たとえばそれはあれを主にやって欲しいと思ってしぐさ書くれるエルは主のこと好きすぎんか?と夢見ました。
しぐさについては独自解釈しました。
(後から冷静に見返したらしぐさ書ではなかったんですが、目の前で覚えたという体でお願いします。)
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たとえばそれは
エルジュが好きだ。
命を賭して、友の生きる世界を救いに来たというエルジュに、自身が抱く感情がもはや友人としてのものとは胸を張れなかった。
それはもう、どうしようもない事実だと思う。
復活のレイダメテスで冥王ネルゲルを倒した、その復路の大地の破邪船の中。
向かいの席に座ったエルジュの姿がほんの少し透けた時、驚いて咄嗟に手を掴んでしまった。
無意識か、そうでないのか、時渡りの力を発動させたみたいで。
気がつけばエルジュと共に、五百年前のそのまた少し後、つまり二十歳のエルジュがやってきた地に辿り着いていた。
「……やってしまった。」
まだ開通には至っていないのか、殺風景なグレン駅を窓から見ながら呟くと、エルジュがそれでも嬉しそうに笑ってくれることが救いだ。
「まあ、君なら問題ないんじゃないか?体に異変はないんだろう?」
「うん、今のところは。」
どうやって帰ればいいか考えても、やっぱり時の車掌ゼーベスに頼むしかなさそうだ。
ちらと見回したところで、今は姿が見えないが、きっと必要な時に現れるに違いない。
それともエテーネルキューブに登録すればいいのか。
二人で箱船から下車し、駅の構内に降り立てば、見知った顔に声をかけられた。
「やあ、君も来たんだね、久しぶり。エルジュはおかえり。」
「え、フォステイル?」
「ああ、迎えに来てくれたのか。すまない。」
トテトテと歩いてきたフォステイルの姿に首を捻っていると、エルジュが盟友を振り返った。
「色々、フォステイルの予言に助けられて、君の時代へ行くことができたんだよ。」
「え、あ、じゃあ、エルジュが言ってた……」
師匠とは、言いかけて、エルジュに人差し指で口を押さえられて言葉が続かない。
ああ、師匠と思ってはいても、本人に対して呼んでいる訳ではないのか、と納得して小さく頷いた。
「エルジュ。手を。」
「え?」
フォステイルの呼びかけに不思議そうな顔でエルジュは膝をついて、フォステイルと目を合わせる。
差し出される手に合わせて、エルジュが右手を差し出すと、小さな手でそれを握った。
そうして表情を和らげてフォステイルは静かに微笑する。
「ちゃんと、治してきたようだね。」
「えっ……知っていたのか?」
エルジュのメラゾ熱が完治したことを確かめたかったらしい。
驚いているエルジュをよそに、盟友は顎に手を当てて首を傾げる。
「ああ、なるほど?治るってわかってて、フォステイルはわざとエルジュに行かせたわけだ?」
「いや、そこまで贔屓にはしていないよ。ただ、向こうではエルジュの力が必要だったろう?」
「それはそうだね。ついでに病が治ればラッキー、くらい?」
ふ、と口端を上げながら盟友が問えば、フォステイルは訳知り顔で曖昧に笑った。
やはり、確実に治るとわかっていて、エルジュ一人を送り出したことに合点がいく。
「……気遣い、痛み入る。ありがとう、フォステイル。」
「いいや、全ては君の実力のうちさ。おめでとう。」
低い位置ながら、感謝の抱擁を交わす二人を眺めて、不思議な師弟だなと思った。
少しして、身を離したフォステイルが耳と飾りを揺らしてコロコロと笑う。
「それじゃあ、私はプクランド大陸に戻るよ。」
「もう行くのか?送っていくから、少しゆっくりしていけばいい。向こうでの話も聞くだろう?」
エルジュが残念そうに答えるが、目を瞑ってフォステイルは首を横に振る。
それから、顔を上げた彼と目が合って、小さく微笑まれた。
「国を長く空けるのは誉められたものではないからね。メギストリスに来た時にまた話をしよう。」
「……わかった。」
未練など何もなく踵を返してグレン駅の階段を登っていく小さな背中を、エルジュと二人で見送った。
フォステイルの姿がすっかり見えなくなった頃、階段を見つめていたエルジュが遠慮がちに振り返る。
少しだけ眉を下げて、緊張気味に彼は口を開いた。
「その……時間の許す限りで構わないんだが……まだ、君と話をしていたい、と言ったら、困るか?」
馬鹿なことを言っているな、と盟友は苦笑する。
互いに時代を超えてでも助け合える、こんなに愛おしい人と過ごすことを厭う理由がない。
そもそも、現代ではネルゲルやメラゾ熱の件でエルジュは慌ただしく、ゆっくりと話す時間はなかった。
「むしろ嬉しい。エルジュと話したいよ。そうじゃなきゃ、ここまで来てないし。」
答えれば、エルジュが安堵した顔をして、それから家へと案内された。
以前はエルジュに会おうと思ったらグレン城に行っていたが、この時代ではもうフルッカと同じグレン城下町上層の家に移り住んでいるようだ。
一応、復権したガミルゴとも会っていくか尋ねられたが、それはまたの機会に、と断った。
エルジュの家に着いてから、許可をとってエテーネルキューブに時代の座標を組み込み、エルジュの家を登録した。
ふわりとキューブが光って回り、それからまた、ただの銀箱に戻るのを、エルジュは興味深そうに眺めている。
「凄いな。やはり、魔法とは違うんだろう?」
「そうだね、魔法とはなんか違う。どう違うかは、よくわからないけど。」
荷物にキューブを仕舞うと、すぐ近くに入れられていた、真新しいしぐさ書が手に当たった。
ああ、そうだ。
エルジュに礼だと言って贈られたもの。
「でも、魔法もやっぱり凄いとは思う。この、しぐさ書なんかは、未知だね。」
取り出したしぐさ書を手にしてパラパラとめくっていると、エルジュが嬉しそうな顔をする。
何か変なことを言ったかと首を傾げると、エルジュが少しだけ興奮気味に話し出した。
「確かにね。僕も、フォステイルにしぐさ書の作り方を教わるまで、まるで訳がわからなかったさ。ようやくできた一冊を、君に渡すことができて良かった。」
聞いた内容に、盟友は思わず目を開く。
「え、作ったの?エルジュが?」
「そうだよ。魔法書だからね。」
へええ、としぐさ書を閉じて眺め、どきどきと胸が逸るのを聞いた。
確かに、しぐさ書は魔法書の一種だ。
それほど難しくはないが、一定の術式を、多少の魔力を用いて、魔法として実行する技術がある程度は必要になる。
属性の有無を含めて指定の魔法を使って、決められた軌跡をなぞったり、ステップを踏むことで、色々な効果を生み出すことが、通称でしぐさと呼ばれる。
魔力を乗せて歌うことで封印を施す聖歌などに近い。
だから、色々な依頼のうちで、踊りで解放される力や封印があった。
ただ、表情はあまり関係がないのかもしれないとは思っている。
大地の竜バウギアの封印を解くために、ふしぎなおどりを踊ったパラディン団長の真顔はそうそう忘れられなかった。
余計なことまで思い出した、と盟友は頭を小さく振って、エルジュにしぐさ書を持ち上げて示す。
それを作れる魔法使いなどついぞ会ったことがなかったが、考えてみればしぐさ書を与えてくれた人たちはみんな自分で作っていたのかもしれない。
「今、読んでみてもいい?」
「もちろん。大した効果があるわけじゃないが、使ってくれると嬉しい。」
快く頷いたエルジュに笑みを向けて、手近な椅子に座ってしぐさ書を読み込む。
さほど難しい術式ではないようだが、読んだだけではどんなしぐさかはわからない。
一通りイメージトレーニングをして、うん、と確信を得てから、本を閉じる。
どうやら、まわるしぐさに似ているようだが。
椅子から立ち上がり、少しだけ開けた部屋の中央を指した。
「ちょっとやってみる。」
「どうぞ。」
楽しみ、と言わんばかりに頬を緩めるエルジュに、小さな気恥ずかしさが浮かんだ。
うまく行かなかったら申し訳ない、とも思いながら、指先に魔力を纏う。
光属性がメインで、と頭の中で組み立てながら円を描いてくるりと回る。
上に持ち上げた両手を開いて、これでいいんだろうかと半信半疑でピタリと四十五度で止めた。
「っわ!?」
その瞬間、盟友の頭の上でポンッと音が鳴りそうなほど、たくさんのリボンと、紙吹雪が散った。
ビックリして何度も瞬いていると、エルジュが両手拳を握って、ニコニコと笑う。
「さすがだな、完璧だよ!」
「え、これで合ってるの?」
「合ってるよ。僕のイメージ通りさ。」
お祝いリボン、と表紙に書かれたしぐさ書を再度見て、かあと頬が熱くなった。
くるりと回ってポーズを決めたら、自分の上でリボンが弾けるとか。
「随分、可愛いイメージ、なんだね。」
「ん?ああ、そうだね。なんとなく、君をイメージしてみたんだ。」
「……はい?」
「フォステイルが、具体的に、しぐさを使う人をイメージして組み立てた方がいいって言うから。」
そう言われて、確かに、フォステイルがくれたリュートを弾くしぐさは、リュートを背負った彼自身がイメージ元になっているのだろうと納得した。
だとしても、盟友をイメージしたしぐさがこれとはどういうことだ。
「……ええ、と……エルジュから見たら、こんな感じ?」
「君が、というより……君にあげたい、と思ったんだよ。いつか、君の手に渡ればいいな、と。」
照れたように頬を掻いたエルジュは、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
しぐさで現れた物は魔法で具現化しているだけで、魔力が途絶えればそれは消える。
床にリボンは散ってもいないし紙吹雪もないのに、視界では彩が鮮やかで、それは目の前にいる男が原因なのはわかっていた。
「……あの、これ……」
「あまり趣味じゃなかったか?」
「いや、あの……嫌いとかじゃないんだけど……その、なんだか、恥ずかしい、な。」
驚きに目を開いたエルジュの顔がうまく見られず、盟友は顔を逸らした。
手を当てなくたって頬が熱いのも赤いのもわかる。
「……どうして?」
「だって、さ。……頭の上でリボンが解けるでしょ?それが、その……プレゼント、みたいで……」
言いたいことが皆まで言えずに声が尻窄んだ。
プレゼントは自分、だなんて図々しいにもほどがあるし、エルジュはそんなことは求めていない。
でも、仕方ないじゃないか。
だって、エルジュが好きだから。
ゴニョゴニョと言い訳するか迷っている盟友の前にふと影が被る。
え、と見上げたら、エルジュの両手が肩に添えられ、一歩近づかれたので一歩下がった。
「……確かに、君の言う通り、プレゼントだ、と言われたら、そう見えるね。」
でしょう、なんて笑い飛ばして誤魔化すこともできなかったのは、エルジュの見下ろしてくる瞳が熱っぽくて、艶やかだったから。
引き攣る喉で無理矢理唾を飲み込んで、五月蝿い心臓を押さえつけるみたいに胸を掴んだ。
「もし、そう思うなら、僕以外にはあまりしないで欲しいかな。」
懇願するように盟友の肩と首の間に項垂れるエルジュの声は湿っぽくて息が熱い。
「エ、ルジュが、くれたんじゃん……」
「そうだけど……君を、誰かにあげたくない……」
開き直ったか、耳を赤くしてエルジュがますます距離を詰めてくる。
元から無かったような間はついにゼロになって、ぎゅうと抱きしめられた。
ん、と浅い呼吸を繰り返す自分は、これでエルジュにバレていないと思う方が不自然で。
仕方なく、震える両手で、エルジュの背に縋りついた。
「エルジュが欲しい、なら、いくらでもあげる、よ?」
そう、言ってしまったら、エルジュがそっと顔を上げて見つめてくる。
「うん。君が、全部欲しい。」
盟友の目と鼻の先で、そんなに目を細めて、愛おしくてたまらないみたいな顔をするのは、心臓に悪い。
エルジュのしぐさ書作りは、大成功を収めた、ということで間違いないみたいだった。
おわり