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    banikuoishii

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    頂いたチョコでSS書いてみました🍫(シリーズとは別の世界線です)

    教師豊前と高校生松井のバレンタインの話 耳元に吹きつける風が痛くて、マフラーに顔半分を埋める。窮屈な靴の中の指先までかじかんでいて、その場で足踏みして悪あがきするものの、当然体温は上がらない。
     下校時間もとうに過ぎた学校の駐車場には、担任教師である豊前のバイクが一つだけある。ここで待ち伏せしていれば会えるはずだけれど、彼があとどれくらいで帰ってくるのかも分からないし、手にぶら下げた紙袋の中身を受け取ってもらえるのかも分からない。
     
     教師へチョコレートを渡すことが一切禁止と告げられたのは、バレンタインデー前日のことだった。恐らく、毎年豊前宛のチョコが殺到するためだろう。大勢の女子生徒がえぇーっと不満を漏らすのを、学年主任が一蹴していた。もっと早く言ってよ、との言葉には松井も同意である。
     バレンタインデーのチョコというのは大体にして、既製品にしろ手作りの材料にしろ、前日までには用意してあるものなのだ。特に本命のものは尚更のこと、時間をかけて選ぶ。
     気を遣わせない程度に値が張らず、かといって軽すぎず、特別感があって、好みそうなデザインと味のもの。赤いのが良いだろうか、と悩んで決めたそれを持ち帰り、自分で食べることを想像すると虚しさで胸が張り裂けそうになった。
     それでも、目の前で断られるよりはマシかもしれない。今引き返した方がまだ傷は浅いのに、まだ渡すことを諦められずにいる。
     
     手袋を忘れたので、指先はじんじんするほど感覚が鈍くなっている。マフラーの隙間から入り込む風で、頬がぴりぴりするのを我慢する時間は、無駄に終わるんだろうか。帰るべきか待つべきか悩み続けて、前髪が強く北風に煽られる度、踵を返そうとする。けれど淡い期待と、ここまで待ったのだからという意地が、この地面に足を縫い止める。
     
     どれくらいの間そうしていたのか、俯いた視線の先に靴が入り込んで、かけられた声に飛び上がるように顔を上げた。
    「松井? どうしたんだ、こんなとこで」
     期待より不安より先に、その顔に安堵して、迷子の子どもが泣き出すような顔になっていたと思う。
    「あ、あの、先生。迷惑というのは分かっているのだけれど」
     バレンタインのチョコ、とまでは言う勇気が出なくて、再び下を向きながら紙袋を差し出す。脳裏には瞬時に、豊前に断られる光景が浮かんで、傷付いた時の言い訳までもう探し始めている。
     これは規則で、断られるのは仕方のないことだ。持ち帰って自分で食べたって、家族にあげたって良いじゃないか。先回りして慰める自分の言葉一つ一つに殴られるみたいに、どんどん顔が上げられなくなっていく。
     
     頭の上で、豊前が口を開いた気配がしてぎゅっと目を瞑ると、こっち来い、と促された。怒られるのだろうかと、豊前の踵を眺めながら校門の外に出る。
     先に謝るべきか悩んだところで、振り返った豊前が松井の手から紙袋の紐をすくい取った。弾かれるように手を離して、やっと顔を上げる。
    「もらっていいのか?」
     え、と声が上擦った。
    「でも昨日、先生に渡すのは禁止になったんじゃ」
    「もう学校の外に出たから、でーじょーぶだよ」
     にっと笑った顔があどけなくて、マフラーの下でさっと頬に赤みが差すのが分かった。あんなに消極的だった心の内が鼓動とともに主張し始めて、言葉にするなら今だと囃し立ててくる。
     こんなチャンス、もう二度と来ないかもしれない。卒業まであと一ヶ月余り、登校日も僅かだし、玉砕したとしてほとんど会うこともない。
     飛び出しそうなほどの心臓の勢いで、体が揺れているように錯覚する。痛いくらい鼓動が勝手に跳ねて、目眩までしてきた。
     
    「先生、好きです」
     豊前のくっきりとした目が大きく見開かれて、ああもう言葉は届いてしまったのだと覚悟を決めた。豊前の返事を待つまでの間が、永遠にも感じられる。
    「あんがとな」
     寒さに寄り添うような温度のその言葉は、優しい色をしているのにちくりと胸を刺した。
    「生徒にそう言ってもらえんのはやっぱ、教師冥利に尽きるな」
     教室の席から見慣れた、朗らかな彼のいつも通りの笑みに、膝の力が抜けそうになる。けれど恥をかかなかったことに、どこかほっとしている自分もいた。
     彼色に染まった青春が、緩やかに終わりを告げていく気配がする。雪どけみたいに、静かな静かな音だった。
    「じゃあ、僕はこれで」
     ぺこりと頭を下げ、背を向ける。
     早く大人になりたくて、早く彼に近付きたくて、精一杯背伸びをしてきた。でも、卒業してこの学校の生徒でなくなってしまえば、豊前との繋がりがなくなってしまうことにも気付いてしまった。
     もうじきこの並木道も、緑と淡い赤に色づき始める。次の春に、自分はここにはいない。豊前はまた新しい生徒を受け持って、何年かすれば松井のことも忘れてしまうんだろう。
     苦しくなって足早に過ぎ去ろうとすると、後ろから豊前の声が引き止めた。
    「お返し、4月でもいいか?」
     はっとして振り向くと、紙袋を掲げた豊前が目に入る。目をぱちぱちと瞬けば、豊前はくしゃりと笑って後を追いかけてきた。教壇に立っている時とは、少し違う笑い方だった。
    「3月31日までは、松井はウチの生徒だからさ」
     冷え固まった脳にその言葉は遅れて届いて、理解するまでに少し時間がかかった。
    「え、それ、それって」
     長い時間冷たい空気に触れていたせいで、口が上手く回らない。
     慌てふためく松井を尻目に、豊前は紙袋の中からチョコレートの箱を取り出した。時間をかけて悩んで選んだそのチョコには、もはや愛着さえ湧いてしまった。
    「綺麗な色だな。松井みたいだ」
     また心臓が、急速に騒ぎ始める。パッケージは赤いものを選んだけれど、ラッピングはお任せにしたために、青をあしらった包み紙とリボンになっていたのだった。
     そんな思わせぶりなことを言われたら、もう一度好きだと伝えたくなってしまう。でもそうすれば、曖昧なバランスの上に成り立っている関係が崩れてしまいそうで、はち切れそうな想いをぐっと堪えた。
    「はは、こっちは真っ赤」
     不意に手を取られて、今度は凍りついたみたいに固まった。豊前が自分の手袋を取り出して、松井の手にはめる。
    「まったく、世話の焼ける奴ちゃ」
     バイク用の少し大きな手袋は、華奢な松井のコートには似合わなくて、けれど泣き出しそうなほど暖かい。俯く松井の頭を、豊前の大きな手がくしゃくしゃと撫でた。
    「じゃ、気ぃつけて帰れよ」
     駐車場へ戻っていく豊前の背中を眺めながら、ぼんやりと立ち尽くす。先程まで寒さに縮こまっていたのが嘘みたいに体中が熱い。
     
     豊前の言葉を、都合よく解釈した想像がどんどん膨らんで止まらなくなって、緩む口元を慌ててマフラーに押し付けた。
     思い上がりの勘違いかもしれない。でも、4月になって新しい世界に飛び込む憂いの先に、まだ豊前との繋がりがある。たったそれだけのことで、この景色は色をもって華やぎ始める。
     
     春を待つその間までもう少しだけ、手の掛かる子どものままでいても良いかもしれない。
     周りに誰もいないのを確認して、手袋ごとぎゅっと両手を握り締めて額を寄せる。声にならない息が、水の粒になって立ち上がっていく。
     今は枯れ木の桜には、散りばめたように星が咲いている。
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