Let me see…++
Let me see…
先導するように歩く目の前の背中は、あの頃から変わらない。
変わらないのに、その背丈だけは追い越してしまって。
子どもの眼には大きく映り、それしか頼ることができなかったその背は。
本当はずっとずっと、小さかったのだと知った。
そうして、その背に負いすぎたものが、この人を何度でも危機へと追い込むのだということも。
知ったことで、幼少より小さく降り積もっていたやり場のない恋心が、ますます消せなくなった。
かけがえのない友の生きる世界を救いたいとやってきたはずだったのに、その救った世界から奪ってしまいたい、と思ったことも数知れない。
久しぶりだからもう少し、と強請られて、破邪の紋章の完成を待つことを、現代の破邪船師フルッカへ報告しよう、と、今はグレン城下町からランドン山脈の山頂に向かって、エルジュと盟友の二人でのんびり歩いている。
この辺りはほとんど地形も変わっておらず、懐かしい旅路だなと思えばこそ、そんな感傷的な気持ちになったのだろう。
どうしたら、この人を。
諦められるだろうか。
「……なあ、君には、婚約者とか、今付き合っている人とか、いないのか?せっかく君の時代に来たんだ、会ってみたい、な。」
不意に思いついたのはそんなような言葉。
焦がれてやまないこの人に愛してもらえるのは一体どんな人なのか。
会ってみたら、納得できるか、いっそ諦めもつくだろうか。
そんな、望んでもいやしない望みを口にするのは変な気持ちだった。
そう思いながら、盟友その人を見遣ったら、眉をしかめて目を細めている。
基本的に表情が一番素直なので、答えが予想できて、一瞬でホッとしてしまったのが、申し訳ないけれども体は正直だ。
「いないよ。結婚とか、考えてないし……たぶん、自由にできない。」
「えっ……なぜ?」
返された悲哀の込められた声音に、今度はこちらが眉をしかめてしまった。
「経歴がおかしいから、変な肩書きが多くて。どこぞの王子の学友だの、王国の姫の盟友だの、従姉妹とか、王家の末裔だとか、王様の命の恩人に……やれ、魔王の元しもべとか親友とか戦友だ、大魔王に、村長?他にもいっぱい。」
指折り言い連ねていって、最後の方になると手をヒラと振ってやけになったような顔で、空笑いをしながら言い捨てた。
並べられた肩書きにもなんだかおかしくなって、エルジュは小さく笑う。
「相変わらず、色々なことに巻き込まれているんだな。」
「そうだよ。……まあ、交友関係には目を瞑ってもらってるみたいだけど、結婚ともなるとそうはいかないだろうなあと思って。各国の偉い人が目を光らせてるらしいよ。」
わからないでもない。
結婚をするということは、今は根無草のような冒険者生活をしているこの人が、一国を拠点として留まり続けるということ。
そうして、世界一と言っても過言ではない豪の者たる盟友の、配偶者とその滞在国付近が、最も威勢を張ることになるだろう。
対人や、対国軍事という意味では、絶対に動かないという確信はある。
ただ、一方的で明確な悪意を持った人間や魔物を相手にした場合の殲滅力というのは、今代の盟友の右に出る者はほとんどいない。
だからといって、この人が自由に結婚できないというのは、なんだか悲しい。
愛した人と自由に結婚できない、この人にとってそういう世界になってしまったのなら、エルジュ自身の想いはさておいても、過去に来てもらった方が幸せなんじゃないかと欲が浮かんだ。
「でも、まあ、いいんだ。結婚するつもりないから。」
「……は?」
言われた言葉にエルジュがつい目を丸くして足を止めると、振り返った盟友は皮肉げに笑った。
「本来のこの時代には、好きな人いないしさあ。」
「…………そ、うなのか……」
うん、と頷いて、この話は終わりだと言わんばかりに、盟友はまた前を向いて歩いていった。
安堵していいものか、どこか拍子抜けしたまま、ぼんやりと後を追って歩き出す。
なんだか、物言いに引っかかる。
盟友の癖の一つで、発言力の大きさの割に迂闊なところがあるので、たまに馬鹿正直に口にする時があった。
たぶん、それで痛い目にあっている予感もする。
今においての問題は、エルジュ自身が、何に引っかかっているのかという点についてだが。
結婚できるか否かはともかく、好きな人、それ自体はいるのだろうな、と思うような口上。
この時代にはいない、というところが、結婚できない理由かもしれない。
過去か、あるいは未来の人物か。
盟友に好きな人がいたこと、それに辛さを感じたのか。
いや、違う。
じゃあ、本来の、は何を意味するのか、が気になるのだ。
かつてはいなかったが、今は、この時代にいることを示唆するのか。
真っ先に、エテーネ王国の民の者かと思った。
でも、過去には戻れないあの王国の民は、この時代に居るも同然じゃないか。
結婚しようと思えば、結婚できると思う。
言い口からして亡くなった人とも思えない。
いなくなった、とは言っていないから。
時渡りをする立場のせいか、そういう、現在と過去の言い回しに関しては敏感だった。
それより、なにより。
今、は、この時代に、居るのなら。
どうして、君は。
束の間の今すら、ボクと、過ごしているんだ。
エルジュは、ひと息に唾を飲み込み、少し離れていた盟友の背中を目指して駆け出す。
勢いのままに肩を掴んで強く引けば、盟友は驚いたように振り返ったまま、パチリと大きく目を瞬いた。
どうしてか、その頬を彩る紅色が、いっそう綺麗に見えた。
「君に、言いたいことと……訊きたいことがあるんだ。」
思い違いでなければいい、と願いながら。
今度こそ、心からの望みを口にする。