加虐の話 自らの立場上、「知らなくてもいいこと」なんてものはないと思っている──などと。いつかのトーマの笑顔と声を、どうしてかふと思い出す。
星が見えないほどにまばゆい月が、ぽっかりと浮かぶ夜だった。ひとり屋敷の庭先に立ち、綾人は冷たい空気を吸った。
足音を立てず歩くことも、ある程度息を止めることも、容易ではあるがあえてしない。元素の刃を取り出して、月にかざせば淡く輝く。そして綾人は、そのきらめきを自らの首に──
「そこまでですよ、若。世を儚んでいるわけでもないのでしょう?」
「……おや、トーマ。どうしたんだい、こんな夜更けに」
「それはオレのセリフですって……真夜中に主君が寝間着のまま抜け出していったら、後を追わない従者なんていないでしょう」
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