ヒペリカム(仮)大きく握られたおにぎりが四つ、甘みを気持ち多めに煮付けられた芋の煮物に焼き魚、大根のお漬物。そこにロイが持参した卵焼きをコトリとおけば本日の豪華なお昼ご飯が完成だ。
ルームサービスのアイルーがお茶を配ってくれたらそわそわと落ち着かなく座っていたナカゴのいただきまぁすの声が響く。
今日もおいしいですねぇとにこにこと食べ進める顔を見てコジリも満足そうに魚へと手を付け始めた。続いてアイルーとロイも料理に箸を伸ばす。
コジリの作るごはんはおいしいんですよぉ…!そうロイが聞いたのは装備の確認に加工屋に訪れていた時のことだ。
気持ちを自覚してしまってからは毎日少しでも姿を見たくて、話がしたくて堪らなくて。こんなに我慢がきかなくなるとは思わなかった。恋愛事にかまけるために来た訳では無いと分かってはいても、せめて狩猟の出立前にあのほわっとする笑顔で行ってらっしゃいと言って貰えたら…。そんな自分勝手の為だけに二階を訪れるのは欲があけすけ過ぎる様に感じて毎回暖簾の前で悩んで立ち尽くしてしまう。
そんな時だ。ナカゴが開発している重ね着という技法の話を聞き、是が非にでもお願いしたいと頼み込んだ。自前の装備にも特殊な技法を組み込んで機動力も特性もそのまま見た目を整えることが出来る…らしい。技術方法はさっぱり分からないがとんでもないことだけは分かる。
強さだけではなく見た目も大事にしたいと、そう話していたのを現実に叶えるとはナカゴの腕は相当な技量をつんでいるのだと感心する。
ハンターになる苦楽を共にしてきた自分の防具にナカゴの加工屋の技術を乗せて生まれ変わらせる。惚れ込んだ腕から作られる狩猟防具を迎え入れない選択なんてあるはずがなかった。
ギルドからの依頼をこなしながら装備を調整するための素材を集める。それを持って二階の加工屋に行くのがいつしかロイの楽しみとなっていた。
素材が揃った日はナカゴの横に座布団をだしてもらい、出来上がっていく装備を、加工屋の仕事をする彼の姿をただじっと見させてもらう。初めてカムラに訪れて惹き付けられたあの時の真剣な表情は大人になった今も変わらない。
特等席で見させてもらえるのはなんと贅沢なことか。
装備が一通り出来上がり、仮組みが終わって一段落した時だ。ナカゴのおなかがぐぅ、となったのは。おなかがすいたぁ…と先程までの職人の顔とは違い、へにゃりとした普段の顔を見せた彼が次に発した一言が例のコジリのごはんの話だった。
多めに作ったからロイの分もあるニャ、食べてくニャよ!とあれよあれよという間にごはんが並べられ、座布団が寄せられ、いただきます!の声とともに遅めの昼ごはんの会が始まった。
「おいしい…!」
味も食感も素材の良さを最大限に引き出された料理に感動の言葉が零れるとそうでしょう、おいしいんですよぉ!と作った御本猫より食い気味にナカゴが力説し始め、そこから自国の料理の話にもなり、聞いたことがない調味料に食いついたのがコジリで。
ちょっと情報交換しようニャ、ロイもご飯の時来られる時はくるニャ!とこのご飯会が始まることとなったのだ。
「卵焼き…甘めな中に少し酸味があるのニャ?」
「あぁ、それはこの調味料を使ったんですよ。東の海向こうの国から輸入してた果実を発酵させたもので…気に入りました?あとでおすそ分けしますね。」
皆で談笑しながら料理をつつく遅めの昼はすっかりとごはん事情を共有する井戸端会議だ。でもそれも今まで航海ばかりだった人生でなかったことで。自分の死まで決まりきった運命に無気力に流されるまま船に乗っていたあの時、カムラで自分の夢を楽しげに追う彼に会ったのがきっかけで自分の進む道を考え始めた訳で。
巡った国々で培った自分の知識が必要とされて聞かれるのは楽しい。おいでと当たり前に迎えてくれる仲間ができたのは嬉しい。
それに勝るほど何より…
「ロイさんの卵焼き美味しいですねぇ…」
幸せ顔で頬張り呟くナカゴをちらりと目の端でみやる。どこに行くかさえ分からない自分の日々の中で唯一、どうしてるだろうと毎日思い描いた相手。今はこんなに近くで一緒にいて、自分の作ったものを美味しいと食べてくれている。それはもう叶えられない絵空事だったはずなのに。
傍に居られる。胸を柔くきゅうっと鷲掴みにされる感覚が止まらない。
甘い痛みが堪らなく嬉しかった。