がらんようでな。今はブロッゲンが様子を見ておる。」
ホーローの隠れ家に入るなり開口一番で目に入ったエイドスに尋ねても、良い返事は返ってこない。
そうかあ、と肩を落としながら向こうの寝室をじっと見遣っていると、隠れ家の入口扉が開いて、駅弁を五つも六つも重ねたまま両手で抱え、よろよろとホーローが歩いてくるのに気付いた。
「わ、ホーロー様?大丈夫ですか?」
「おお、来ておったのか。」
手伝うように上の四つの弁当を盟友が手にすれば、その後ろから現れたホーローの明るい顔がやや緩んだ。
ホーローの後に従って、いつも三人で身を寄せているテーブルの上にそれを置く。
考えてみれば時刻的には昼時で、おそらく出来立てだろうその弁当からは良い匂いが漂い、ほかほかと温かい。
「今からお昼?」
その通り、とホーローが楽しそうに一折の弁当を手に取る。
追ってエイドスもそれを手にしながら歩いていくので、向こうのソファがある部屋に移動するようだ。
「ブロッゲン様には?」
「失礼な、ちゃんと取っておくわい。交代じゃからの、後で取るじゃろうて。」
そういう心配をしていたわけじゃなかったが、それは少し可哀想だなと、つい思う。
ホーローの弁当を見ても見るからに美味しそうな、折角の出来立てのお弁当なのに。
ふと思いついた考えに、ああ、と声を挙げる。
「エルジュの様子も見たいし、ブロッゲン様も一緒にお食事したらいいですよ。」
生憎と、自分は食事を済ませてきたので、ご相伴に預かるつもりはない。
それは名案じゃ、とホーローが喜ぶのに頷いて、寝室へ歩いていく。
エルジュの眠る寝台の横の椅子に座って、いつも通りうとうとと船を漕いでいるブロッゲンに小さく声をかけた。
それから、説明を聞いていた杖に促されながら、向こうの部屋にテクテクと歩いていくブロッゲンの背中を見送る。
さて、と、ブロッゲンの座っていた椅子を片手で引きながら、ちょうどいい位置に腰を下ろす。
肘置きに頬杖を付いて見遣った友人は、汗をかきながら魘されている。
その内容はきっと、倒れた初日にうわ言で漏らしていた、闇のキーエンブレムの封印についてやレイダメテスのことだろう。
エルジュが、ひいては五百年前の四術師たちが闇のキーエンブレムを作り封印した手前、この時代で封印が弱まって行方不明になったことやレイダメテスの復活を許してしまったことに、責任を重く感じているのだろう。
長い歴史をこの目でいくつも見てきた自分には、欠けらでも悪意がある限り、何事も万全ということはない、と思う。
そもそも、再度封印したところで、また五百年後に冥王が復活しようとする動きがあるかもしれないので、それはそれで、この時代で倒せるのならその方がいいとも思う。
不思議なことに、この時代ですらエルジュが来てくれたのなら、きっと倒してみせると自分を鼓舞できた。
額に汗で張り付いたエルジュの髪を指で掻き分け、そうして初めて気付く。
エルジュの体内に魔力がほとんど感じられない。
魔術に長けた者というのは、もはや血の巡りと細胞の巡りとに魔力が密接に関わっている。
回復呪文や薬湯の効果が芳しくないというエルジュの状態は、自己治癒に頼るしかない状態とも言えた。
ただ、生まれながらにして魔力の源となる魔素が強い人間は、魔力が枯渇すると生命維持に必要なエネルギーが通常の人よりも多く必要になる。
今のエルジュは意識がほとんどないので食事を満足に摂れない分、治りが遅いのも道理だ。
「……無いよりは、有った方がいいよね。」
生来的に魔力が高かったというエルジュなら、魔力はあった方が少しは身体が楽になるだろう。
荷物を漁ってみて、魔力回復効果が一番高い精霊の霊薬を取り出した。
タプと揺れる薄青の中身を振ってみると、あまり粘度が高くない。
今の状態ではサラッとした液体だと飲みにくいかもしれない。
だからといって、意識が戻ってから飲んでくれ、というのも一体いつになるのか想像もつかず心もとない。
「………………しょうがない、か。」
荷物を脇に置いて霊薬の瓶を手にしたまま、エルジュの眠る枕元の空いたスペースに腰かける。
真下に見下ろした男の顔は頬が赤く汗が滴り、大きくなったなと思うよりも先に心臓がビリリと緊張した。
なんだろう、顔が熱い。
まず、気道に入り込まないように、と、エルジュの頭の下の枕の、さらに下に右膝を滑り込ませて高さを生む。
腹が上下しているのを確認して、呼吸ができていることに安堵の息を吐いた。
小手調べとばかり、開けた瓶の飲み口を、エルジュの唇に軽く押し当てる。
反応したのか反動なのか、少し開いた唇から、吐き出された熱い息が指に当たって、思わず奥歯を噛み締めた。
起きてくれたら幸いなのか、起きないでいてくれたら幸いなのか、もはや判らない。
ガラス瓶の飲み口が厚ぼったいせいで、このまま飲み下してもらうには無理がありそうだ。
これならどうだ、と、中身をほんの少し右手の平に出して、人差し指から薬指までの三本の指で溝を作ってから指先をエルジュの口先に差し入れる。
それでも舌の裏側に入り込んでしまうと喉に流れるまでもなく口端から溢れてしまうので、思い切って口の中に指を突っ込み、舌の真ん中を爪先で押した。
これもまた息同様に熱すぎるくらいの舌が僅かに蠢き、流れくる霊薬を静かに喉へと送ったのがわかる。
きちんと上下したエルジュの喉仏を見ながら、心臓が破裂しそうなくらいにバクバクした。
よほど渇いているのか、舌先に残る指を未だに離そうとしないエルジュの口腔から、息を潜めながらそろそろと指を引き抜き、脂汗の浮かぶ頬を手の甲で拭う。
ほんの、本当に僅かだが少しだけ魔力が回復したことがわかって、でも、と逡巡する。
瓶の中身はまだたくさん残っていて、たった今の作業でエルジュが口にしたのは匙一杯分でしかない。
匙を使うにしてもこんなやり方で飲ませていたら、何時間もかかりそうで途方にくれる。
さっき確かに濡れたはずなのに呆気なく乾き切ったエルジュの唇を見て、盟友はため息をつく。
静かに聞き耳を立てていると、ホーローとブロッゲンは何やら話が弾んでいるようで、まだ当分の間は戻ってこなさそうだ。
いや、来ないと思いたい。
迷っている暇は無い、と、唾という唾をごくりと一息に飲み込み、そうして瓶の中身の三分の一ほどを口に含む。
エルジュの口の横に右手を添えて、誘うように指先で突けば、さっきよりもあっさりと開いた。
無二の友人を前に何をしているんだろうなと頭の片隅で思いながら、恐る恐る口先を寄せた。
液体を運ぶなど経験もなく、おっかなびっくりで遠慮しているとすぐに溢れそうになって、思っていた以上に難しい、と涙が目端に滲む。
違う、本当は、泣きたくなるのは、熱い頬と舌のせいで。
顎を上げすぎても危ない、と身を屈めて頬を押さえ、口付けを深めた。
「……ん、ぅ……」
呼吸が苦しかったのか、エルジュが小さく声を漏らしたのに肩を跳ねさせ咄嗟に離れた。
自身もいつの間にか呼吸を止めていたのか、詰まったように息が漏れ出た拍子に息切れが始まる。
口の中に僅かに残った霊薬がほんのり甘くて、それがまた少し恥ずかしかった。
起きるか、とドキドキとしながらエルジュを見守っていると、しばらくしたら乱れていた呼吸がまた一定になり、目を閉じたまま落ち着いた。
魔力もそこそこ回復したようだが、想定した量には足りない気がするので、身体に魔力が馴染むには時間がかかるらしい。
ほうと息を吐いて、それからまだ三分のニは残っている瓶を見遣る。
少なくともあと二回は下らないな、と思うと、耳が熱くなった。
人助けだから、とは思っていても、こんなに動揺するのはなぜなのか。
そもそも、相手がエルジュでなかったとしても、こんな手段を取ったのか。
認めてはいけないような何かが奥底で動き出すのを、どこか恐ろしく感じていた。
そうはいっても、時間は限られている。
瓶の残りを勢い煽って、ままよと再度深く唇を合わせた。
エルジュの舌を探しては舌先で押し返す度に背筋が震える。
最初はカラカラに渇いていたはずの口腔も二度目のせいなのか程よく濡れた皮膚が気持ちよくて、時折触れる脳髄が痺れたような感覚が未知すぎて瓶を握りしめた。
鼻で小さくしたはずの呼吸も荒く聞こえて、興奮しているようで恥ずかしさでいっぱいになる。
いや、違わず、興奮しているかもしれない。
離す唇が名残惜しくて振り切れないのはなんの未練か。
「……ハ、……」
肩で息をしながら背を丸め、気を落ち着けたくて強く目を瞑る。
自身すら熱で浮かされたみたいに身体が震えて、思わず身を竦めた。
お腹の辺りがぐずぐずそわそわと熱くて仕方がなくて、ああ、そうだったのかと今更自覚する。
エルジュは、もう子どもではないのだ、と。
耳をそばだてても賢者たちの声は聞こえない。
自分の心臓の音がうるさくて聞こえないのか、ブロッゲンが眠ってしまったのかはよく判らない。
でも、彼らのことだから、こっちへ来る時は声をかけてくれるはずだと根拠のない信用はあった。
瓶に残った三分の一ほどの青さを見て浮かんだのは、安堵か、切なさか。
そっと口をつけて底が見えるまで傾けた。
これで終わりだ。
「……っ!」
三度目のそれは最も深かった。
歯をぶつけかねない勢いで合わせたのもあるが、舌が触れた途端にエルジュに吸いつかれたから。
差し込まれるそれが水分を与えるものと学習したか、強く吸われて思わず舌を引いたものの、液体が溢れそうになって慌てて顔の角度を変えてピッタリと合わせる。
その間にもエルジュが霊薬を探して舌を伸ばすので、触れた唇の薄い皮膚をなぞられてビクリと竦んだ。
つい声が漏れそうになって、引いた舌を奥歯で軽く噛んだ。
「……んっ、」
場が場じゃなければ、エルジュを制止してしまったかもしれない。
本人は起きていないっていうのに。
酸欠みたいなクラクラする感覚に戸惑いながら、エルジュの胸を手で押すように離れる。
目の前で垂れ落ちる光る糸がそうだと理解すると同時に顔から火が出そうだった。
どうしよう。
ああ、どうしよう。
もっと、なんて。
寝台ではやっぱり顔も喉も赤くして息を重ねているエルジュを、息を潜めて見つめる。
起きてしまわなくて良かった、と胸を撫で下ろしたが。
「…………ーー。」
急に自分の名など呼ばれるものだから、身体が飛び上がってつい空になった瓶が手を離れた。
放っておくとエルジュの胸にぶつけてしまう、と慌てて両手で受け止めたらバランスを崩してずるりと寝台から滑り落ち、背中から床にひっくり返った。
受け身は取ったものの、強かにぶつけた肩を手で摩りながら身を起こす。
それよりも、まさか起きているのかと覗ったエルジュは、未だに寝台で目を閉じ呼吸を乱しもしない。
ネルゲルとの決戦に向かう夢でも見ていたのか、流石に気が早い。
心臓に悪いからやめてくれ、と内心でこぼして呆れたため息をついた。
「なんじゃなんじゃ、どうした?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと、バランス崩しちゃって。」
それなりに大きな音が響いたからか、ホーローが心配そうな顔を出して見に来たので、床に転がった空の瓶を手早く鞄に仕舞って、頬を掻きながら言い訳した。
怪我はないかと尋ねられたので、大丈夫と答えながら、ゆっくりと立ち上がる。
そういえば、とエルジュにもう一度目を遣れば、魔力の回復も十分そうだ。
身体に魔力が完全に馴染むまでは丸一日かかっても不思議ではないが、少しは治りが早くなるはず。
「そろそろ行こうかと思って。もう平気ですか?」
忘れていたのか、一瞬だけはて、と首を傾げたホーローは、おお、そうじゃったそうじゃったとあっけらかんと笑って頷いた。
この後はホーローが看病にあたるようで、その場で挨拶をして、椅子に沈んでぐっすり寝ているブロッゲンを起こさないようにそっと隠れ家を後にする。
「…………ふぅ……」
レンドア駅を出て、ようやく一息をつく。
酒場に寄って依頼を確認したりと用事をこなす間も、時折つい親指で口元を触っていることに気付いては、頭を抱えたくなるような羞恥心が込み上げる。
早いところこの感触を忘れることができればいいが、当分は難しそうだ。
少なくとも、今はエルジュの顔がまともに見られそうになかった。
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それからエルジュに再び会えたのは三日後になる。
朝方にメギストリスの街を歩いていた際、背中から郵便局の速達ドラキーにぶつかられた。
受け取った手紙はエルジュからで、体調が回復したとの知らせに、街での用事もそこそこに箱舟に飛び乗った。
「心配かけたね。」
隠れ家に訪れた盟友を見るなり、ピンと背筋を伸ばして優しく微笑むエルジュの姿にほうと息をつく。
だが、安堵したのもほんの束の間で、その後にエルジュ自身が患う不治の病についての話と、蘇ったレイダメテスへ乗り込むために現代の破邪船師の協力を仰ぎたい、という話を一気に聞く。
想像もしていなかった話に眉を寄せ、文字通り命を賭してやってきたエルジュの決意に比べ、自身の意思が揺らいだ。
それが本当なら、冥王なんて相手にしている場合じゃないし、エルジュの病を治すためならなんでもできる。
それこそ、どれだけ昔にしか存在しない秘境の花やどれだけ危険な無人島に生息する果実を求められたって構わないのに。
ただ、エルジュが、昔よりは丸くなったとしても、こうと決めたら頑固なところは相変わらずなのはわかっていて、説得する術を持たない。
自分にできることは、さっさと冥王を倒して、エルジュを安心させてから逝かせてあげることしかないのか。
悔しい思いに歯噛みしながら、エルジュと二人、箱舟でグレン城下町へと向かっていた。
レンドア島からグレン城下町までの長くない道のりを、向かい合わせの席で座って沈黙を守っていた。
今は口を少しでも開けば弱音を吐いてしまいそうで、何を話せばいいかもわからず窓から外を眺めている。
目の前からの視線は感じるが、それも、彼なりの覚悟の証だと思っていた。
「…………あ、のさ。」
海を渡り始めて半分が過ぎた頃か、躊躇いがちに開かれた呼びかけに、ん、とエルジュを振り向く。
困ったように眉を下げて、それから盟友に笑いかける顔がぎこちなく、目元が赤い。
熱はあるのだろうけれども、動いていないと調子が悪いのだろうか。
「………………いや、なんでも、ない。」
「そう?……体調悪くなったら遠慮なく言ってね?」
ああ、と目を細めて逸らしたエルジュは、なんでもないと言いながらも、頬を緩めてどことなく嬉しそうに見えた。
それが不思議で、首を傾げてなんとなく尋ねる。
「なんか、機嫌いいね?ゆっくり休めた?」
目を少し見開いて、口端を引き結んだエルジュは、何気なく窓の外に目を向けた。
「ああ……うん、そうだね。……とても、良い夢を見たせいかな。」
変わっている。
うたた寝した時や、熱でうなされている時などは特に、盟友はろくな夢を見ない。
理解できないせいか、よほど変な顔をしていたのだろう、エルジュがふっと息を漏らして楽しそうに笑った。
「ああ、そうだ。気にかかっていたことがあったんだ。」
「何?」
「君は、体調を悪くしていないか?熱とか、だるさとか。」
尋ねられた内容に、ああ、と合点がいく。
四六時中とはいかないが、エルジュが過去からこちらへ来て、ほとんどの時間を共に過ごしている。
エルジュの病が自分にも感染していないか、心配しているのか。
「今のところ、何もないよ、大丈夫。」
「そうか、良かった。」
ほっと息を吐いたエルジュに、ふと疑問に思う。
現時点でエルジュと同じ病に感染していたとしたら、今こうしてまともに動けることはできないのはエルジュもわかっているはずだろう。
なぜなら、盟友はエルジュのように魔力で身体を動かす術を知らない。
それに、感染を心配するなら、方々へ渡り歩いては用事をこなす自分よりも、隠れ家で時間を共にすることが長かった高齢な賢者方じゃないのか。
「……たぶん、だけど……エルジュの病気って、空気感染とか飛沫感染、じゃなさそうだよね?」
「ん?ああ……おそらく、そうではないだろう、って範囲だけどね。」
エルジュ自身が、空気や飛沫経由ではないことがわかっているのなら。
エルジュが本当に心配しているのは。
経口感染しかないじゃないか。
顔が熱くてたまらなくて、苦虫を噛み潰したような顔をしていたら、察したことを察せられたらしく、エルジュが目を開いて、はは、と肩を竦めてひどく嬉しそうに笑っていて。
なんだよ、その顔。
もっとすれば良かった、とか、思わせんな。