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    asana_clover

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    返歌です。五十嵐花澄のお昼グループで、蒼くんに淡い想いを寄せている子のSS。
    「誰の目にも明らかなのに」のフレーズお借りしました。

    ##卓文

    ただ、それだけ 放課後の教室に吹原が顔を出したとき、心臓が跳ねたのは本当だった。だから、友人たちに背中を押されて、口では「いいよ、別に」なんて笑いながら、なんだかんだ前に出て応対したのだ。
     五十嵐、の名前が吹原の声で紡がれて、友人たちがしまったという顔をした。見なくても分かった。
    「ああ、五十嵐さんのプリントね。預かってるよ。ちょっと待ってて」
     吹原に背を向けて、後ろにいる友人たちとも顔を合わせずに、机を回り込んで引き出しを探る。先生から渡されたプリント類は増えていく一方で、そういえば届けるという発想がなかったな、と今さら気がついた。だって、誰も五十嵐さんと連絡を取っていないし、家の場所も知らない。
     去年も一昨年も、五十嵐さんは頻繁に学校を休んでいたらしい。体が弱いのか、家庭の事情なのか、そういうことを踏み込んで訊ける雰囲気は彼女にない。誰もが遠巻きに見ている中で、当たり前のように近づくのは吹原くらいだ。
     ――そう、吹原くらいだ。わざわざ別のクラスにまでプリントを取りに来るなんて。
    「あったー。ごめん、もしかしたらちょっと抜けてるかもしれないけど。現国とかそっちのクラスと進み同じくらいだから、吹原のノート見せてあげて」
     軽くプリントの説明をして、クラスの伝達事項を申し送って、会話はおしまい。あくまで事務的に。吹原は律儀にお礼を言って、あっさりと教室を後にした。
     友人たちが気まずそうに、「吹原、部長だもんね。大変だよね」と執り成してくれるのが、今は虚しい。吹原が「部長だから」やっているわけではないなんて、誰の目にも明らかなのに。じゃあ、何のためなのか、本人たちがはっきり認めないから噂に尾ひれがつくばかりだ。
     五十嵐さんは悪い人ではない、と思う。最初はひとりで黙々とお昼を食べているのが気になって、正直、クラスの女子がみんな知らん顔をしているというのも据わりがよろしくないので、半ば義務的に声を掛けたのだ。断ってもらってこちらは一向に構わなかったのだけれど、五十嵐さんは素直に頷いて、その日からお昼休みには机を突き合わせるようになった。
     それからまだ一ヶ月ほどしか経っていないけれど、彼女の敬遠される理由はなんとなく分かった。住んでいる世界が違うのだ。育ちが良さそうなのは感じていたけれど、それだけではなくて。もっと根本的に、彼女には彼女にしか見えていない何かがあるのではないかと、ときどき本気で考えることがある。それくらい、まるで異国の人と話すように、五十嵐さんとはちゃんと会話が成り立たない。
     だから、悪い人ではないけれど、良い人だとも言い難くて、ただ曖昧な態度で許されているのは腹が立たないこともない。特に吹原との関係については。
     何が「秘密です」だ、と思う。何が「五十嵐は?」だとも思う。ふたりとも他意がないことなんて、分かりすぎるくらい分かるから、思うだけ。思うだけで、醜いなあ、と自分が一番嫌になる。
     ただ、本当にそれだけだ。どうこうしたいわけではない。でも、ふたりにどうこうなってほしくないのも、やっぱり本音だ。
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