紙魚自陣小説「それでは今回、良部賞の最優秀賞に輝いた『月裏荘の彼ら』の作者、月野亜裕夢さん。そして優秀賞に輝いた『マジェンタ』の作者、衣川箔さんのご登壇です!」
この声に一歩踏み出すと、普段履くことのない綺麗に磨き上げられた革靴の音がカツンと会場に響く。恐ろしい程の静寂と一身に向けられる視線の群衆に心臓が軋むように跳ねているのが自分でもわかる。ひたすら心臓を落ち着けるように、革靴の均等に結ばれた蝶々結びを見ていると、少し前から「大丈夫っすよ~」と気軽な声がして、その声に思わず手にきつく力を籠める。すると客席からざわりと困惑の声が上がる、だって仕方ないじゃないか
「あら…!ふふ、それではお二人に盛大な拍手を!」
司会の女性の笑顔に促され戸惑いつつも拍手が沸き起こる。その音に包まれながら、俺は共に賞を受賞した衣川箔の手を握り、授賞式の舞台に立っていた。
3110