さよならだけが人生ならば、また来る春はなんだろう『ハグ』というのは苦手だ。
文化圏としては挨拶として当たり前なんだろうが、何年経ってもどうも居心地が悪い。
幼い時はその慣れなさに、ハグをしようとした人を突き飛ばしたことさえあった。
あれは今思い返しても苦い思い出だ。
養父にも迷惑をかけた。
初めて自分の子供を抱いた時、
その温度を感じてやっと『抱き合う』という挨拶の温かさを理解した。
理解したからといって、慣れるわけではない。
ラムルの弟分であるナーラにされた時も、本当にぎこちのない返し方しか出来なかった。
ただナーラからのハグは、心地良さも感じた。
あの子を抱いた時のような。
鼓動を感じ、息吹が肌を掠める小さな命を包む感覚。
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ナーラもラムルも随分大きくなった。
ラムルに関していえば、卒業後はあえて連絡をとっていなかった。
大人であれば何にも頼らず生きていかなくてはいけない。
厳しく当たることしか出来なかったが、彼は彼なりに成功したのか随分経ったある日、大金だけが我が家に届いていた。
感謝の印だろうか、こんなのが端金になってしまったという当てつけだろうか…
(君が生きていて、きっと寝食に困っていないなら、くれた理由なんてどうでも良いことだね)
そう思ってもらった金は何に使うか決まらぬまま金庫に大事にしまってある。
彼との再会が果たせたのは、彼の先輩であり、自分の教え子であるシリト・ル・テルケの国であった。
初告の笛と呼ばれる男巫が精霊を降霊し言葉を賜る、神秘に満ちた国。
以前から歴史書の編纂について話していたのもあり、仕事のために長いこと滞在をしていた。
ラムルがこの国に来た経緯は知らないが、彼もおそらく仕事だったんだろう。
もしかしたら特に親しかったテルケに顔を見せに来たのかもしれないが。
ラムルが部屋に案内された後、気を遣ってからテルケは2人を残して去っていった。
こういう再会は二度目だ。
息子と再開した時の気まずさや驚きと比べればきっと易いものだと思っていた。
彼はずいぶん上背が伸びていて、拾った頃の痩せ気味な姿から想像できないほどしっかりと体が出来ていた。
辛うじて自分の背は越されていないようで目線だけはまだ少し下だ。
私を前にした時の苦い顔も昔のままだ。
風の噂で、彼にも色々なことがあったと知っていた。
でもどう生きるかを判断するのは私ではない。
「君なりに良い生き方をしているならそれでいいさ」
当たり障りのない事を言ったが本心だった。
ラムルは部屋に入った時も話を聞いている時もずっと気まずそうにしていたが、話の後にしてきたのはハグだった。
当然、すぐには返せない。
何年経ってもこれは変わらない。
ましてラムルから。
彼は一言
「俺からハグされる人間なんてそうそういねぇからな」
あの笑顔で吐いて、さっさと帰ってしまった。
ラムルがそういうからには、きっと貴重な事だったんだろう。
あんなに反抗的で生意気盛りだったあの子が。
お互い力づくでしか向かい合えなかったのに、成長したものだ。
彼が去った後、何かが頬を伝っていた。
少しおいてそれが涙だと気がついた。
涙が勝手に溢れて止まらない。
情け無さがないわけではないが、それよりもずっと自分はなにか満たされていた。
ラムルが私を抱きしめた時、私は小さな命だった。
包まれていたのは私だった。
これだけ何かを学んでも、歳を重ねても、伝えたえられるほどの愛を確かに持っていたのはラムルの方だったのだ。
『人は勝手に離れていくものだ』
わざわざ人を突き放すような態度を続けるラムルにこれを放ったのは自分だった。
私はいつでも一人だった。
生みの親の顔は見たこともない。
眠り谷を卒業した後、養父に会えたことはない。
妻も、義父も、自分から離れてしまった。
別れ付きまとう人生だった。
それでも
別れを経ても
何度も新しい命に出会う
思いがけず、めぐりあう
別れが出会いにつながっていく
「ありがとう…」
ラムルがいた場所に私は1人つぶやいた。