おれと辻ちゃんはボーダーを辞めることになった。それに伴い、記憶封印措置が取られることになった。
そしてボーダーのこと、ボーダーで出会った人など、諸々のことを忘れることになった。ボーダーに入る前から知り合いだった人たちのことは覚えているらしいが、ボーダーで初めて出会った人たちは綺麗さっぱり忘れてしまうらしい。
その説明を受けてもおれたちは意志を変えなかった。
記憶封印措置が行われる日は明日の夜。そしてその日は、実質的に付き合っている辻ちゃんと別れる日でもある、ということだ。
隣を歩く辻ちゃんの表情を伺うが、いつもとあまり変わらないように思える。悪戯心から辻ちゃんの手に自分の指をするりと絡めると、辻ちゃんは少し体を固くした後柔く握り返してきたことで薄く目を見開いた。
「…辻ちゃんが怒んないの珍しいね。外でこういうことするといつも怒るのに」
辻ちゃんはおれの目を見つめた後、地面に目を落とした。
「……今日は、最後なので」
「……そっか」
いつも通りに見えたのは気のせいだったらしい。今日はおれと辻ちゃんが記憶封印措置を行われる日だ。だから、最後に一緒に遊ぼうという話になり、今まで行ったことがなかった遊園地に向かっている。
しばらく2人とも無言で歩くと目的地である遊園地についた。遊園地は今日が平日ということもあり、人が少ない。
「辻ちゃん」
ゆっくりとこちらを向いた辻ちゃんにおれはわざとらしく笑みを作った。
「今日はいっぱい遊ぼうね」
思い出を作ろう、なんて、口が裂けても言えないけれど。返事はなく、けれど、辻ちゃんはこくりと頷いた。
絶叫系のジェットコースターから始まり、空中ブランコ、コーヒーカップなんかにも乗った。他にもメリーゴーランドは学生といえど男2人で乗るのは気恥ずかしかったが、最後だからと一緒に乗ったり。
辻ちゃんもおれも遊園地に入ってからは記憶封印措置の話は示し合わせたように一切口に出さず、ただただ楽しんだ。辻ちゃんも稀に見るほどはしゃいでいたように思う。
けれど、そんな時間にも当然終わりが来る。
「……もう、時間だね」
夕暮れの景色はボーダーに行かなければならない時間が迫っていることをおれたちに知らせていた。
辻ちゃんは返事もせず、景色を眺めていた。
「最後に観覧車でも乗る?まだ乗ってないし」
「……はい」
繋いだ手をひくと辻ちゃんは無言で着いてきた。
観覧車には待っている人がおらず、スムーズに乗ることが出来た。おれが先に中に入り、腰かけると意外なことに辻ちゃんは隣に座ってきた。少し目を丸くした後、目を細め、そのまま外に向けた。
ゴンドラが上がるにつれ三門市の風景が視界いっぱいに広がる。
「……おれたちが、この街を守ってきたんだね」
握ったままの手がぴくりと小さく動き、少しだけ力を込められる。
「………先輩、最後に、抱きしめてくれませんか」
最後、という言葉におれは息を詰まらせた。そして辻ちゃんの方にゆっくりと手を伸ばす。
手は繋いだまま、辻ちゃんの背中に手を回すと辻ちゃんもそれに倣うようにおれの背中に手を回してきたかと思うとおれの首元に顔を埋めてきた。
「……ごめんなさい、犬飼先輩、俺、無理です…」
しばらく経ってから発せられた絞り出したような辻ちゃんの声は可哀想なほど震えていた。
「忘れたく、ないです……ッ…俺と先輩が会った日も、ただの会話も、ッ先輩が、告白してくれたことも、」
肩が湿る感覚に、辻ちゃんが泣いているのだと気づき、無意識に唇を噛んだ。
「俺は…ッ…全部、覚えてたい…ッ」
嗚咽混じりに吐露された辻ちゃんの気持ちに心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。
「……おれもだよ」
おれの肩に顔を埋める辻ちゃんの顔に手を這わせ、真正面から目を合わせた。
「……記憶が消えても……絶対、おれが辻ちゃんのことを見つけるから、だから、待ってて」
記憶が全て消えるのだ。きっと、この口約束は守られないだろう。そう、頭では分かっているのに、おれはそんな優しい言葉を吐いた。
けれど辻ちゃんは一際くしゃりと顔を歪めると会ってから1番の笑顔を見せた。
「はい…ッ待って、ます…ずっと……」
辻ちゃんの顔が夕陽に照らされ、目尻に浮かぶ雫がきらりと輝いた。
もしボーダーに関する全ての記憶が消えても、辻ちゃんのこの笑顔は忘れないだろう。
最近変な夢を見る。
内容は知らない男の子と遊園地に行くというものだ。おれとその子は手を繋いでいて、ただならぬ関係であることが伺えた。何故男の子と?と思うものの、不思議と不快感はない。しかし、夕方になるとそれまで楽しく遊んでいたはずなのに、男の子は急に泣き出すのだ。そして最後に男の子が笑って、それで______
重たい瞼をゆっくりと開ける。頬に手を這わせると濡れていた。この夢を見る時はいつもそうだ。
時計を見るとまだ8時で、休みの日に目を覚ますには少し早い。もう一度目を閉じるか少し迷った後、おれはベッドから起き上がった。
朝食を食べた後見たい映画があったことを思い出し、街へ出かけた。しかし、映画はなんとも言えない出来で、期待していたほどではなかった。
スマホを眺めながらこれからどうしたものかと考えていると同じくらいの身長の男の子とすれ違った。それはまだいい。問題はその男の子が夢に出てくる男の子と全く同じ顔をしていたということだ。
は、と息を飲み、その事実に数秒固まった後おれは走り出した。そして男の子の腕を掴み、引き止める。
男の子は突然腕を掴まれたことに驚いたように目を見開いていた。
「どうかしました…?」
何も言わず自身の腕を掴む不審者にも男の子は優しく声をかけてくる。しかし。
「え…と……ど、どこかで、会ったこと、ない…?」
動揺からかおれの珍しく下手な言葉選びに男の子は当然訝しげな目線をおれに向けた。
「……俺、男ですけど」
「いや…それは見れば分かるんだけど…」
「……ああ、宗教勧誘なら間に合ってるので」
おれの腕を振り払い去ろうとする男の子に慌てて正面に回り弁明する。
「待って待って待って、そういうのじゃなくて、ほんと、あの、」
この後なんとかして男の子から名前と連絡先を聞き出すまで、後5分。
おれが男の子…辻ちゃんと付き合うまで、後_____