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    penga_kakuri

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    penga_kakuri

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    ・3hライティング
    ・親友ヂカラの強い水心子+頭の痛い清麿
    ・親友なんだけれど若干いびつ

    キミの霍乱 陰気な雨の日は何事においても気力が湧かない。湿気を含んだ風がゆらゆらと纏わりつき、つい先日までの乾いた卯月の空気を台無しにする。刀の時分から厭わしく思っていた雨天が、人の身なればマシかと思いきや。別にそんなことはなかった。雰囲気として好む者こそあれ、肉体的には誰しもが重怠さを感じている。
     こんな日は何をしても上手くはいかないし、手掛けたところで満足できるわけもない。肉叢の鎧を着込んで幾星霜、とは言い過ぎでも。決して短くはない年月と付随する四季をこの身で味わってきた。
     億劫な心持ちで濡れ縁を歩く。僅かな時間でも肌に張り付く水気が煩わしい。昨日の日中など、照りつける太陽に袖を捲ったのに、今は肌寒さに身を竦めていた。
     池に住み着いた雨蛙が意気揚々と鳴いている。普段は草葉の裏で干涸びたように萎んでいるので、今日は元気にはしゃいでいられて嬉しいのだろう。まあ、実質あれは恋の歌だ。ひと月もしないうちに、透明な皮膜に包まれた卵が水面に浮いている。
    「…………」
     無造作にジャージのポケットへ突っ込んでいた端末が一瞬、メッセージを受信し震える。足を止め、画面を確認すると、開封するまでもなくすべての文面が確認できた。――『あ』、たったひと文字。それを見て、短息。送り主の説明など不要だろう。私は、まず己の現在位置から効率的な立ち回りを思案した。

     一応、まだ真昼間である注釈を入れておこう。外は延々と薄暗いので、体感としての時の進み具合が狂うのだけれども。つまり、眩しいと目を眇める動作は本日発生しない。それどころか室内では電灯を点さねば、多少の不便すらあった。
     だのに、執念深く。それはもう執念深く彼の居室のカーテンは引かれていた。私の部屋には一般的な素材の、要は備え付けのそれから取り替えたりはしていないので。わざわざ遮光に特化したものと交換し、さらに隙間から光が漏れないようオーバ気味に、レールから新調した彼の棲家は真っ暗だった。まるで深夜だ。師走の真夜中でもここまでは暗くない。
     現在、暗澹たる境地に置かれているであろう彼の心情に似た闇に踏み入れるのも、数度となれば小慣れたものだった。ごくごく細く扉を開け、無駄な物音を立てぬよう身を滑り込ませる。抜き足差し足、忍び足。暗闇でも人並み以上には機能する目玉は、こんなトコロでも使い道があった。
    「………………」
     絶対に声を出さない。聞かない。聞かずとも、「あ」の一文字からおおよその意図は読み取れる。というか、膨れた布団の、枕にうつ伏せた頭に問いかけようものなら、彼の豊かな膂力を帯びた渾身の一撃がお見舞いされる。音源に向かって適当に振りかぶる癖に、きっちりとヒットさせてくるので危険極まりないのだ。
     ぞんざいに置かれたベッドサイドの屑籠と引き換えに、掛布へ半分埋まった後頭部へ持参品の氷嚢だけ載せておく。どうせ、ほとんどは本人が手を打った後なので、実際私の役割は無いようなものだった。自己完結できない部分を少し、手伝うくらいである。あまり手を掛けすぎても、彼は嫌がるので。惨めさに拍車がかかるのだと。その心は……わからないでもない。
     ほんのたまに、本日のごとく嫌な雨の日が彼の鬼門。台風は最上位の災厄だ。心許ない、または無性に落ち付きのない雰囲気を彼から感じた頃には、さっさと自室に篭ってあの有り様である。終始無言。呻き声ひとつ上げやしない。ひたすら沸々と己が内より迫り来る地獄に相対し、薬と時間に頼ってやり過ごす。どうすることもできないし、どうしようもない。命を奪う気のない宿痾のようなもの。下手に共感の意を表すと「知らない口が易々と」と言いかけ、そのまま飲み込んだような顔をするので、この件に関して私は肯定しかしないことにしている。……寝不足の朝や悪酔いの翌日のアレと比べたら、きっとしばらく口を聞いてもらえなくなりそうだ。

     新しくビニル袋を掛けた屑籠を片手に、思い立って私も彼の部屋へ篭ることにした。どうやら、思った以上に、私と彼はふたりひっくるめて認識されているらしい。出会う面々に「相方は?」と聞かれて答えを迷うのも面倒であるし、後々彼と連れ立っている場で「今日は見なかったけど」と悪気ない問いが彼へ飛ぶのも避けたかった。
     いや、素直に率直に真実を伝えれば良いのだ。理由を聞いて、難癖をつける者など誰もないない。むしろ労わってくれるだろう。だが、仲間より発せられる「大丈夫?」に、彼は酷く狼狽えてしまうから。心配は有り難い反面、重圧になるのだと。己がより不完全なモノに思え、気が気でなくなるのだと。
     だから、隠したい。これは本人の性質に因る部分が大きいのだろう。私は彼を否定する気などさらさらなかったため、その願望の片棒を担ぐことにした。なにせ、私たちは親友なので。しかし、本当の、正しい親友なら、公表するよう説得を試みるのかもしれない。彼が納得するまで。でも私はそれをしない。親友が望まぬことを捻じ曲げてやれるほど、彼は私の深い場所にはいない。同じく、彼の水底にも私の影は朧にしか存在しないに違いない。
     再び、静かに彼の傍へと戻ってきた。元の位置に屑籠を据え、投げ出されていた腕の、汗ばんだ指先に触れさせる。ここに有るぞ。そんなことも、言わずとも伝わるのだ。
     それから、床に尻を預けベッドを背凭れに端末を弄る。光量は最小限に絞り、開くのは読書に特化したアプリケーションだ。数ある分類の中から、選び出した題目は怪談である。今日のような薄寒く湿った日にはお誂え向きだろう? 本音を言うなら紙の方が臨場感を煽るのだが、実在の単行本をページを捲る雑音が耳に突く。さて、機械類はお世辞にも扱い慣れているとは言い難くとも、このくらいは私にも問題ない。侮らないでくれ。
     きし、と背後から衣擦れがする。目が文字を追うことに注力していても、微かな彼の身動ぎを耳は拾う。シーツを強く握っては、指の力が緩む音。息を詰める空白。カラカラと水気を増した氷嚢の揺らぎ。――そして、峠を越えたか、いつしかすべてが弛緩し、眠りへ移行した穏やかな呼吸音。それらを聞き届けて、私はより不可思議な異界の物語へ没頭していった。

    「――……貴重な非番を無駄にした……」
     三冊目を読み終えたと同時に、もぞりと寝返りを打った彼が起き上がる。どさ、と枕へ溶け切った氷嚢が落ちる。げんなりとした様子で、彼がサイドボードのスイッチを押すと、パッと部屋中が明るくなった。すっかり闇に目を慣らしていた私は、しぱしぱと白光した視界に顔を顰める。
    「…………え。水心子、何で僕の部屋に?」
     何故、とは心外な。
    「いや、きみが呼んだから」
    「ウソ……――うわ、本当だ。こわ、無意識だった」
     彼はさっきまで読んでいた怪談の死に返りに似た顔色をしているが、存外軽い口ぶりから不具合は残っていないようだった。見目はちょっと、そのまま廊下に出したくない土気色だけれども。
     のろのろと自身の端末を起動させた彼が、信じられないと片手で口を覆う。全く記憶にないらしい。
    「それじゃあずっと、水心子はここにいたってこと?」
     ベッドの上で胡座を掻いた彼は、バツが悪そうに私を窺う。自己嫌悪だろう。他人の自由を奪うこと、意図せず束縛することを何より彼は嫌っている。それが、いざという時に自分がされたくないから、の裏返しであるのは。鈍感気味の私でも見透かせた、彼の弱点だった。当然、知っていることは秘密である。
    「……今日は、天気が悪かった。そのため読書に耽っていたら、ふたりともついうっかり昼寝をして、こんな時間まで寝過ごしてしまった」
     申し分ない筋書きだろう? 彼の罪悪感には応えず、これから大遅刻をかました夕餉の慈悲を賜る台本を述べてみる。お腹は空いているかと尋ねたら、彼の返事より前に空っぽの胃袋が鳴いて空腹の主張をしてくれた。おや、ずっとしょぼくれていた割に、お腹はもう元気いっぱいだ。
    「私たちは親友だから、一緒に叱られてあげよう」
    「それはどーも、ありがとうございます」
     軽々しく嘯きながら放つ「親友」の誘い文句とともに彼の手を取って。私は私の唯一と、厨当番へ頭を下げるイメージトレーニングをしながら立ち上がった。
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