FROM MY thoughtless hubby++
FROM MY thoughtless hubby
ーどこかきまらない いとしのあなたよりー
十年という歳月をかけて、ヴェリナード王国の復興も順調のようで安心する。
職人街にあたる通りを歩きながら、エルジュは笑みを浮かべて足を進めた。
この国の王族とも何度かは面識のあるエルジュでも、ウェナ諸島にやってくることはそれほど多くない。
どうしても、四術師のいるプクランド大陸やエルトナ大陸に立ち寄りがちだからだ。
それでもやはり、ウェナ諸島にはウェナ諸島にしかない特色があって、今回はそのためにやってきた。
というのも、装飾品などの工芸品は、ウェディの右に出るものはいない。
ドワーフも手先の器用さにかけては随一だし、オーガだって鍛治には堪能でも。
こう言っては失礼なのだが、いかんせん、美容感覚に欠けているというのかなんなのか。
微細な技術はあるくせに、どうしても価値観が実用性に偏ってしまうドワーフとオーガは、身綺麗に着飾るためだけの華美な装飾品を作るのには向いておらず、どこか無骨な雰囲気を漂わせてしまう。
彼らからしたら、高価で貴重な素材を使ってそんな無駄なものを作るなどいけすかん、のだそうで。
今では、エルジュが住んでいるグレン城下町でも、オーガのみならず、あの災害の後から残っている人間や、オーガたちを慕って移り住んだ他の種族もいて、皆で手を取り合いながら暮らしている。
こういった種族による価値観や身体能力差は、色々な面で齟齬を起こすこともあり、小さなトラブルは日常茶飯事だったが、そういう場面にぶつかるにつけて、学ぶことは多かった。
エルジュが幼い頃から慕っていた、今では大切な恋人でもある人も、旅中では多くの種族たちと触れ合い、その違いを心から不思議に思ったし、頭を悩ませたともいう。
だからこそ、エルジュに対して鷹揚でもあったのだろうし、あの人を見続けたエルジュが成長できたのだとも思う。
そんなことを考えながら歩いていると、城直下にある目的地に辿り着いたので、目の前の店の扉を開けたら、カランと扉の鐘が鳴った。
「いらっしゃい……やあ、エルジュか。来てくれて嬉しいよ。」
「久しぶりだね、マハート。」
カウンターの内側でニコニコと笑うウェディは、ヴェリナード王国に住む数少ない友人。
レイダメテス侵攻時には、ヤクルたちと共に集落に避難していて、その中でも宿屋を営んでいたウェディの男だった。
恋人が当時、快く世話をしてくれたと話していたので、ヤクルを訪ねた際に何度か声をかけているうちに親しくなり、今に至る。
故郷へ帰った後も、手紙を数度やりとりしては、互いの近況報告を重ねていた。
「今日はどうした?王立調査団に御用向きか?」
「違うよ。今日は、君の本業を頼って。」
「へえ?では、ご用件をどうぞ。偉大なる破邪船師さま。」
「やめてくれよ。今は、ただの客だって。」
一回りは確実に上のはずで年が近いというほどでもないのに、ウェディというのは不思議なもので、いつまでも若々しく見えて、口先が軽くてもさほど不似合いでもないのだから、おかしくて笑った。
互いに一頻り笑ってから、エルジュがカウンターに身を乗り出す。
その、アクセサリー屋のカウンターの奥には様々なアクセサリーが並んでいる。
「来月の半ば頃、何かアクセサリーの類を恋人に贈りたいんだ。予算に合わせて見繕って欲しい。多少は上回っても平気だ。」
「ヒュウ♪どういう風の吹き回しだ?仕事が恋人だと思っていたけど。」
「最近、ちょっとな。」
へえ、いいね、と笑ってから、マハートがちょっと待ってて、と一度店の奥に入る。
戻ってきた時に、女性のウェディが一緒に出てきた。
彼女もやはりマハート同様に馴染みの顔で、エルジュを見るなり顔を綻ばせて手を上げた。
「あら、エルジュ、いらっしゃい。」
「邪魔しているよ。」
マハートの同僚でもあるアーニャーも、災害時には集落で暮らしていたらしい。
ヴェリナード王国でマハートに紹介されるまで、エルジュは面識がそれほどなかった。
元々の故郷では工芸品を作っていたものの、集落での生活当時は必要にかられて防具屋を営んでいたそうだ。
「なぜ、アーニャーを呼んできたんだ?」
「なぜって?贈り物は女性に聞くのが一番に決まっているだろう?」
「それじゃあ、彼女に任せても?」
「それでもいいけど……でも、やっぱりエルジュが自分で考えるのが一番いいと思うわ。相手のことを一番知っているのは貴方でしょ?アドバイスはするから、そうしましょうよ。」
さすが、歌と愛の種族。
ウェディのこういうところが敵わないのだ。
パチリと瞬いたエルジュがふっと苦笑する。
「いいけど……事情聴取も兼ねているな?」
「いいじゃない、それくらい。」
「ぜひ、聞かせてくれよ。堅物エルジュの心を射止めたハニーが知りたいな。」
君もよく知っている人なんだけどな、とエルジュは小さく笑った。
アンタなら特別だよ、と世話してやった人間の旅人を覚えているなら、だけど。
「なんでもいいけど、絶対に間に合わせてくれよ。来月のその日じゃないと、意味がない。」
「もちろんさ!」
大手を広げて答えたマハートが、調子良く鼻歌を歌いながらデザイン帳を出してカウンターに大きく広げ、それから三人で真剣に覗き込んだ。
++
テーブルの上に置かれた黒インクが連なるページを前に、一度ペンを置いて背筋を伸ばす。
今は、あの出来事を忘れないうちに、と破邪の紋章についての概要を書いている最中だ。
正直のところ、どういった経由でレンダーシア内海の真ん中に位置する、ナルビアの町まで届いたのかはエルジュには皆目わからない。
わからないが、エルジュができることは、この手記をできるだけ早めに完成させて、そうして、どこかへ流しておくことなのだろう。
最初はグランゼドーラ王国の実家に置いておけばいいと思う。
複写を繰り返していくうちにいつかはイッショウの手に渡るだろうと祈るほかない。
これが正史であるなら、歴史とはさながら、メッセージボトルのようだな、と小さな笑みが浮かんだ。
ペンに再び手を伸ばそうとした時、町の近くで大きな魔力の揺れを感じた。
ピクリと肩を揺らして注意を向けるものの、やがてひと所に集まった魔力は、エルジュも良く知っているものだ。
どうやら、恋人がやってきたようだ、と安堵の息をついて、目の前のノートのインクが渇いていることを確かめつつ表紙を閉じる。
椅子から立ち上がり、ノートを本棚に差し込んでから、テーブルの上を片付けた。
先月の中頃、いわゆるバレンタインデーにチョコレートを贈ってくれた恋人に対し、次月の半ば、つまり、今日のこの日はぜひ訪ねて欲しいと頼んでいた。
律儀に約束を守って、やってきてくれたのが嬉しい。
時渡りの力の制御に自信がないのか、日付がズレたらごめんとは言っていたが、多少のズレは承知の上だ。
渡したいものが渡せればそれでよかった。
ベッドの側の引き出しから、ひと月前から入念に準備をして用意していた、いわゆる“お返し”を出して、再びテーブルに立ち戻る。
エルジュの両手の平を合わせたほどの大きさの箱が太めのサラサラとしたリボンで綺麗にラッピングされていた。
グレン城下町ではこうはいかないなと感嘆の声が漏れるほどには、美しい手仕事だと思う。
五百年後の豊かな装飾とは比べものにならないが、少しでも喜んでもらえたらいい。
待っている間に僅かに緊張してしまって、気が落ち着かない。
いっそ、迎えに行ってしまおうかと、箱をテーブルに置いたまま玄関前に佇んだ。
行き違ったら困るな、と悩んでいるうちに、だんだんと近付いてくる扉の向こうの気配に気付いて息を飲む。
待ちきれなくて、急いでドアノブに手をかけて外側に開いた。
「わっ!?」
「エルジュ!?」
ちょうどドアの前で坂の下りを見ようとしたエルジュの胸に恋人が勢いでぶつかり調子に飛び込んでくる。
両手で受け止めるものの、強かに打った胸が少し痛いし、向こうも額を僅かに赤くしていた。
「ごめん、突然。もう少し距離があるかと思った。」
「あ、ううん。ごめんね、今走っちゃったからだと思う。」
「走った?」
盟友の背を手で押して家へと促しながら、エルジュが首を傾げると、はにかむように笑って盟友が答えた。
「うん……エルジュに会えると思ったら、なんか急いじゃって。変だね、そんなに変わんないのに。」
「……いや、ボクも。ボクもそうだよ。」
見上げてくる盟友の熱い頬に手を当て、エルジュも笑みを浮かべるが自身の頬も熱い。
「君が来てくれるのを大人しくここで待っていればよかったのに、何だか気が急いて……早く会いたくて、飛び出してしまった。」
「…………じゃ、同じだ。」
「ああ。」
嬉しそうに笑う盟友に微笑み、その頬から滑らせた手で後頭部を支えて恭しく口付ける。
ちゅ、と静かに音を立てて名残惜しげに離せば、体温が一度上がった気さえした。
仕切り直して、沸かした湯で温かい麦茶を淹れた。
いつも通り、ひとつきりの椅子に盟友を座らせ、自分はその隣で見下ろす形でテーブルに寄りかかる。
それから、クローゼットから持ってきた膝掛けを手渡すものの、盟友の目線はたえずエルジュに向けられていて、目が合う度に盟友が頬を緩めて微笑む。
年間通したらそれなりに涼しいグレン王国でも、冬のこの時期は寒さがこたえる。
それも、ランドン山脈やランガーオ山地に比べて、雪が降らない分、乾燥しがちで痛いとすら感じるほどだ。
だから、エルジュも防寒に備えて、厚手のフロックコートに袖を通している。
というのは建前なんだけれども。
普段のオーグリード風の衣装も嫌いではないらしいが、こういうフォーマルなスタイルの方が恋人がいっそう喜んでくれた。
最初は、幼い頃の姿を思い起こさせるのではと避けていたのに、後で聞いたら、エルジュの物腰の柔らかさや真面目な雰囲気に良く似合っていると言う。
予想通りと言えばそうなのだが、こうして目に見えて喜んでもらえると、甲斐があって何より。
どころか、テーブルの上の箱には気付いているのだろうに、気にしてもいないそぶりでうっとりと見つめてくるものだから、お返しなどかえってどうでもいい気がしてくるほど。
「お待ちかね、これがボクから君へのお返しさ。ハッピーホワイトデー。」
誘惑を振り切るように苦笑を浮かべて、箱を手に取り、盟友へとお決まりの挨拶と共に差し出す。
ありがとう、と幸せそうに笑って、盟友は両手で受け取った。
開けてみて、と促すエルジュに頷いて、丁寧にリボンを解いて、箱をテーブルの上で開けた。
「う、わ……綺麗。」
そこに鎮座するのは、ひとつの大きな美しい貝がら。
ではなく。
「あ、これ……作り物なんだ?」
「うん、貝の形の小物入れ。二枚貝だから、上下で分けて皿にもなる。菓子でも何でも入れて大丈夫だって、言ってたよ。」
「職人さんが?」
「そう、ヴェリナード王国の。」
「ああ、やっぱりウェディかあ、さすがだね。本物の貝かと思った。」
ふふ、と笑って、貝の表面を指でじっくり撫でている様を見るに、満足そうだ。
でも、まだ足りない。
タネ明かししたい気持ちを抑えて、貝の蓋が開かれるのをじっと見守る。
表面に彩色された飾り紋様や宝石を存分に楽しんだ後、盟友がそっと蓋を持ち上げた。
「………………えっ?と、これ……」
貝の中には、小さな白いビロードのクッションの上に置かれている、宝石のような輝きを持つ小さな淡い青の石。
石には、荷物に繋げるための鎖の先が埋め込まれていて、それが日常的に使用するものであることを示している。
指で鎖を持ってしばし眺めた後、エルジュを振り返った盟友のその顔には、期待と戸惑いが浮かんでいた。
「これって、ルーラストーン、だよね?」
「そうだよ。」
「どこの?この家の?」
緩く首を振って、それからエルジュは右手を差し出した。
「教えてあげる。行ったことのある場所じゃないと、飛べないんだろ?」
パチパチと瞬いた後、頷いて椅子から立ち上がり、エルジュの右手を盟友は左手で取る。
「一旦、外に出るけどいいな?」
「うん。」
僅かな時間なら気にするほどでもないが、恋人であるこの人が気にするといけないので、戸締りをしてから坂を下っていく。
手を繋いでいるせいか、エルジュが普段よりめかし込んでいるせいか、すれ違う人たちの目を引いては逃げるようにまっすぐに前を向いて歩いた。
上りもきついが下りもきついグレン城下町の坂を下り切って、西口の近くまでやってきてようやく振り返る。
後をついてきていた盟友も、頬を赤くして少し息切れを起こしている辺り、道行く人の目が気恥ずかしかったのかもしれない。
「これ、なんだと思う?」
「え?」
西口から少し歩いたところに城壁の向こうへと続く道がある。
五百年後では当然のようにある道だが、五百年前の今では、最近できたばかりの道だ。
まだ、看板やアーチは立っていないが、場所とその先の景色でこの人ならわかるはず。
「……住宅村?えっ、住宅村だ!?」
「正解。」
すごいすごいとはしゃぐ盟友を見て、よかった、と内心で胸を撫で下ろした。
例の事件のために行った五百年後の世界を見て、構造など想像もできない技術を持ち帰るなどと大それたことは思わなかったが、ひとつだけ、いいなと思ったことがあった。
それが、この、住宅村のこと。
「君の時代を見てから、これが羨ましくてね。ちょっと、ガミルゴ経由で宿屋協会を突っついてみたんだ。構想はもうあったらしくて、まずはグレンからってことで住宅村の試用を始めるみたい。上手くいったら他の国でも実施するって。」
上手くいかないわけがない、未来では、ちゃんと全国に設置されている。
「それで、だから……一軒、買ってみた。」
「……それが、これ?」
手の中にあったルーラストーンを翳して首を傾げる盟友に、うんと頷く。
「君は、使えるかな?」
「どうだろ。」
一度、住宅村のモデルハウスのある草原地区に二人で訪れた後、繋いでいた手をより一層強く握ったまま、盟友がルーラストーンを光に翳して念じる。
きらりと鋭く光ったと思ったら、繋いだ手を通じて魔力に包まれ、ふわりと体が浮いた。
目を開けた時には、正しく、エルジュが整えた、小さな丸い家が前に佇んでいる。
看板に掲げられた住所も間違いなく、ほっとした。
「わあ……本当に家だあ……」
入り口扉のすぐ横に備え付けられた、ドラキーのマークのついた郵便ポストを撫でながら、感慨深そうに溢す。
懐かしいのか、その人が初めて家を買った時も、きっとこんな感じだったのだろうと思う。
住宅村の構想自体は協会と共に半年前から進めていたが、家のキットや家具、庭具といった雑貨は、各国の職人連合組合との連絡が遅くなった上に、材料になる素材も少なくて、種類も数もまだ全然足りない。
この人が住む時代に比べたら貧相には違いないが、これからももっともっと増えていくだろう。
人も、家も、物も、何もかも。
だって、この住宅村には、世界の人々の夢が詰まっている。
種族関係なく、誰でも、好きな大陸に住めるのだから。
だんだん、心臓が早まってきて、さっきよりも深くゆっくり息を吸う。
その、最初の一歩が、ここからなんだ。
ボクの夢を叶える場所。
ボクの、夢は。
「そのルーラストーン、君にもらってほしい。」
場所が指定されていて書き換えることのできない特別なルーラストーンを人にあげるのは、意味があることだ。
例えば、師から、弟子へ。
例えば、戦友から、戦友へ。
例えば、親から、子へ。
例えば。
恋人から、恋人へ。
頬がすごく熱いのを自覚しながら、目の前で目を開いてみている盟友の頬も真っ赤で、それで、今にも涙がこぼれ落ちそうで。
それが決して、悲しみの涙ではないことも、何となくわかっていた。
だって、良いなら良い、嫌なら嫌だと、言葉はなくてもちゃんと目に見える人だから。
「君は……君なら、いつでも来ていいし、好きに過ごしてくれていい。ボクの家だけれど……君の家でもあれたら、と、願っているよ。」
あ、と、震えて、ついに涙を溢し始めたその人は、でも、嬉しそうにエルジュの首に手を回したがって、少し屈めばぎゅうと抱きしめられた。
「……あ、りがとう……エルジュ。嬉しい……すごく、嬉しい。」
「……ボクこそ、もらってくれて、ありがとう。」
まだ、この人の戦いは終わっていない。
戦いが終わったその時、この時代を終生の地に選んでくれるかはわからない。
でも、この時代にいる間だけは、この瞬間だけは。
家族でありたい、と。
それが、ボクの、夢。
あの、グレンの家では、未来の破邪船師もなおそこに住んでいるという。
この人の中では、あの場所は破邪船師のための場所であったと悟り、そうであると聞いてからはエルジュにとっても、自分の家というよりも、破邪船師に継いでゆく家という認識になった。
そういう意味で、あの家は、この人と共に過ごすのはあまり適していなかった。
しばらくして泣き止んだ盟友の身体を離して、一通り中を見てから、家の庭の前で二人座って会話を重ねる。
「雲上地区っていうのも、エルジュらしいな。」
「雪原地区と少し迷ったんだけどね…………君と一緒に旅したランドン山脈は、まだ、雪は降っていなかった。」
「……うん。そう思った。」
あの日、あの夜、冷たい岩肌に腰を下ろして、二人で焚き火を囲んだ。
この地区へ初めて来た時、眼下に広がる雲の海を見て、胸が騒いだ。
山脈の頂上の、そのまた上の雲を抜けた先の炎の海に、君を送ったこと。
それから、初めて自分で乗った破邪船で、雲を掻き分け君を迎えにいったこと。
忘れがたく、忘れたくない。
崖の向こうを眺めながら微笑むエルジュを見ながら、盟友がふわりと笑った。
「ねえ、あの容れ物、なんで貝の形にしたの?」
「なんでって……知り合いのウェディに勧められたんだよ。貝がいいと思うよ、って。」
「…………なあんだ。」
心なしか肩を落として苦笑した盟友に、エルジュは何となく眉をひそめる。
「単純に、綺麗だ、と、思った……んだけど、もしかして、何か意味があったのか?」
「…………うーん、うん、まあ、いいよ。ほら、ウェディの話だし。」
「なんだよ、そこまで言ったんなら、教えてくれよ。」
ううん、と顔を赤くして唸る盟友は、答え渋るも、エルジュが納得のいかない顔をしていると、盟友が小さく口を尖らせた。
「その、あんまり、詳しく、は知らないんだけど……」
「うん。」
「……ウェディは、結婚する相手に、貝を贈るんだって。……それに、二枚貝は同じ貝でしか閉じられないから、運命の恋を表す、らしい……よ?」
絶句したのは言うまでもない。
そういう相手だ、とマハートに悟られていたばかりか、自分の意図しないところで伝わりかけていた事実に、言葉なんか一つも出なかった。
「あっ、で、でも、エルジュが決めたわけじゃないんだから、別に気にしてないよ。」
あわあわと両手を振って、頬を真っ赤にしながらも残念そうな顔をしたのを見て、エルジュは大きなため息をついた。
これだから、ウェディっていう奴は。
悪知恵が働くのも、また、ウェディっていう奴。
頭の中で、あの美しい二枚貝がパクパクと、さっさと告えよと嘲笑う光景が浮かんだ。
エルジュが荷物から今度は小さな片手の平ほどの箱を出して、それを前に差し出した。
顔が拗ねているのは、鏡を見なくたってわかる。
「えっ。」
「結婚したい人が、君以外に、誰がいるっていうんだよ。こっちは、ちゃんと日を選んで渡すつもりだったのに!魚にしてやられたよ……」
パチリと開いた箱の中には何が入っているか、など、それこそ言うまでもなかった。