ドルパロ犬辻がラジオするだけの話「やばいやばいニコイチラジオ始まっちゃう…!」
肩に下げていた通勤用カバンを床に投げ捨て、スマホの電源ボタンを押す。そして慣れた手つきで配信アプリを開いた。
ニコイチラジオ、とは、同じアイドルグループで活動している犬飼澄晴……通称先輩と、辻新之助……通称辻ちゃんの2人がパーソナリティを勤めるラジオの名称である。
片方が片方の話しかしなかったり、時折ご飯を食べていたりなどなど、なんとも自由な緩いラジオで、彼らのファンを筆頭に人気を博している。
かくいう私もそのファンの1人で、箱推し…というやつだ。
そもそもアイドルなんて興味なかった私がハマっているのはかなり珍しく、友達にこの趣味をカミングアウトするとよく驚かれる。しかし、女の子の扱いが得意そうな先輩と、パッと見軽くあしらいそうなのに女の子が苦手ですぐ赤面してしまう辻ちゃんという正反対な2人なのに、その実阿吽の呼吸と言えるほどのコンビネーションや信頼関係を見せられてしまえば堕ちるのは必然と言うべきかなんというか……
意識が変な方向に行っていると、先輩の声がスマホから聞こえてきたところでハッとする。ぼーっとしながらも配信はしっかり開いていたらしい。我ながら少し気持ち悪い。
「はい、今日も始まりましたニコイチラジオ。今回もパーソナリティは犬飼澄晴と……」
「ついれす」
「辻ちゃんです。辻ちゃんが今日食べているのはコンビニ新商品であるシュークリームでーす。辻ちゃん、美味しい?」
「……」
「美味しいらしいです。ちなみに辻ちゃんはこのシュークリームの前におにぎり2個と肉まん1個、アメド1本、菓子パン1個を食べてます……っと、食べ終わった?」
「ラーメン食べたいです」
「お、ラジオ終わったら行こっか。いつものとこでい?」
「はい」
「了解了解〜……っと、そろそろスタッフさんに怒られそうなので最初のコーナー行きまーす。じゃあ辻ちゃんよろしく」
「はい……ええと、最初は『リスナーさんのお悩み解決コーナー』です。『限定的なかわらぎさん』から……」
「辻ちゃんいつも通りで癒される〜……」
辻ちゃんの相変わらずな様子と食べたものの報告に仕事の疲れが吹っ飛んだ。先輩が全く動じてないことも、何も言っていないのにも関わらず意思疎通が取れていることも何気にポイントが高い。
ちなみに、辻ちゃんがラジオ中に何かを食べている率はとある暇人リスナーが計算したところ脅威の70%越え。単純計算3回に2回は物を食べていることになる。
仕事なのにそれでいいのかという声もあるにはあるが、先輩を筆頭にスタッフもファンも基本的に辻ちゃんに甘い。時折食べ物に夢中になって無言になることがあるものの、話は聞いているし、相槌は打つし(何を言っているかは分からないことが多いが基本的に先輩が通訳してくれる)、問題ないということになった。
「『先輩、辻ちゃんこんばんは』
こんばんは。
『最近夏が終わり、段々と寒くなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか……などという話は置いておいて、さっそく質問です。実は、前々から好きだった人に告白しました。そしてなんと、OKしてもらえ、付き合うことになりました』…………」
「……辻ちゃん?」
「………………先輩、これ、その…恋愛相談……ですかね…?」
「そうじゃない?今のところは、だけど」
「…………あの、変わってくれたり、」
「辻ちゃん頑張って、応援してあげるから」
「………………」
「後で辻ちゃんが好きなケーキ屋さんのシュークリーム買ったげる」
「…………2個……」
「食いしん坊だなぁ……犬飼了解」
「絶対ですからね……『それに伴い初めて人と付き合うことになったのですが、どうすれば恋人らしいことが出来ますか?また、おすすめのデートなどがあれば教えてください』……だそうです。犬飼先輩、後はよろしくお願いします」
「あはは、辻ちゃんにはこういうのはちょっと難しいか。ま、読めただけ及第点かな」
先輩ほんとにそういうとこ!!!!!
あくまで自然にマウントを取るな!!!!!!!
犬飼澄晴……お前はいつもそうだ……いつもそうやって誰に対してもマウントを取ってくる………ファンぞ?我、ファンぞ???
ニコイチラジオでは基本的に、お便りの主な回答は読んだ人がする。しかし辻ちゃんは女子が苦手なことも相まって恋愛相談があまり得意でない。なのでいつもは先輩に代わってもらうことが多いのだが、今回は好物への執念が上回ったようだ。
辻ちゃんに対する先輩の対応に言葉も発せず悶絶していると考え込んでいたらしい先輩が口を開いた。
「……そうだなぁ、おれなら映画行った後カフェでも入って感想言い合ったりとかかなぁ。面白かったら話弾むし、面白くなかったら次は他の見に行こって話せるからおれは結構好き」
「……それ、前に俺と行ったやつまんまじゃないですか?」
「あ、バレた?」
「適当なのはよくないと思いますけど」
「えー?大真面目なんだけどなぁ」
えっ口説いてるやつじゃん……???
へぇ、先輩は流石だなぁ、と感心していると急に横からぶん殴られた。
えっこれはなに、私はなにを聞かされてるの?先輩と辻ちゃんがデートしましたっていう報告???
「ちなみに辻ちゃんはどういうのがいいとかあるの?」
「え……と……浴衣で夏祭り、とか……?」
「あはは、辻ちゃんはピュアだね〜、今どきそんなのないって」
「…あるかもしれないじゃないですか」
ムッとしたような辻ちゃんの発言にとっくに女の子と呼べる年齢を過ぎ去った私は思わず半目になる。
「……まぁ、ないよねぇ」
大人になったら特に。
……そう思っていたのに、後日インスタにて浴衣を着た2人が夏祭りに行く様子の投稿がされ、また発狂することとなる。
「今日も始まりましたニコイチラジオ。パーソナリティは犬飼澄晴です……」
いつもならすぐに辻ちゃんの言葉が続くはずなのにそれがないことで、あれと思っていると疑問はすぐに解消されることとなった。
「今日は辻ちゃんが風邪でおやすみしていまーす……正直もう帰りたい……」
っ
聞き間違いかとも思ったがそうではないらしい。
「でもそうしちゃうと後で辻ちゃんにもスタッフさんにも怒られるので頑張ります……っということで、お便りが届くまで辻ちゃんの体調報告していくね。
本人曰く頭痛いとかそういうのは一切ないらしくて、ただ熱が出てるだけだったよ。朝ごはんも普通に食べてたし……辻ちゃんああ見えて結構鈍感だから自分の体調の変化とかも気づかないんだよね。
今日も普通に家出ようとしてたんだけど、なんか顔赤いしいつもよりぽやってるから熱計らせてみたの。そしたら何度だったと思う?38度5分だよ?!そこまで行ったら普通なんかおかしいなーって思わない?そのうちインフルとかにかかっても気づいてなさそうで怖いよおれは……お、お便り来たみたいです。さっそく読んでいくね。最初のお便りは……『数え切れないちぃ様』さんから。
『先輩こんばんは』
こんばんは。
『今日は辻ちゃんが風邪でお休みということで、是非とも先輩に看病してあげてほしいです。特に最近はコンビニの進化が目覚ましく、パックのおかゆなども美味しくいただけるので試してみてください。』
うーん……ありがたいアドバイスなんだけど……辻ちゃん風邪の時でもよく食べるからなぁ。多分食べたいもの聞いてもおかゆとかゼリーとかの可愛げあるやつじゃなくてお肉食べたいって言うと思うんだよね。一応帰り際に買ってくけど多分おかゆはおれの晩ご飯になりそうかな……まぁ結果はどうあれ次のラジオで報告するね。
『話は変わるのですが、近頃推しの色の小物が持ち物を侵食し始めました。困ってはいないのですが、見かける度に買ってしまっている自分がいます。対処法などはありますか?P.S.先輩も辻ちゃんの風邪がうつらないよう気をつけてください』
あーわかる、おれも最近紫の物見かけるとつい買っちゃうんだよね〜。最近買ったのは……あ、そういえばこの前辻ちゃんと一緒にお揃いのネックレス買ったんだけど、辻ちゃんおれのメンカラ選んでたの!めっちゃかわいくない?!あ、おれのはもちろん紫ね。
やっぱりね、おれと辻ちゃんは相思相愛なんだよ。みんなおれの一方通行とか好き勝手言ってるけどさ。
……まぁ、他の色選んでてもどうにかして水色にさせてたけどね。
で、なんだっけ、対処法?んー……純粋に疑問なんだけど対処する必要ある?辻ちゃんへの愛を全身で語れるんだよ?問題なくない?ないよね、じゃあ次のお便りは……」
「ぉ………………」
思わず両手で顔を抑えるが、うめき声が指の間から漏れる。
マウントが……マウントがすごい……
辻ちゃんのことは自分が1番知ってると言わんばかりに話した後お揃いのアクセサリーを買った話をして?相思相愛ってなに??同じグループとは言え普通男同士で言う???挙句推しの話だったはずなのになぜか辻ちゃんの話に変わってる…………なんだこれは…………
しかも私の受け取り方が正しければ一緒の家で寝てない??同棲?同棲なのか??それともたまたまお泊まりしただけ?
何かがおかしいと思うはずなのに先輩だとこれが通常運転に思えてくるからそれもまた怖い。
投下された燃料を消費する前に先輩が話し始めたことで顔を抑えたままなんとか耳だけ傾ける。
「『現実逃避急行列車』さんから……
『先輩こんばんは』
こんばんは。
『いつも楽しくラジオを聞かせていただいています。冬が近づくにつれ、空気も乾燥してきましたね。そのため昨日の私はいつもより入念に化粧水を塗りたくり、乳液を肌にすり込んでから眠りにつきました。』
おれも昨日はしつこいくらいにスキンケアしたよ〜おかげでお肌もちもち。
『そして今朝、事件は起こったのです。私はいつものように寝ぼけ眼を擦りながらベッドから降り、洗面所に向かいました。鏡を見ると自分の顔に違和感が。嫌な予感を覚えつつも頬に手を這わせると手のひらに感じる感触、それはまさしくニキビでした……そこで質問なのですが、先輩はニキビが出来たらどうしていますか?そもそもニキビは出来ますか?ちなみに私は軟膏を塗って見なかったことにします。』
そりゃーおれだって人間なんだからニキビの1つや2つできるよ。んー、どうするかかぁ…おれはニキビができたら基本皮膚科直行だなぁ。素人が弄ってもいいことないし……っていうかみんな聞いて!!辻ちゃんってば体も顔も髪も全部石鹸で洗ってんの!!それなのにほっぺとかあんなすべすべなのありえなくない?!髪も全然ごわついてないどころかさらさらだし……おれめっちゃ高いの使っててこれなのにさー!」
これ、という言い方だとあんまり状態がよろしくないのかと思えるが、実際のところ先輩も肌はつやつやだし髪もさらさらだ。なにを使っているのかなんて私が使っているものより良さそうな物を使っていそうだから想像したくないが。
「おれの使ってるやつ総額いくらすると思ってるのかなぁあの子。多分……というか辻ちゃんの愚痴言ってて気づいたんだけど、辻ちゃんに面と向かってかわいいって言うと怒られるけど今日はいないからいっぱい言えるじゃん。ちょっとだけ話させて。
まずはね、辻ちゃん自分のことかわいい系じゃなくてかっこいい系だと思ってるからか、かわいいって言うと怒るんだよね。でも怒ってる顔もかわいくてさー……後はみんなはあんまり知らないと思うんだけど、辻ちゃんってご飯食べる時ほっぺ膨らませて食べるんだよね。そこがねー、なんかもう、すっ……ごいかわいい。それから……あ、辻ちゃんってね、ご飯食べる時絶対いただきますって言うの。しかも口だけじゃなくてちゃんと手ぇ合わせるのが好き。そんで……」
「で、辻ちゃん寝言で………ん、スタッフさんが何かフリップを……えっ、もう終わる時間?ほんとに?うわほんとだもう後1分もないじゃん?!……えーと、それではみなさんまた来週、お相手は犬飼澄晴でした」
後半は普段に比べると若干早口で締められ、それとほぼ同時に配信画面がクローズする。しかし、私は配信終了から何十秒経とうともスマホを手に取れずにいた。
「…………えっ……は…?」
放送時間の約9割が辻ちゃん可愛い話だった。
何を言っているかわからないと思うが私もわからない。むしろ誰か私に説明してほしい。
びっっっくりするぐらいノンストップで語られた辻ちゃん可愛いポイントに脳がパンクしそうだ。衣装のネクタイがうまく結べなくて先輩に1日かけて教えてもらった??なんだそれはかわいすぎんか???
ていうか寝言で……ってなに?!何言ったの辻ちゃんは!!
「はーむりむり供給過多すぎる……」
私には誰に言うでもなくそう呟きながらこの情動をなんとかして吐き出そうとSNSを開くことしかできなかった。
「はい、今日も始まりましたニコイチラジオ。今回のパーソナリティは犬飼澄晴と」
「辻です」
「はい、ということで…今日はね、辻ちゃんが風邪から復活したということでお祝いの日です」
「その節はご心配おかけしました」
「ほんとにね。あ、ちなみにあの後おかゆ買って帰ったんだけど、予想通り辻ちゃんがお肉食べたがったからおかゆはおれの晩ご飯になったよ。代わりに辻ちゃんには肉うどん作ってあげた」
「おいしかったです」
「そういえばあの後ちゃっかりゼリーも食べてたよね?ほんとに風邪引いてた?」
「……恐らく?熱はありましたし」
「普通熱あったらあんなに食べないよ……まぁ、この話はここら辺にしといて、お便り来たみたいだし読んでこっか。辻ちゃん復帰早々だけど読む?」
「じゃあ……『そこはかとない焦燥感』さんから
『先輩、辻ちゃん、こんばんは』
こんばんは。
『いつも楽しく聞かせていただいています。辻ちゃんが風邪と聞いた先週からずっと心配していたので、元気になったようでよかったです。』
心配させてしまってすみません。犬飼先輩のおかげでなんとかなりました。
『本題です。1週間ほど前にコンビニでケーキを買いました。そしてつい先程、そのケーキを冷蔵庫から発掘した次第です。消費期限は4日ほど過ぎています。』」
「……え、ちょっと待ってもしかして……」
「『しかし、私は食べることに決めました。』」
「うわ……え、ほんとに……?辻ちゃんでも食べないよ…?」
「失礼な、俺は消費期限切れになる前に食べますよ」
「いやそういうことじゃなくてさ……」
「続き読みますね?
『ショートケーキの生クリームは若干溶けているように感じましたが、パッケージに書かれた生とろという字が私の心を勇気づけてくれました。』」
「いやそれだめなやつだって!」
「『意外とおいしかったそれを全て食べ切り、腹痛のようなものを感じながら今お便りを書いています。』」
「ようなものじゃなくて腹痛だから、それ!えっペンネームのそこはかとない焦燥感ってもしかして腹痛のこと?!」
「『さて、質問です。』」
「さてじゃないよ…せめて胃薬飲みなね?ほんと…」
「『先輩と辻ちゃんは何かこれは失敗したな〜ということはありますか?私は消費期限切れのケーキを食べたことです。』」
「ほらーもう失敗だって思ってるじゃん……」
「お大事にして欲しいですね…」
「えぇと質問が……失敗したなってこと?辻ちゃんなんかある?」
「え…なんでしょう………あ、俺、一人暮らしし始めの頃に夢だったシュークリームとバターどら焼きをお腹いっぱい食べたんです」
「……うん?」
「そしたら食べた時間が悪かったのもあって晩ご飯が食べられなくて……あれは失敗しました…」
「あはは、辻ちゃんは子供だなぁ」
「…1歳しか変わらないじゃないですか」
「そういうことじゃ……まぁでも、20歳と19歳の1個差はでかいでしょ、おれはお酒飲めるけど辻ちゃんは飲めないじゃん」
「…それは……確かに……?」
「でしょ?…ま、辻ちゃんが20歳になったらおれがお酒の味教えたげるから楽しみにしといて」
「……はい、楽しみにしてます」
二次創作で見たやつだ……
先輩がにこってしただけで辻ちゃんが顔赤くするやつだ……ニコポじゃん……いや辻ちゃんは先輩にだけチョロいんですけどね……
「じゃあ次はおれの番ね。ペンネーム『おにくおいしいさん』から……
『いつもニコイチラジオを楽しく聞かせていただいています。2人のイチャイチャは健康に良く、寿命が伸びて大変助かっています。』
あはは、頑張って100歳まで生きようね。
『本題なのですが、ずっと気になっていたことがあります。先輩と辻ちゃんは犬辻なんですか?それとも辻犬ですか?』
犬辻だね。次のお便りは……」
……………………えっ
お便りの内容に一瞬心臓が止まったが、その後の息継ぎすらしない即答ぶりに息を吹き返した。
えっこれ現実?わからんわからん助けて誰か
即座にスマホを開き、SNSアプリを起動しタイムラインを見ると犬辻派であるみんなが物の見事に発狂しており、一安心する。
次のお便りを読む先輩の声が聞こえているのに全く頭に入ってこず、先輩の“犬辻だね”という言葉だけが頭の中で木霊する。
いやでもよくできた夢の可能性があるな……ラジオ聞き終わったら1回寝てそっからもっかい考えよ…………
(その間辻ちゃんは意味が分からなかったのか、「いぬつじ?ってどういう意味ですか?」と聞いていたが、先輩に軽くあしらわれていた。)
おまけ
「(お嫁さんにするならどんな人がいいですかというお便りに対して)辻ちゃん」
「なんですか?」
「あぁ、ちがうちがう、お嫁さんにしたい人が辻ちゃんって話」
「俺女性じゃないですけど…」
「そんくらい分かってるよ。ちなみに辻ちゃんは?まぁもちろん、」
「え、と……ひゃみさんとか……?」
「ッはあ?!なんでおれじゃないの!?!」
「だって犬飼先輩男の人ですし……ひゃみさんならまだ話せるから…」
「辻ちゃんの浮気者!!もうおやすみのちゅーしてあげないから!!!!」
「したこともないことをあたかもあったかのように言うのはやめてください」
辻ちゃんの報告によると先輩はこの後の収録中ずっと拗ねていたし、なんなら1週間くらいふてくされていたとのこと