寒いのはきらいだから。 指に絡む柔らかい猫っ毛から香るシャンプーの香りを、ここ数日の間何度も思い出そうとしてるけどなかなか上手くいかない。
あのドラッグストアやスーパーでいつも底値で売り出されてるシャンプー。しかも若干薄められてるのをさほど気にせず使ってる至さん本人より、俺の方があの香りにきっと馴染みがあるはずなのに。
だって、どれだけあの髪に顔をうずめて口づけて来ただろう。至さんお気に入りの黒い布地のソファーの上で。
ひょい、と手を伸ばせば届く距離で。
その日常から離れてもうすぐ十ヶ月だ。
大学の制度で一年間のアメリカ留学の機会を与えられた俺を、劇団のみんなは快く送り出してくれた。勿論至さんも。
大学と提携して安く借りられてる学生ばかりのアパートは、寮で兵頭と同室生活を送っていた俺にとっては十分過ぎる広さだ。いつでもどこかで話し声や物音がしてた寮よりもきっと静かで少し寂しい気持ちになるかもしれないと思ったここでの暮らしも、周りはどいつもこいつも一癖も二癖もある様なヤツらばっかで、思ったよりずっと騒がしい。結局個人部屋がある学生寮の様なものだ。
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