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    penga_kakuri

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    penga_kakuri

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    ※水心子が酒の飲み方が悪い清麿を心配したりしなかったりする話
    ※左右のない両想い風味
    ※無害な男の主の台詞が少々

    エチルアルコール まるで曲芸のナイフ投げのように、主から緩く投擲された開封刀を中指と人差し指で挟んで受け取った。
    「それでさ、試しに自分の手首を切ってみて」
    「……? ああ、承知した」
     そう促されるまま私は内番服を捲り、細く研がれた刃先を血管の張り出たそこへと振り下ろす。この勢いならば、たとえ紙切りであろうと簡単に手首を落とせるはずだ。主の意図は掴めぬものの、そこに躊躇はひと匙もなかった。……しかし。ひゅ、と。手加減抜きで動脈を狙った刃先は、皮膚を目前にしてひたりと停止する。不思議に思い、さらに力を加えようとしても、固い壁に阻まれるように刃が私を傷つけることはなかった。
    「ほら、こんな風にね。本丸内のお前たちは、自分で自分を傷つけられないようにできている」
    「……なるほど。では、この件と私が手を拱いている清麿の件の、共通点を教えてくれないか?」
    「ううん。……これさぁ、俺の勝手な憶測なんだけど」
     私の外見とそう変わらない年頃の主が、罰の悪そうな顔で顎を掻いている。風格やら威厳やらを気にして、普段着に羽織りを取り入れ、腕を組んで見せるあたり、私と主は似たり寄ったりの間柄であった。
     憶測でも構わないと、私は開封刀を返却しつつ続きを頼む。多くが出払い、ヒトも疎な昼間の本丸。主の執務室を訪ねた私は、このところ悩みの種となっている親友の悪癖について相談をしていたのだ。
    「多分さ、清麿のそれは遠回りの自傷行為なんだよ。……あ! 別に、死ぬ気はなくて、なんというか、ストレス発散の一環みたいな」
     俺たちの年代の若者には稀に良くある。そんな矛盾した台詞に、私は首を傾げた。
     鬱屈を晴らすために、自身を傷つける。とは、あまり連続性が感じられない。理解と納得が及ばず、もう少し説明を求めると主は困ったように眉を下げた。
    「俺も詳しくねえよ。確か、痛みに生を実感するだとか、血を見るとスカッとするだとか。昔、学校に居たんだよ」
     そういうの、趣味にしているやつ。俺は外を走り回っていれば、十分気晴らしをできる単細胞だったから。へらり。自分は繊細ではないと言いたげに笑う主に、主軸から逸れる覚悟で私は忠言を添える。
    「主、自分を貶める発言は控えるべきだ」
    「え、そこが注意されるの?」
     変なところで話の腰を折られたと大袈裟に肩を落とした主は、とにかく! と、軌道修正を図る。
     ストレス発散が目的なら、無理に止めさせると返って悪影響が出るかもしれないから慎重に。少なくとも、月に一度や二度で抑えておくという、清麿の意志を感じるうちは、様子見で大丈夫だろうと。ただし今後、回数が増すようなら教えて欲しいと言われ、主は最後にアルミシートに包まれた薬を二錠、私の手に握らせた。
    「拝命しよう。軍の瑕疵となれば事だからな……」
    「非番を選んで確信的にやってるあたり、まだまだ理性はあるさ。逆にお前が見守ってやるといい」
    「……そうだな」
     お大事に。医者まがいに嘯いた主へ一礼をして、襖を閉じる。目的物を得て、悩み事もいくらか晴れ、私は足早に自室の棟へと引き返す。歩調がしばし荒くなるのは、悪癖のせいで撃沈中の阿呆のせいである。
     二日酔いで動けないから、頭痛薬をもらってきて欲しい。始めこそ、心配をして右往左往したものだが……。月に一度の恒例行事となった今。呆れを通り越して、今日のように先回りまでしてしまう始末である。私の無二の親友はとても素晴らしい刀だ。申し分なく強く、美く、誇り高い刀だ。――ただし、彼の酒の飲み方だけは。そんな選りすぐりの賞賛を軒並み焙烙箱で爆発四散させるほどに、酷いものであったのだ。

     清麿の口数が減ってくると、それは合図のようなものだった。軍帽に翳って解りづらいが、常に眉間へ皺が寄り、眼光が鋭くなる。だのにヒトが近づけば、瞬時に猫を被って見せるのでタチが悪い。
     決まって月末。夜も耽ると、隣り合う部屋の壁越しにアレを聞いた。湯呑みが座卓を打つ乱暴な音。普段は付き合いだろうと一滴も飲まない癖をして、彼は鬱屈が我慢の限度を越すと、馬鹿のひとつ覚えのように酒を浴びる。私は清麿が酔えないことを知っていた。酒席の素面は、それはそれで孤立感を助長するのだと言って、盃を断ることも知っていた。……しかし、事実は異なることも、私は知っていた。
     彼は酒が頭に回らないだけで、肉体はしっかりと過剰に摂取した酒精の洗礼を受けてしまう体質だ。つまり、蟒蛇どものごとく特別酒に強いわけでないのである。
     涼しい顔で、情緒もなく湯呑みに並々と注ぎ、機械的に腑へ落とすことの繰り返し。独りで、楽しくもないのに。閉じこもって出てきやしない。ここで私が咎める声をかけようものなら、烈火の如く怒り、拒絶し、追い出されるため静観に徹するのだ。でないと翌日に、他でもない清麿自身がやたら湿っぽくなるので、宥めるのが面倒くさい。
     ガツンと、いっとう強く湯呑みが天板を叩き、半ば焦ったような駆け足で、遠ざかる足音。それをゆっくりと聞き届けて、私は丑三つ時を差した時計の針にため息を吐くのだ。絶え間なく飲み続けて、これで二刻ほど。今夜は長丁場かな。半刻で戻る様子が無ければ厠を覗きにいこうかと考えながら。まずは勝手に清麿の部屋へ侵入し、空の酒瓶と飲みかけ湯呑みを呷って片し、布団を敷いて退室。
    「ただ吐くために使われるとは、良い酒も浮かばれないな」
     口に残る鋭い辛味と、ほのかな米の甘い香り。旨い肴を摘みながら楽しめば、腑を温める良い働きをしただろうに。同情は夜闇を貯めるだけの一升瓶に注がれる。酒もまさか、効率良く苦しさを助長するためだけに含まれるとは思ってもいなかったに違いない。
     すまない。私の親友が、すまない。……そもそも、酒に全く強くない私は、清麿の飲み残しだけですっかり出来上がってしまったため。夜明け前に縺れた脚で帰ってきた隣人が、布団に沈んだ衝撃で正気に戻るまで。何故か連れ帰った空瓶に謝り倒すという、珍妙な一人芝居を演じ続けていた。

     自傷行為とは言い得て妙だ。清麿は時折、自身を痛め付けたくて堪らなくなる衝動性を宿しているらしい。己を許せない、だから罰しなければならない。一種の脅迫のような観念が脳裏に巣食っているという。そしてそれは、無視や放置で対処できるような生優しいものではない、とも。
     しかし、そんなことを他者へ伝え、さあ甚振ってくれと両腕を広げるわけにはいかないだろう。たとえ君に頼んだところで、嫌がるのは目に見えているし……。ぶちぶちと、彼は独り言のように呟いた。
    「私にその手の趣味はない」
    「だよね……」
     光が辛いと頭まで掛布を被り、僅かに開いた穴倉から血の気のない腕が伸びてきたので、頭痛薬を乗せてやる。そしてもう一度現れた、生白い手に水を汲んだ湯呑みを握らせる。
    「ありがと……」
     絡繰人形のように腕が暗がりへ引っ込み、ごそごそと蠢いた布団饅頭から嗄れた声が漏れた。完全に酒焼けをしている。にゅ、と服薬を終えた残骸が穴倉から吐き出され、私は渋々それらを脇へ寄せた。
    「……あたまがいたい……、のどがいたい……、いがいたい……」
    「毎回のことだが、望んでやっているのだろう?」
    「そう、そうなんだけどさあ……。これでも、気分は良いんだよ……気分は、……」
     自業自得を手放しで慰めるほど、私は優しくはない。清麿のことは大切に思うが、線引きは大事だった。ガラガラと天寿間近の老人のように緩慢な調子で、布団の塊は返事をする。確かに言い訳がましい言葉を並べられるくらいには、精神的に安定しているのだろう。
    「手っ取り早い苦痛の摂取方法が、これしかなかったんだ……。他は……全部失敗したし……」
    「無理な飲酒も強引な嘔吐も、あまり頻繁に行えば胃に穴が開くし喉が裂ける。今後もほどほどにしておけと主からお達しだ」
    「ふふ……。文字通り、肝に銘じておくよ」
     さては清麿、結構元気だな。冗談を交え、自分で笑い出すあたり。夕方くらいにはケロッとした顔で、今日の夕飯はなんだろうとか言い出すに決まっている。はあ、山を越えればいつもコレ。回を重ねるごとに段々とおざなりな対応になってしまうのも、仕方のないことなのだ。
     数日間の鏖殺せんとした鬼気迫る雰囲気も、酒臭い彼からは感じられなかった。日常の顔。穏やかで、嫋やかな、柔らかい親友の顔。できればいずれ、清麿に深く根を張る悩乱の根源を取り払ってやりたいと思っている。でなければ、彼の鬱気と共に厠に流されてしまう酒たちが可哀想だ。
    「……んん? 水心子、僕の心配はしてくれないのかい?」
    「いや。あまりの芸のなさで最近、清麿の心配するのも飽きてきたというか……」
    「ちょっと! ……近頃僕の扱いが雑だなって思ってたんだけど、……そういうこと?」
     がばりと掛布が捲れ、濃い酒気を纏った親友が飛び出してくる。悲壮感に塗れ青褪める顔色は、二日酔いのせいか、はたまた私の弄言のせいか。
     慌てふためく彼をいなし、さてどうでしょうと揶揄いながら。私は今にも泣き出しそうな親友のその反応を、酔い潰れ介抱の駄賃としたのだった。
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