季語シリーズ⑪ 花菖蒲「いずれあやめか、かきつばた」
北村さんは言った。
「九郎先生って、あやめとかきつばたの区別つくー?」
「正直なところ、あまり……」
「似てるもんねー。花菖蒲まで加わったらお手上げだよー」
神宮御苑にはさまざまの花菖蒲が咲き誇っていた。あいにくの雨模様だが、この時期にしか見られない花菖蒲のため、私たち以外にも多くの人が来ていた。
雨粒に打たれている花菖蒲は、晴天の時よりも心なしか気品がある。薄紫の淡い花弁はともすれば、厚い雨雲に消えてしまいそうだった。
「そう言えば、かきつばたの和歌がありましたよね。ええと確か……」
「からころも着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」
「さすがです。在原業平でしたよね?」
「うん。よく知ってるねー」
「頭文字が見事に繋がるのが印象深くて」
私たちは花壇沿いの遊歩道をゆっくり歩いた。花菖蒲を見つつ、私は『かきつばた』のように上手い句が作れないものかと考えていた。はなしょうぶ。は、な、しょ……
「九郎先生ー?」
「えっ?」
北村さんの声にはっと我に返る。
「ぼんやりしてどうしたのー?」
「ああ、いえ、私も何か洒落た句を作れないかと思いまして。ですが、すぐには浮かびませんね」
「じゃあ、一緒に作ろうよー。クリスマスライブの時も二人で考えたでしょー?」
「あ……そうですね。是非、お願いします」
花菖蒲は変わらず雨にさらされている。しかし先ほどよりもどこか鮮やかに見えた。