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    banikuoishii

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    ぶぜまつ夏祭り
    ハピエンイチャイチャVer
    伏線回収的なものは別ルートで…

    耳鳴りのようにぼんやりと音が鳴っている。聴き慣れないのにどこか懐かしいような、不思議な音だった。日も暮れかかった薄暗い欅道の先、目印みたいに明かりが灯っている。
    演練場に行く時のように転送ゲートを潜って、この道をひたすら真っすぐ。そう教えられた通りにしばらく歩みを進めていると、音は徐々に正体を現して、わっと二振りを飲み込んだ。
    篠笛が奏でる短調の旋律に手を引かれ、非日常へ足を踏み入れる。和太鼓の振動が胸の中心めがけてビリビリと響いたかと思えば、醤油の焦げる匂いと、砂糖のふんわり甘い匂いが混じり合い鼻腔をくすぐって、胃袋がきゅるきゅると動き出す。全身で、祭りというものの扉を開いた気がした。

    「毎年色んな本丸が持ち回りで屋台や囃子をやるんだって」
    「なんか言ってたな。うちの本丸にも回ってくんのか」
    「そうかもね。別の本丸の僕達もいるのかな」
    「かもな」
    祭りの喧騒に掻き消されてしまいそうで、耳元で少々声を張り上げた。
    はじめは血祭りと聞き違えていたらしく、ああ、お祭りねと少々残念がっていた松井も、今は浮かれているように見える。

    見目鮮やかに各々の看板を掲げ、ずらりと立ち並ぶ屋台は限りがないほど奥へと続いていて、壮観だった。
    聞いていた通り、見慣れた――しかし知った仲ではない、別の本丸の刀剣男士たちが屋台に顔を揃える。焼きそばを焼いたり、とうもろこしに醤油を塗ったり、景品を拵えて射的の店番をしたり。
    むわりと蒸した空気が人混みで更に熱気を生み、着付けてもらった軽装の下で、つぅっと胸元に汗が落ちていった。
    ビニールプールにぷかぷかと浮く水風船が目に入ると、思わず手を伸ばしたくなるほど涼やかだった。
    海とは程遠い人工的な水面が、暗がりの中電球に照らされてちゃぷちゃぷと波打つ。水玉模様や縞模様が不規則にくるくると回りながら泳いで、まるで飼われているみたいだった。

    祭りの雰囲気に圧倒されながら歩みを進めていくと、話していた通り豊前らと同じ姿の者も目に入った。左前方の屋台に見えるのは松井江だ。あちらも軽装姿で、やはり暑いのか、こちらの松井と同じく襟巻は外している。
    「豊前、僕と間違わないでね」
    隣の松井が浴衣の袖を引いて、耳打ちする。視線は、店番をしている別の松井江から目を離さぬままだった。
    「間違えねぇって」
    「あの松井江、豊前にずっと視線を送ってたよ」
    「まつのこと見てたんだろ? やっぱ同じ男士だと気になるんじゃねーのか」
    うーんと曖昧に空返事をして、松井は徐にその店へ近づいていった。下駄をからからと地面に擦って、仕方無しに後を追う。
    屋台の表には様々な面が並べられている。松井が甲州金を支払うと、お好きなものを、とその松井江は言った。値段は全て同じであるらしい。
    政府の遣いであるクダギツネ、こんのすけを模した面を手に取ると、松井はヘアピンに引っ掛からぬように紐を伸ばして、横向きに被ってみせた。
    「面を被っているのが僕だからね」
    「信用ねーな……」
    弾むように、無邪気に目を細めて松井は半歩先を歩き始める。豊前はため息を吐いてまた後に続いた。

    *

    「まだ食うのか?」
    屋台を順に回ってひとしきり食べ歩き、趣向を凝らした遊びを楽しんだあと、松井はかき氷に釘付けになっていた。
    古びた手動の機械でごりごりと削られていく氷が、カップの上に雪みたいに降って、山を作っていく。ひやりと冷気が可視化され、溢れた氷はすぐ水溜りになった。
    シロップを何にするかと尋ねられ、松井は迷わず赤い苺味を選ぶ。ストローの先を切って開いたものが、スプーン代わりにさくりと刺されて渡された。松井は氷を口に運ぶとふるりと身を震わせて口を窄める。
    「すっぱいのか?」
    「ううん、ひゅめたい」
    「そりゃ冷てーか」
    すくった氷を豊前の口元に差し出され、条件反射で口を開ける。たっぷりと赤いシロップがかかったそれをぱくりと含むと、口の中だけが水風呂に入ったような爽快感を覚えた。
    「べろ、まだ冷たい」
    「はは、シロップで真っ赤になってんぞ」
    「豊前のも見てあげるよ」
    べ、と舌を出してみせると、「僕のもそんなに赤いのか?」とくすくす笑い、つられて笑みを漏らした。

    食べ終わったカップを返すと、松井は更に奥へと豊前の手を引いていった。祭りの喧騒が少しずつ遠くなる。ということは、もうこの先に用事はないはずだった。案の定、見えてくるのは鬱蒼とした林の茂みだけだ。
    「ここなら、人が来ないよ」
    茂みに足を踏み入れると、松井のブーツがパキリと小枝を鳴らした。
    こんな場所に人がいないのは確かだろうが、確信めいた松井の言い方に些か違和感を覚える。
    「なぁまつ、ここに来るのは初めてだよな?」
    「うん?」
    松井は振り返って、曖昧な声を出す。聞こえなかったのか、誤魔化されたのか。嫣然と微笑んだ目の奥が、眩い電球に照らされる水面みたいにぎらりと揺れて、なんとなくそれ以上聞けなかった。狡い笑顔、とでも言うんだろうか。惚れた弱みというのは厄介なものだ。

    松井は更に茂みの中へと歩みを進めていき、ほとほと人影など見えないだろうというところで、大きな木の幹を背に立ち止まった。考えが推し量れないまま困惑している豊前の手を、ようやく離す。どうした、と口を開く前にすかさず、首筋に腕が伸びてきた。
    舗装されていない地面はでこぼこで、松井の目線の方が高くなる。
    回した腕に自重をかけて、松井がしなだれ掛かるように抱きついてきた。屋台の匂いで紛れていた髪の香りが、今ははっきりと浮かび上がっている。ぬるく湿気った風が葉と土の匂い乗せて、松井の香りと混ざり合った。
    松井は自分のシャンプーを、本丸共用のものとは別に用意している。いつもは柑橘系の香りだったように記憶していたが、鼻を掠めるのは甘ったるい花の香りだった。
    シャンプー変えたのか、なんて野暮ったいことを聞く間もなかった。首を緩く絞めるようにしながら回した腕に力が込められ、そのまま唇を重ねられる。
    こんな場所でと苦笑しつつも断る理由はなく、腰を引き寄せていつものように重ね返した。
    リードされたままなのも癪なので、少々性急に舌を差し込む。それが予想外だったのか、はたまた先程のかき氷のせいで冷たかったのか、松井はぴくりとたじろいだ。
    後ずさりかけた踵を背後の木の幹が阻む。そこに松井の背を押し付け、逃すまいと捕らえて口内をなぞった。
    松井は驚きはしたものの、次第にとろりと微睡み、舌を絡め返してきた。知り尽くした松井の悦がるところを狙って吸い上げると、んぅ、と鼻から抜ける息を漏らす。

    遠くで鳴る祭囃子がまた、耳鳴りのようにまとわりつく。或いは、一度耳に焼き付いた音がまだ頭の中で流れ続けているだけなのかもしれない。
    人影はないがいつ何の物音がしても可笑しくない、平時とは異なる状況に、松井も心なしか興奮している気がする。
    そろそろいいだろうと酸素を求めて唇を離しても、すぐに次の口づけが追ってくる。ならば望み通りにと迎え入れて、もっと激しく返してやる。
    ささくれだった木肌に髪が引っ掛かって痛そうだったが、松井がここに誘って来たのだから致し方ない。本刃はといえば髪が絡まるのもお構い無しで、いつもより息が上がるのも早い。
    求めすぎて苦しくなってくると豊前の上唇を舐めて、下唇を食んで、ふふ、と悪戯っぽく笑う。その顔にたまらなくなって、またこちらから唇を覆って、貪るように深く口付けた。この短い夜に、長い長い熱情を交わす。

    夢中で唇をなぞり、呼吸もそこそこに唾液を送り、息絶え絶えに名を呼ぶ。汗ばんだうなじをつつ、と撫で、そのまま松井の髪をかき上げると、また花の香りが舞う。つい手に力が篭もって髪はぐしゃぐしゃと乱れ、被っていた面がとさりと落ちて土を被った。
    合間に息継ぎをすればいいのに、必死に豊前、豊前と呼ぶ松井の姿に、こちらも情欲が高まっていった。
    ガラス玉みたいな瞳を覗き込むと、夜なのに青空が閉じ込められているような色に、自分が写っている。

    すると前触れもなく、遠くで大きな破裂音がして、びくりと体を離した。松井の頬に鮮やかな粒子の陰が落ちて、その正体を理解する。木々の隙間から見上げれば、色とりどりの光が大輪の花を咲かせている。
    「打ち上げ花火か」
    反射的に、ほとんど見えもしない祭りの主役を眺めた。
    光、遅れて破裂音。光、光、破裂音、破裂音。遠くではしゃぐような声が聞こえて、目を凝らして見てみるが、やはり見えるのは鬱蒼とした木々の群れだった。
    「見えねえな」
    「フ、見えないね」
    顔を見合わせて、くつくつと喉を鳴らすと、急に力が抜けてきた。ふと我に返り、妙な気恥ずかしさが降って湧いてくる。
    「……汗かいたな、けぇーるか」
    「それなんだけど」
    松井はそう言いながら、つつ、と豊前の浴衣の衿を直す。脱がせているわけでもないのに、やけに扇情的だった。
    焦らすような仕草に待ちきれるはずもなく、なに、と耳元で声を落とすと、松井は僅かにはにかみながら、今度は豊前の耳に唇を寄せてくる。

    「この近くに宿があるんだ。……外泊許可は取ってある」
    愛しい刀のお誘いに、かっと頬が火照って、再びむらむら……もとい、めらめらと火が付き始める。それと同時に、喉に引っかかっている小骨のようなものがどうしても気になってしまう。
    「さっきからやたら詳しいが、前に誰かと来たわけじゃねーよな?」
    「さぁ、どうだろ」
    「まーつー?」
    「フ、冗談だよ」

    ヒグラシの声が余韻を残して響き、また鳴いて、頭の中に木霊する。夢の記憶を手繰るように、まだ遠くで祭囃子が鳴り続けている。
    幻のような短い夏の夜は、赤いシロップに溶かされてじゅわじゅわと甘く溶けていく。
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