翔真さんの発案で、コンビネーションライブの打ち上げをすることとなった。ライブ前から出演メンバーでご飯を食べに行く話は出ていたけど全員の予定が合わず、結局集まれたのは本番が終わってからになってしまった。
翔真さんの選んだ店は創作和食の小料理屋だった。鋭心先輩はともかく、高校生の俺たちには敷居が高いように感じたが、以前に神速一魂の二人も連れてきたこともある店だから気負う必要はないと言われた。
俺は楽しみ……ではあるが、ちょっとドキドキしてもいた。こういう、お酒を扱う店に行くのが初めてだったから。爺ちゃんも婆ちゃんも正月くらいしか飲まないので、そもそもアルコール自体が珍しい。小料理屋なんてなおさらだ。鋭心先輩はこういう場に慣れてそうだし、百々人先輩も適応するの早そうだし、そんな中で俺だけおっかなびっくりなんてのもカッコ悪いから、何がきても動じずにいようと俺は密かに決めていた。
当日の夜、先輩たちと揃って店に行くと、彩の三人と雨彦さんが先に着いていた。想楽さんとクリスさんがバラバラで到着したあと、Altessimoの二人が一緒にやって来た。俺たちは順に詰めて座った。
年長者の人たちが適当に注文して、料理と飲み物が届くとみんなで乾杯した。全員ソフトドリンクだったけど、ライブの話を肴に盛り上がった。
途中、飲み物が減ってきたので、俺が二杯目のオーダーを取りまとめた。酒の席は初めてだが、こういうのは年少者の役目だってことは知ってる。
二巡目も、成人済みの人たちはソフトドリンクばかりを頼んだ。俺はちょっと気にかかって、「お酒飲まないんですか?」と隣の翔真さんに聞いたら彼は一瞬きょとんとして、それからあっははと笑う。「やぁねえ。未成年にお酌させるわけないじゃないか。そういう台詞は二十歳になってから言いなさいな」と俺の背中を叩く。
話は先輩たちにも聞こえていたらしく、二人ともこっちを見てにやにや笑っていた。百々人先輩にいたっては「もしかしてアマミネくん、おこぼれ貰いたかったの? いけないんだー。生徒会長なのに」なんて茶化してくる。別に、お酒に興味があった訳じゃない。翔真さんたちが思うように楽しめてなかったら嫌だなと思っただけで……。そう主張するも、鋭心先輩は「秀、お前が飲めるようになったらC.FIRSTでそういった場を設けよう」とトドメを刺してくるのだった。
「秀くん、九郎先生にちゃんと着いてくんだよー」
「ふふっ、より道しちゃダメだよ?」
「家までまっすぐ帰るように」
別れ際、先輩たちに加えて想楽さんまで俺のことをからかってきた。
席が離れていたからみんなには、俺と翔真さんとのやりとりは聞こえていないと思っていたのに、百々人先輩が言いふらすものだから、今日この場にいた人全員の知るところになってしまった。店を出て百々人先輩から話を聞いた想楽さんは、いいネタを見つけたと言わんばかりにニコニコして話しかけてきた。その流れは今、駅に着いて解散するまで続いている。
「……俺はともかく、九郎さんまで悪ノリに巻き込むのやめてください」
俺の隣で、九郎さんは困ったように笑っている。
私鉄と地下鉄と、路線ごとに別れて、俺と九郎さんは同じホームに降りた。方向は反対だけど、使う路線は同じだったのだ。俺は何となく三両目の停車位置まで進んで、九郎さんと電光掲示板を見上げた。両方向とも前のが行ったばかりで、次が来るまでしばらくかかりそうだった。
「料理、美味しかったですね」
何をして時間を潰そうかと考えていたら、九郎さんが先に口を開いた。
「はい、美味かったです。やっぱ翔真さんてセンスいいな」
「ええ。華村さんの審美眼は特筆するべきものがあります」
…………。
「そう言えば、九郎さんってどこに住んでるんですか?」
「鎌倉です。いらっしゃったことはありますか?」
「ないですね。旅行するには近いし、ふらっと寄るには遠いじゃないですか」
「良いところなので機会があれば是非。その時はご案内しますよ」
「あ、ありがとうございます」
…………。
二度目の沈黙。
思えば、九郎さんと二人きりになるのはこれが初めてだった。コンビネーションライブで何度も顔を合わせたけど、膝を突き合わせて話したことはない。
まったくの初対面というわけではないから、間に流れる沈黙が気まずく、どうにか打破しようと俺は頭を働かせる。
打ち上げでライブの話はもう散々しちゃったし、他に何か共通の話題は……。
「すみません、私、会話を止めていますね。天峰さんのような今風の方と話すのはどうにも緊張してしまって……」
「いや、そんなことないですよ。俺も、世間話って得意じゃないし」
九郎さんも、俺と同じように感じていたらしい。でも、
「今風って、九郎さんまだ十九じゃないですか」
「ええ。ですが私は世俗には疎いですし、天峰さんは何というか……現代的な方ですから」
「想楽さんも似たようなこと言ってましたよ。C.FIRSTのことを現代っ子って」
「北村さんもですか?」
九郎さんは、少し声を弾ませた。
あ、あった。共通の話題。
「九郎さんって、想楽さんと仲良いんですね」
唐突なような気がしたので、一応「パンフ読みましたよ」と付け足す。
「ええ、まあ。同い年ですから」
「パンフでもそう言ってましたよね。でも、仲がいいとはいえ、MCの時ああいう絡み方するの意外でした。九郎さんも他の人いじったりするんだなって」
九郎さんの行動もだが、想楽さんも想楽さんですんなり認めるんだと思った記憶がある。俺が同じことを言ったら、たぶん九郎さんの時とは違う言葉を返される気がする。
想楽さん、俺に対して当たりが強いんだよな。事あるごとに突っかかってくるというか、俺のことをからかってくる。さっきのがいい例だ。先輩たちもそのノリに乗っからないでほしい。俺、そういうキャラじゃないし。
「何か、仲良くなるきっかけとかってあったんですか?」
俺が尋ねると、九郎さんは斜め下を向いて考え込む。
「そうですね……クリスマスライブで共演したことでしょうか」
「へえ。そうなんですか」
目の前の九郎さんの和服姿とクリスマスの洋風なイメージとが結び付かなくて、どんなステージであったのか想像するのが難しかった。和ロック、みたいな感じだったのだろうか。
十一月も終わりに差し掛かり、街にはクリスマスの気配が色濃い。もうすぐクリスマスだ。俺たちのいるホームにも、クリスマス仕様の壁広告が並んでいた。そのうちの一つでは、サンタクロースが炭酸飲料を片手にこちらへ微笑みかけている。
「ああ、クリスマスと言えば、パンフで想楽さんがサンタクロースからアドバイスもらったって言ってたけど、九郎さんは何のことか知ってますか?」
「サンタクロース……さあ、どなたのことでしょうね」
「どなた? サンタクロースはサンタクロースじゃないですか? 俺はてっきり、何かの比喩かと。サンタクロースって誰かのことなんですか?」
「そ、そうですね……! 私としたことが、いったい何を言っているんでしょう」
九郎さんは口早に言い、乾いた笑いをこぼす。いまいち腑に落ちないが、追及したところで何も引き出せなさそうなので俺は次の話題に移った。
「想楽さん、いい人ですよね。やりあっちゃったけど、その後こっちを気にかけてくれてるの伝わってきますし。骨は多いけど食べたらうまい、みたいな」
サンマとかイワシとか。率直な意見はありがたいけど、もう少しオブラートに包めばいいのに、とは思う。あれじゃ本人もやりにくいだろう。
「まあ、多少は毒のある方ですから」
「えっ、九郎さんもそう思ってたんですか」
「ええ。北村さんの言葉は鋭く、それゆえに事の本質を捉えています」
「それは同意しますけど……九郎さん、何か嫌なこと言われてません?」
問えば、九郎さんはにこりと笑う。
「こんな言い方は何ですが、きちんと相手を選ばれているようですよ」
「そう言われても、素直に喜べないですよ」
九郎さんの言い方から察するに、想楽さんから毒気のあることを言われた経験があるらしい。九郎さんに対してなんとなく押しに弱い印象を抱いていたので、想楽さんに言い負かされてそうだった。でもそれは俺の勝手な想像だったらしく、想楽さんの言葉をしかと受け止めているらしい。
「ふふふ。可愛らしい方ですよね」
「可愛らしい、ですか?」
予想もしない言葉が発せられて、俺はぎょっとした。
「Legendersの中にいたらそうかもしれないですけど、174も身長あるんですよ? 俺より背高い」
「いえ、外見ではなく中身の話です」
「えっ、中身が可愛いんですか?」
「素直なところとか、食べ物を美味しそうに召し上がるところとか……ご自身の言ったことを結構気にされているところとか」
やや共感できるところもあるけど、九郎さんの語る想楽さんは俺から見た彼とは別人のようだった。あと、そのポイントって可愛いのか?と俺は疑問に思う。
「天峰さんとの衝突も、気にされていましたよ」
「あれ、そう言えば、想楽さんと言い合ったことって話しましたっけ? 噂で広まってましたか?」
「いいえ、そういった噂は今のところ聞いていません。私は、北村さんから直接教えてもらいました」
「想楽さんから?」
「ええ。言い過ぎてしまったと落ち込まれていましたよ。ああ、この話はここだけの秘密にしてくださいね」
「はい。秘密に……」
電車の到着を報せるアナウンスが流れ、つい反射的に線路の先を見る。そしたら、壁広告にいたサンタクロースと目が合った。
「…………あ」
「どうされました?」
「……いや、何でもないです」
じきに電車がホームに到着し、ドアが開く。神奈川方面のだったから、乗り込む九郎さんの姿を見送った。
「では、私はここで。今日は楽しかったです」
「はい、俺も。じゃあまた、事務所で」
発車メロディが流れ、ドアが閉まる。電車が過ぎ去りガランとなったホームで、俺は再び壁広告と向き合う。
炭酸飲料を持ったサンタクロースは優しそうに目を細めている。ふくよかな体型で、白い髭をたっぷりたくわえ、欧風の顔立ちに、ひと目でそれとわかる真っ赤な衣装。さっきの青年とは似ても似つかない風貌だ。
「全然違うだろ」
誰に聞かせるでもなく呟いてみる。
サンタクロースの意外な正体に驚きつつ、先ほどのやり取りを反芻する。こういうのって、確かめるのも言いふらすのも、どっちもかっこ悪い。それに、想楽さんの性格的に、人に言わないことこそ大事にしていそうだ。
だから、今日のところは先輩の顔を立て、九郎さんから教えてもらったことと一緒に胸の中だけに留めておこうと俺は決めたのだった。