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    炊飯釜のおこげ

    主にTRPGの立ち絵、落書きとか置いてます。(@suihan_gama

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    炊飯釜のおこげ

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    五日間のミ・アルマ現行未通過×。いつミア事前SSみたいな何か。未草睡とモネの話。

    えびグラタンと待ち合わせ。筆が乗らない。
    何せスランプなんて齢二十二くらいの人生でもあまり経験したことがなかったものだから、描いても満足しないなんてことは初めてだった。
    途中まで描いてはみたものの、次の絵の具に手が伸びない。ここ最近ずっとその調子で、今日もそうだった。砂の城を波が拐って崩していくように、パレットナイフと端切れ布を使って画面の絵の具を拐いながら、ローラーを使って白く塗り直していく。

    「……初めてだな~、筆が止まっちゃうの。貴重な経験といえばそうなんだけど~。」

    画材ケースの上にパレットを置いて、掛けていた眼鏡を外し結っていた髪をほどく。こうなってしまったらもうオフモードに切り替える他ない。
    イーゼルの前からゆらりと立ち上がって、制作場所の外側に置かれたソファベッドにふらりと倒れ込む。スプリングがぎぃ、と軋んだ。

    緑混じりの青色の壁にダークブラウンの窓枠。そのレールに掛かるカーテンがふわりと揺れた。ベッドに身体を横たえたままそちらに姿勢を向ける。換気も兼ねて、絵を描く時は決まって窓を開けているのだ。
    日の光が白波のようにゆらめき、差し込んできていた。窓辺に置かれた真白く戻った布地のキャンバスに、揺れるカーテンの影と日の光が明暗を描き出している。……当の描き手は、スランプでこんなに困っているというのに。
    光……、といえば。色とりどりの睡蓮の咲く、池の水面、木々の深緑をぼかしていく日の出の赤橙光。彼の作品がなんとなく脳裏に浮かぶ。


    「……光の画家、なんて言われてたんだよ、クロード・モネって。」
    「ソレイユには前にちょっと話したかな~、私が大好きな画家さんなんだけどね~。」

    ベッドに横になりつつ、姿が見えないその存在に、目を細めてひとりごつようにキャンバスを見ながら呟く。
    ソレイユと呼ばれた天使は今きっと、じっと耳を傾けているんだろう。おそらく、だが。

    「彼の代表作、睡蓮は水面の表現が綺麗なんだ~。池の青緑と光のゆらめき、まるで自分もそこにいて、池を覗いているような感覚になる。
    太陽の光って真っ白に見えるけど、実はたくさんの色の光が混ざってるんだよ~。これはね、ニュートンって人がちゃんと証明していて。」
    「モネも、光を描く時に色んな色を淡く重ねて描いてるんだよね~。光の表現を白一色だけでは塗らない。」

    「彼が見えていた世界は、どんな風に、どんな色に見えてたんだろうな~って思うんだ。」


    初めてモネの作品を見たのは、たしか小学校低学年くらい。まだイタリアに住んでいた頃だ。
    両親に連れられてお隣フランスのパリの美術館に行った時に出会った、そこに展示されていた連作の「睡蓮」のうちの1枚だった。
    初めて彼の作品を見た時、額縁の中に潜水をしたような感覚になった。湿った池の畔に自分が立っているような没入感。
    水の波紋の音すら聞こえてくるような、掌を湖面にちゃぷんと浸したくなるような明度のある深い青緑を感じる水面に、陽光が反射して見えて。
    本当に、ほんとうに綺麗だった。
    仄明るい照明の中に飾られた1枚の絵、そのはずなのに。

    自分が見た植物が息づく風景をそのまま切り取って額縁の中に綴じこめたような。写真では見えない光の色を、淡い色調で表現をする。
    私も彼のように絵を描いてみたいと、そう思った。色んな世界を覗ける、『窓』を。

    「私ね、モネの絵を見た帰り道にお父さんとお母さんにスケッチブックと絵の具買って~って駄々こねたんだ。よく覚えてる。それでね、買ってもらったスケッチブックに夢中になって描いてたの。」
    「それがきっとはじまりで、それから今までずーっと絵を描き続けてるんだよな~。よっぽど好きなんだな~って私も思う。絵を描くこと。」
    「もう呼吸みたいなものなのかもね~。」

    まあ、今ちょっとスランプなんだけど~、と付け足しながら。

    芸術活動に手厚い環境とお国柄で過ごしていたこともあってか、日本に帰国してからは少し肩身が狭いと感じてはいた。
    この離島に越してきたのもそういった理由から。元々住んでいた、イタリアの地に似ていたから。
    絵を描くことが好きだった。誰かの評価なんてものは気にせずに、描きたいものをずっと描いてきたから、まさか初めての個展で『この光の描き方はなんだ、この画家は色サングラスを掛けているのか?』なんてブラックジョークをかまされる日が来るとは思わなかった。
    後にその評論家は写実主義だったと聞いた。印象派の私とはそもそもの相性がよくない。
    なんで観に来てくれたんだろうと甚だ疑問だった。言われたことを引き摺ってはいないし、その一件で筆を折ったわけじゃないけれど、あの場所で描き続けるのは、窓から見える景色が濁ってしまう。そんな気がしたから。

    「サングラス?眼鏡ならちゃんと掛けてるけどね~。」

    ベッドに転がりながら、口を尖らせてほんのちょっとだけ、あの時の評論家に言い返してみる。

    「"水と反映の風景に取りつかれてしまいました。老いた身には荷が重すぎますが、どうにか感じたままを描きたいと願っています。"」

    「……彼、モネが残した言葉だけど~、私もそうかな~。感じたままを描きたいって思うから。」
    「また描けるかな、窓の向こう側の景色。」


    なんか色々考えてたらおなか空いちゃった、とベッドから身を起こして冷蔵庫を開ける。
    冷凍室から冷凍のえびグラタンを1皿取り出して、電子レンジの扉をパタンと閉める。橙色のスタートボタンを、ピッ、と押した。
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