縁日に行くくろそら溶けかけのあんず飴がこちらを見つめている。
清澄は思考の隅に浮かんだその考えを打ち消す様に瞼を閉じる。
「じゃんけんに勝ったから2つもらったんだー」
そう言って差し出されたあんず飴はつやつやと夜店の灯を反射して光っていた。
縁日は、好きだ。人々の笑顔やお囃子の音色、花火の彩り。
とりわけ清澄は太鼓の響きが大好きで、幼い頃、まだ親しかった祖父の手を握って屋台を見て回った。
祖父は相変わらず厳しい人だったため、食べ歩きなどを清澄家の男児がするものではないと厳しく言いつけられていた。
神社の階段などに座りこむことはおろか、普段ならば決して許されないであろう、ソースせんべいや綿あめ、チョコバナナなどを食べた。
お茶会で出される高級な和菓子に比べれば、大雑な味だが、幼い清澄にとっては1年に1度お目にかかれるご馳走だった。
隣に並ぶ北村のまあるい頭をぼんやりと見つめながら祖父の食べ歩き厳禁、というお小言を振り払い、あんず飴に口をつけた。
*
縁日から外れた場所、神社の裏手。
遠く響くお囃子の音。体に直接響く、北村の心音。
「ごめんねー?九郎先生」
慣れない下駄の鼻緒が北村の白いつまさきを赤く傷つけている。
「いいえ、私も気が付かず申し訳ありません」
鼻緒をゆるめ、千切った手ぬぐいで結び目を覆う。
真新しい下駄。北村がこの日のために新たにおろしてくれたと自惚れても良いのだろうか。
いつかと同じように階段に座り込む清澄の横には、寄り添う北村。
きっとこの浴衣だってそうだ。着付けをしたのは確かに自身だ。けれど、真新しいそれを着た北村にそれは少しだけ、馴染まなかった。
今日のために、どんな気持ちで用意したのか、それを思うだけで胸がいっぱいになる。
「いかがでしょうか?よろしければもう片方も」
もう片方の鼻緒も、やわらかい手拭いで包む。
今度こそ北村を傷つけないよう、しっかりと北村の足におさまった下駄。
顔を上げればきっと北村はくすぐったそうに笑うだろう。「ごめんねー?」とか「流石だねー」とか、そう言って。
でも、清澄にとって、北村にする"親切"は、もう心配りやおもてなしなどではないだ。
純粋な"期待"だった。
そうして反応をうかがおうと顔を上げた瞬間
唇にふっと温もりが伝わる。
「き、北村さん!」
期待していた表情とは違う。いたずらな顔で口角を上げる北村につい声を荒げてしまった。
怒っているのではない、嬉しくて、恥ずかしくて、驚いただけ。
「ふふ、大丈夫。みんな花火に夢中で、こんな所来ないよー」
そう言って、またキスをする。
今度はこちらから。
花火なんて、言われるまで気付かなかった。