「ライブ2日目」「…なァ弟くん」
アンコールの出番を終えてALKALOIDとCrazy:Bがそれぞれ舞台袖に捌けてから舞台裏、楽屋に向かう通路で兄さんに呼び止められた。
わざわざ僕が通りかかるのを待っていたらしい兄さん。
なんだろう?今日はMCできちんと自己紹介も忘れずに出来たし、タオルは…少し振り回してしまったけれどスタッフさんに迷惑は掛けていない。
舞台上の兄さんは機嫌良さげだったのに。
今は何だか凄く機嫌が悪いというより何かに苛ついているように見える。
「何か用事かな兄さん?ALKALOIDの皆が楽屋で待っているから手短にお願いしたいのだけれど」
「そりゃァお前次第じゃねーの?」
兄さんは吐き捨てるようにそう言い放って僕の手を掴む
それから慌ただしく今日の公演の片付けに奔走するスタッフさん達が時折通る通路から閑散としたライブハウスの関係者専用の男子トイレに連れて行かれる。
人目を憚るような内容なのだろか?
入口を入ってすぐ手洗い場の辺りでようやく手を離される。
「お前俺の命令聞くの止めたんじゃなかったのかよ」
ああ、MCパートの時の話かとようやく兄さんの要件を把握する。
「ウム…止めたつもりだったのだけれど舞台上で兄さんと一緒なのが嬉しくて舞い上がっていたから昔の癖がつい出てしまったみたいだ」
ごめんなさいと素直に謝る。
兄さんは僕の謝罪に少し溜飲を下げたようで
「しっかりしろよALKALOIDのリーダー」
「痛っ」
そう言って僕にデコピンをしてから、ようやくいつもの表情に戻った。
「明日はあんなヘマすんじゃねーぞ。舞台の上での俺は『君主』じゃなくてファンの為の『アイドル』天城燐音で居させてくれよ」
その言葉にハッとする。
僕には一旦辞めかけた兄さんを無理矢理引き止めてアイドルを続けさせた責任がある。
兄さんは君主とアイドル2足の草鞋で頑張っているけれど最初にそれを決めたMDM以外の場であまりその事に対して言及しない。
けれど今日の兄さんはMC中に茶化してだけれど自分を『君主様』だと言った。
一緒に登壇したMC中だったからしっかりと覚えている。
きっと兄さんは僕が命令に従ってしまったせいで君主としての自分を思い出して今日は100%アイドルの天城燐音としてファンの人達の前に立てなかった。
それは完全に僕の落ち度だ。
目の前が真っ暗になった錯覚に陥って
「…っ」
咄嗟に兄さんのアンコール用の全員お揃いのTシャツの裾を掴む。
「どう償ったら良いのかな…ごめんなさいじゃ足りないよね」
顔を上げられないままそう呟くと
兄さんは溜息をつく。
それにビクリと怯えた反応してしまった僕に
「謝って欲しい訳でもお前を萎縮させたい訳でもねェから…明日の公演でラストなんだから明日は悔いのないようにお互い楽しくやろうぜって話」
兄さんは僕の髪をぐしゃりと掻き混ぜるように撫でてから
「この話はこれで終い。…ほら楽屋行くぞ」
僕の眼前に手を差し出す。
握れという事だと理解して兄さんの手を握るとブンブン振り回される。
多分握手をされているのだと思う。
「う、ウム」
ようやく上げられた顔。
兄さんは僕が幼い頃粗相をして申し訳なくて泣き出して困ってしまった時によくしていた「仕方ないな」という顔をしていた。
兄さんはそのまま僕の手を今度は優しく引いてALKALOIDの楽屋の前まで連れて行ってくれた。
「また明日な」
兄さんがそっと手を離す。
そのまま楽屋のドアを開けると藍良の
「ヒロくん遅いよ!どこで道草食ってた訳」
という声が響き渡る。
「ごめんよ藍良少し迷ってしまったみたいだ」
まだまだ僕は上手く故郷での影としての僕と今のALKALOIDの君主としての僕を切り替えられていなかった。
…だから兄さんまで惑わせてしまった。
大丈夫。
明日は上手くやる。
そう自分自身に誓う。
僕は兄さんと一緒にキラキラした本物のアイドルになるんだから!