甘味処チャヤヤ新作の『溶けないパフエ』――自信を持って新しい氷菓子を売り出したチャヤヤの店主は、しかし厨房にて頭を抱えていた。
「うう……思ったより売り上げが伸びないし……仕入れの支払いだけでいっぱいいっぱいだし……」
閉店後の厨房で帳簿を見つめ、眉を寄せるクロマ。並ぶ数字は利益がほとんど出ていないことを示していた。
「むう」隣で同じように唸るのは給仕姿のアンジュである。「余は商いには詳しくないが、これは危ないのか?」
「すぐに潰れるとか、そういうのじゃないけど、来月も続くとちょっとまずいかも……」
アンジュが溜め息を吐く。
「思ったより客が入らなかったからの。どれだけ美味い菓子も、まずは店に来てもらわねば売りようもない」
「うう……」
菓子は食べてもらってこそ意味がある。菓子を食べるヒトへ渡すには店という場所が必要で、店を維持するには利益を出さねばならぬのだ。
「何とかしなきゃだし……」
「しかしどうしたもんかの……」
二人して唸る。唸る。
実は、客足の減った原因は分かっている。新作菓子の客受けが悪かったわけでも、味に問題が発生したわけでも、クロマの人見知りが再発し客を遠ざけたわけでもない。
「やはりヴライの奴に話をするしか」
「それはダメだし!」
咄嗟の大声にクロマ自身がびっくりする。目を丸くするアンジュにわたわたと言葉を継ぐ。
「ア、アンジュたんの気持ちは嬉しいけど、それは違うと思うし。あのヒトは菓子を食べてるだけだし」
「それはそうなんじゃが」
むむう、とアンジュは考え込む。つられるようにクロマも天井を見上げる。
客足の減った原因は分かっていた。
ヴライなる男である。
ヴライはアンジュと同じく調停者だ。ヒト並外れた巨躯と凶貌とがそれはそれはおそろしげな男である。
そんな彼が縁あってクロマの菓子を気に入り、数日おきにチャヤヤに通うようになったのはつい先頃のこと。しかめっ面で菓子を食べる巨漢に、店を訪れる客が慌ててまわれ右するようになったのも同時期のこと。
「せめてもっと美味そうに食せぬのか、あやつは」
アンジュの愚痴は理不尽だが正論でもある。愛くるしい内装でも打ち消しきれぬ威圧感を振り撒かれ、甘味を口にしているとは思えぬ仏頂面を置かれ、店の売り上げは下降の一途だ。ヴライが悪いわけではないが、彼が原因なのもまた事実。
――どうしたらいいのだろう。
結局打開策は見つからぬまま、アンジュを帰し、クロマは明日の仕込みに取りかかる。用意するギギリの殻はいつもよりも少なめにする。これでもきっと足りてしまうのだろう。肩を落とすクロマに答えが降ってくることはなかった。