虹降る下で天超え前半につき、あまり恋愛的な進展はしていませんが、病のことをずっと黙っていたエルジュの苦境と心境について、光明を得たかった話。いや、ボロヌス絶対あちいわ…エルジュ…死ぬな…
いやまじで、頑なに黙ってた割には、あっさり喋るじゃん?ってなった。
6月テンの日にプーcが「雨の日でも二人で相合傘でおさんぽしたら楽しいよね」的なこと言うのでなにそれ最高じゃんと(書き始めたはいいが、今何月だと思って)
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虹降る下で
溶岩に囲まれたドワチャッカ大陸の洞穴を見上げ、生きて出られることはないかもしれない、と少し弱気になったのは許されたい。
それくらい、熱くて、苦しかった。
人間の体は、一体どのくらいの熱さなら耐えられるのだろうか、病を発症してから常に限界を彷徨っている気がする。
それでも、不幸中の幸いとでもいうのか、かの天魔クァバルナが封されたという魔海牢はその名に違わず海の中にあり。
深部へと向かった盟友を追うものの、周囲で煮えたぎるマグマの熱に朦朧としかけていた意識は、こんな所にあってもなお冷たい海に飛び込んだ途端に澄み渡った。
だからこそ、水の中から見えた天魔の災いにいち早く反応できて、盟友を助けることができたのだと、運に感謝している。
戦うことになっても、海牢の中ならずっと身体は楽だった。
天魔を退け、かつ突然現れたルンルンに奪われることもなく、闇のキーエンブレムを回収できて良かった。
海の中にいるうちはよかったけど、洞窟の中に戻ればやっぱり熱は変わらない。
冷えたはずの身体も内と外から迫り来る熱に危機感を覚え、盟友と二人、脱出呪文(リレミト)で早々に洞窟から退散した。
ドワチャッカ大陸はあまり寄る機会はないけれど、自分が暮らす五百年前だと、気候という意味ではどこもそれほど穏やかではないのは知っている。
今立つボロヌス溶岩流も、現代でも激しい活火山地帯で、数千年前はガテリア皇国が繁栄していたとしても、すべてが灰と溶岩の下。
ドワチャッカ大陸の火山は大きく、史上では何度でも火山噴火により小さな町々が消えていった。
徐々に上がり始めた体熱に、急に生まれた温度差のせいかぼんやりと頭がはっきりせず、そのまま洞窟の出口に突っ立っていたら、頬を濡らす滴にようやく気付く。
入る前には降っていなかったはずの雨がポツポツとしきりに落ち、顔も髪も濡らしていくのにどこかホッとする。
上昇を緩やかにした身体の具合に任せて、深く息を吐き出すと共に、差し向けられた大きな影を不思議に思って見遣れば、盟友が隣で傘を差していた。
「エルジュ、風邪引いちゃうよ。」
「……ありがとう。」
身体に関してはすでに手遅れなんだとは言えず、ただただ心遣いが嬉しくて、エルジュは盟友に笑みかける。
それから、伏せた視線の先で、盟友が背伸びをしているのを見つけて、つい苦笑した。
「気が利かなくてすまない。ボクが持つよ。」
そう言いながら盟友が手に持つ傘の柄より少し上の骨を支え、ありがとうと謝辞を述べつつ手離された傘をしっかりと受け取った。
向こうも濡れてしまわないように少し傾け、見上げれば、虹がある。
雨が上がったそれではなく、傘の模様が虹だった。
最初は驚いたものの、眺めているうちに思わず笑みが浮かんだ。
「雨が降ってるのに虹が見られるとは思わなかった。」
「面白いでしょ?」
頷いたエルジュに向かって盟友が笑う。
それで、鞄の中からタオルを出して、両手でエルジュの頭に被せて引くので、エルジュまでわずかに前屈みになった。
「……相変わらず、君のポーチはなんでも出てくるな。」
まとめ髪を崩してしまわないようにか、丁寧に撫でるように拭いてくる盟友の両手から逃れるように溢し、被せられたタオルから窺えば、覗き込むように見つめる盟友と目が合って。
それで。
ざわ、と胸の内が粟立つ。
もしも、病でなかったら。
今、ボクは、君に、何を、していただろうか。
内から湧き出る熱は、本当に病だけのものか、怪しくなる時がある。
衝動を伴う熱を振り払うように、もういいよ、とタオルを返して、背筋を伸ばした。
頬が、耳が、熱い。
うまく言葉を続けられないまま、見慣れない風景の中で聴く雨音は、不思議と望郷の念に駆られる。
そんな気持ちのまま、自然と口にしたのは脳裏に浮かんだ景色。
「……レイダメテスが爆発した後も、雨が降ったよな。」
「……うん。」
あの日も、とても熱かった。
染み入るような恵みの雨は、あの日と同じくきっとすぐ止むのだろうけど、それでも、約束を果たせた大切な時間を共に過ごした記憶は、雨が降れば思い出す。
グレン城下町に戻る少し前にはすっかり上がった雨は、エルジュたちの後ろに大きな虹を描いていたから。
今だって、見上げればすぐの虹。
長くはない二人だけの旅路を、ひとつ雨傘の下で紡ぎ続けるのは、昔も今も、それがどことなく嬉しい。
雨が降っている間は水の溜まる破邪船を出せないので、歩調を合わせてのんびりと商人のテントへ向けて、二人で歩いていく。
熱い溶岩に落ちた水滴がジュワリと湯気を上げて消えていくのを時折見ても、降り頻る雨の温度がエルジュを平常でいさせてくれたから助かる。
日を追うごとに酷くなっていく体内の発熱が、時代を超えて帰る日を待たない気がして怖かった。
あと少しだけ、ほんの少しだけ発症するのが遅ければ、大切なこの人に心配をかけることはなかったのに。
自身の力をすべてこの人のために奮えたのに。
そうは思っていても、発症してしまったのは事実で、今となっては仕方がない。
願わくは、盟友に知らせることなく、過去へ無事に帰れたと思い続けて欲しかった。
たとえ、自分の時代に帰って早々に命が尽きたとしても。
決して、盟友のせいではないのだから。
「……あっ?」
「え?」
道の外れに目を向けて、唐突に声を上げる盟友の目線を追うが、何も見えない。
首を傾げていると、エルジュを振り向いて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん、あの……あっちの道の端で、素材を拾いたいんだけど、いい?」
「もちろん、構わないさ。」
素材採取か、とようやく理解し、笑みを浮かべて頷けば、安堵した顔を見せてくれた。
冒険者にとって、素材採取とは生業とも言える。
示す先がずいぶん離れているのに、よく素材があるとわかったものだと思う。
エルジュみたいな、冒険者とは縁遠い職のものでも、盗賊や海賊といった職業の者を雇えば彼らの手業ですぐに見つけられるし、そういう彼らの力が分け与えられたアイテムであるお宝探しの鈴は道具屋に売られているが。
そういう事物がなくても見つけられるのは、冒険者としての天性の才能かもしれないな、とただただ感心した。
あくまでも隣をついて歩くエルジュにペースを合わせて、素材があるらしい場所に歩いていくのに従う。
と、ある一点でしゃがみ込んだところにあったのは、溶岩の欠片に見えた。
この溶岩流という地にあって溶岩の欠片など珍しくもなんともないが、拾ったそれを一緒にじっくりと見せて貰えば、珍しく不純物の少ない質のいいもののように思う。
素材屋か取引商で鑑定してもらわなければ良質に値するかはわからないが、これなら相場よりも高めに出品しても問題ないような。
「質が良さそうだが、自分で使うのか?」
「ううん、これはトートに送ろうと思って。」
即座に返ってきた思いもよらない名に、目を丸くして、片眉が思わず下がる。
先の話題にもなった盟友の持つポーチを、改修してくれるという鞄職人だそうだ。
ウェナ諸島らしい響きを持った名を舌に乗せ、盟友は嬉しそうに笑った。
「製作に使えそうな良い素材を見つけた時は、その土地の写真と、あと便箋と一緒に送ってるんだ。いつも、鞄を直してもらったり使いやすくしてもらったりしてるから。」
そのまま話しているのを聞けば、旅人を志していたものの、父の都合により、旅を諦め、鞄職人として生きていくことになったのだそう。
聞きながら、少しだけ自分と似ているな、なんてどこかで思った。
父を亡くし、レイダメテスに迫られ、否応なく破邪船師を継いだ。
エルジュは、幼い頃から偉大な父と同じくきっと破邪船師を継いでみせると心に誓っていたものの、あんな形で継承することを望んだわけではなかった。
「……旅をすることはできなくなったけど、少しでも、旅してる気分になれたらいいな、と思って。本当は、迷惑かもしれないけどね。」
「…………迷惑なんてことないと思うよ。だって、今でも、彼から手紙が来るんだろう。」
鞄について思い付いた良いアイデアや、製作依頼で困ったことがあると、手紙で呼ばれることもあるという職人は、盟友を頼りつつ心の奥底で大切に慈しんでいると思う。
いつか、生業が違っていたとしても、共に生きたいと乞われる日も来るかもしれない。
不意に浮かんだズキリとした痛みに目を伏せると、隣で驚いたような声が上がった。
「あれっ?男だって、言ったっけ?」
「えっ?あ、いや……悪い、勝手に男だと思っていた。」
職人という生業自体に女性がなりたがる印象が少ないからか、ウェナ風の中でも男性寄りの名前の響きだったせいか、男性だと思い込んでいた。
口ぶりからして男性で間違いないのだろうが。
訝しむように見つめたエルジュの前で、何度か瞬いた盟友は、あははと苦笑を溢す。
「いや、合ってる。七歳くらいの男の子なんだ。」
今度はこちらが目を丸くすることになった。
「七歳?」
「うーん、多分?ウェディって若く見えるからなあ、十歳くらいかもとも思うんだけど、それより小さい感じ。」
「……ああ、なるほど。」
なんとなく、わかった。
互いにそういう意味では見ていない、ということも。
変に安堵してしまうのも、もうどうしようもない感情だ。
こうして、大人になっても初恋を捨てきれない自分を棚に上げるのもどうかと思うが。
「君は、子どもには特に優しいよな。」
その優しさに、幼かった自分こそが救われたのに、今はどこかそれが悔しい。
エルジュの物言いにか、盟友は一度だけ目を細めて、それから薄く微笑む。
「良くも悪くも、正直だから、安心するんだよね。」
そう言って、呆れたようにつかれたため息に、びくりと肩が竦んだ。
足を止めなかっただけ、自分を褒めてやりたい。
恐ろしいような泣き出したいような、そんな震えを極力抑えて搾り出した問いは、罪を差し出すよう。
「嘘つきは、嫌いか?」
嘘は、ついていない。
まだ、大丈夫、だから。
疲れたのも、疲れやすいのも、本当のこと。
なにげない風に溢しても、顔を見ることができずに、前を真っ直ぐに向いて歩いた。
だが、隣でぴたりと足を止めた盟友に気付いて、慌てて振り返ると、こちらを真っ直ぐに見上げる瞳と正面からぶつかった。
「貶めるための嘘はね。……でも、大切だからこそ、ついてしまう嘘があるのも、知ってるよ。」
切なさを宿すその眼は、兄弟や故郷の話をする時に揺れるのと同じ色をしている。
大切であるが故の嘘、か。
そういう意味で、この人が許容するというのなら、少しだって救われた。
まだ、嘘をつく、つもりはない。
つきたくない。
言い逃れできない果てに行き着くまではせめて。
「そうか。」
自然と浮かぶように小さく微笑んだエルジュを見て、盟友も小さく笑う。
これでいい。
今はまだ。
気が付けば、雨もいつの間にか上がっていた。
傘を閉じ、軽く水滴を払えば、仕舞うね、と盟友が手を伸ばす。
その挙動に気付くのが一瞬遅れて、差し出す前には傘の柄を掴んだ盟友の手がエルジュの手にほんの少し触れた。
あ、と思って指を離したが、時すでに遅し。
目を丸くした後、すぐに顔を強くしかめられて、悟られたことを察した。
「エルジュ、手ぇ熱いよ!?やっぱり、具合が悪いんじゃ……」
言い切られる前に、エルジュは破邪船を出してパッと飛び乗った。
ああ、と咎めるように目を上げた盟友を眼下に、船の縁に両腕を持たせ掛け、満面の笑みを浮かべる。
「そりゃあ、君の側にいたら、そうなるさ。」
そう言って、浮いた破邪船に煽られた風が盟友の髪を巻き上げるのを愛おしげに見つめれば、その人はさらに見開き、それから、真っ赤に頬を染めた。
嘘、じゃ、ない。
嘘じゃあ、ない。
じゃなきゃ、この、終始鳴り止まぬ激しい鼓動には、説明がつかない。
君と二人は、心臓に悪いんだ、昔から。
自分自身、病の熱かも、恋の熱かもわかっていないくらいなんだから。
「ボクはこのままレンドアに戻るけど、君はどうする?」
「えっ、あ、えと……まだやることあるから、後で行く……」
「わかった。それじゃ、また後で。」
写真も、便箋も無いものな。
わかっていた返事に、エルジュは船に片手をついて立ち上がる。
残り少ない魔力を使うとしても、灼熱の地からの移動は急いだ方がいい。
せめて、岳都ガタラまでは保たせないと。
「……ありがとう、嬉しかった。」
届くかもわからないくらい、小さな声で溢し、湿気た生ぬるい風を頬に受けながらボロヌス溶岩流を振り向かず後にする。
一人残された盟友は、空を見上げながら、ポツリと呟く。
「……ありがとう、は、こっちこそだよ。」
業火に焼かれた記憶からかもわからないけど、熱く炎の蠢く土地はあまり得意じゃない。
あの日も、辛く苦しい記憶を呼び起こす心の側には、いつも君がいた。
そして、今日、思い知った。
魔法使いの炎は、君でもあるのだ、と。
エルジュが、魔法使いで良かった。
はっとした盟友は、カメラを急いで取り出し、両手で構える。
ほんのり虹が浮かんだ薄青の空に浮かぶ、一艘の青い船を切り取って。
写し出された一枚を、潤む瞳のまま胸に抱えた。
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