燐こは♀『ハニービー番外編』柔くて艶のある桜色の髪を赤いリボンで一つに結ぶ。
毎日一緒に居て何度も触れたのに、腰より長い髪をまとめるのは初めてで、戸惑いながらも、本人が良いと言ったのだから要望を叶えた。
「おおきに、燐音はん!」
くるっとこちらに振り向いて、嬉しそうに微笑む。
無邪気な表情に、ようやく落ち着いたのかとほっと胸を撫で下ろす。
昨夜は眠そうだったこはくを気遣い、一緒に寝るのは遠慮して自室で休む事にした。
巣に引っ越してからほぼ毎日、共に夜を過ごしているが、言葉にしなくともお互いの体調を察する事が出来るようになった。
ゆっくり寝て、次の日は朝から散歩にでも行こうとぼんやり思いながら眠りについた。
だが、目覚める少し前に、巣を騒然とさせる出来事が起こる。
廊下に響く大きな声。
何かあったのかと慌てて着替えて駆けつけると、こはくとさくらが睨み合っていた。
少し離れたところで腕を組み眉間にシワを寄せるHiMERUと、不安そうな表情のニキ。
他の働き蜂達も普段と違う雰囲気に、戸惑っていた。
静寂を破ったのは「さくらちゃんなんか知らん! わしは勝手に行く!」こはくの低い声。
キツく睨み返していたさくらの表情が、今度は泣き出すのを堪えた顔に変わる。
廊下を走り出したこはくと目が合うと、腕を絡め取られ、引き摺られるように外に飛び出した。
巣の方へ振り返って見ても、HiMERUとニキが付いてくる気配がない。
どうしてこうなったのか、真横を飛ぶこはくの険しい表情を見ると、とても聞ける雰囲気ではない。
巣から少し離れた花畑が見えて、ようやくこはくが飛ぶスピードを緩めた。
「燐音はん、かんにんな」
「お、おう。こはくちゃんさァ」
「何や」
「髪、乱れちまったな」
慌てて飛び出したせいか、耳より高い位置に結んでいた髪型が崩れている。
そっと手ぐしで撫でても、あまり意味がない気がした。
けれど、こはくは頭を傾けて、こちらの手の動きを許している。
「じゃあ、燐音くんが結び直してやろうかな」
「燐音はんが?」
「おうよ、やった事ねェけど」
ムッと口を尖らせていたが、普段こはくの髪を結うHiMERUが居ないから、渋々了承してくれた。
髪を整えて落ち着いたのか、花の蜜を吸いながら、こはくは今朝の出来事をぽつり、ぽつりと語り出した。
昨夜、さくらが寝室にやって来て「明日お花見に行こ。桜咲いとるよ」と誘われたと。
わくわくした思いで朝も普段より早起きしたところ、さくらにどこの桜を見に行くのか。
その時、ジュンに連れて行って貰うと嬉しそうに話すさくらの顔を見て、何故かどうしようもなく寂しくなったと。
そこからは、売り言葉に買い言葉。何年前かの喧嘩を蒸し返したり、お互いの不満を言い合い、それで巣を飛び出したとの事。
「珍しいねェ、さくらちゃんと喧嘩するンだ」
「滅多にせんよ。さっきは、どないしてもジュンはんが一緒なの、気に入らんくて」
「ふーん、まァそんな日もあるよな」
「わし、さくらちゃんから誘われて楽しみにしとったのに。でもさくらちゃんは、ジュンはんのデートのおまけやったんかと。寂しくなって」
「それは違うっしょ。桜の木ってここから少し遠いし疲れちまうから、ジュンジュンなら早く行けると思ったンだろ」
「……せやけど、さくらちゃんのニヤけた顔が、腹立ってきて」
「きゃはは!! さくらちゃんと似たような事言ってる」
「は?」
「巣に引っ越して少し経った頃か。こはくちゃんは口を開けば燐音はん、燐音はんばかりで俺っちを巣で見かけるとイライラする! って言われたぜ」
勿論、こはくの前では大人しくしているし会話もするけれど、生まれた時から一緒だったこはくを急に奪われたヤキモチなんだろうと、あまり気にしてなかったが。
「ほんまに? さくらちゃん、そないな事言うてへんかった」
「ま、我慢してたンだろ」
「……どないしよ、早くさくらちゃんに謝らんと」
「せっかく花畑に来たんだし、お土産持って帰れば良いだろ?」
「おん、そうするわ」
大きな花だと飛ぶ時に邪魔だから、小さな花を両手で抱えられるくらい摘んでから、巣に戻る事にした。
ちゃんと謝って、桜が散る前に一緒に見に行こうと言うんだと、こはくは自分に言い聞かせていた。