砂のお城は星の音
珊瑚、というものを最初に教えてくれたのは父だった。
名を持たぬ少年は父の有する領域から出た経験がなく、父の社と、川と林と岩山とが一揃いある小さな庭と、時間によって明るさを変える空が彼の世界全てだった。
目の届かぬ場所にも、彼の手の届かぬ場所にも〝世界〟が在ると教えたのは、少年の父だった。
「珊瑚、ってモンがあってよ」
伸びる手足の痛みにしくしく泣く夜、父は血肉の抜けた手で息子の背をさすり、呟くように物語った。珊瑚、というものが海――とても広くて塩からい水溜りのことだ――に生えている。それらは死ぬと砂になる。真っ白な砂に。父の声を聞いていると不思議と痛みが和らいだ。
珊瑚は木に似ているという。珊瑚の枝は赤や、白や、桃色や紅色をしていて、触るとつやつやと滑らかだという。父の手のような触り心地なのか、と尋ねると、父は目蓋のない眼をしばたかせ「お前はおかしなことを言うなァ」と嘆息した。少年は父の手を握る。冷たくてさらさら乾いた白い骨の手。
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