甘味処チャヤヤは本日も繁盛していた。しすぎるくらいであった。
「ひええ~、な、なんで今日に限ってえ……」
「クロマ、じゃなかった、店長、注文でーす!」
「ふ、ふええ……」
そういう星の巡り合わせか、飲食目当ての客も菓子の持ち帰りの客もひっきりなしに訪れて、店主のクロマはじめ従業員はてんてこまいだ。こういう日に限って教団の応援もなく、やる気はあるが雇ったばかりで勝手の掴めていない新米従業員らと共に、クロマは店と厨房とを行ったり来たりしていた。人見知りが発現する暇もない。
厨房で甘く香る鍋の様子を確かめ、皿の数を確認し、注文の菓子を盛りつける。
菓子を盆にのせ運ぶ、そのとき。クロマは大層焦っていた。視界の端に映るはねた髪に思わず声をかけるくらいに。
「アンジュたんっ、これを三番席のお客様……に……」
当然ながら、今日は教団の調停者であるアンジュはいない。八重歯も愛らしい笑顔があるはずの位置には、見事な丘陵がそびえ立っていた。
「ほう、余に給仕をせよと?」
からかうような声は、アンジュのものよりやや低く、老成した落ち着きがある。
おそるおそる見上げる先には若い女の姿があった。客である。
「あえあわわわ間違えましたごめんなひゃい」
狂乱に陥りかけるクロマに、「よいよい」と明るい微笑が注がれる。
「三番じゃな?」
「え」
あろうことか客はクロマから盆を取り上げ、店内をすいすいと歩いてゆく。自然な動作に呆気にとられていたクロマが飛び上がる。
「おおお客にそんなことさせられないし、ですしっ」
追いすがるクロマに、客は黙って口元に指を立てた。「まあ任せておけ」とでも言いたげな笑みに、気弱な店主は呑まれてしまう。
「お待たせいたしました。御注文の品です」
「やっと来たあ!」
「おいしそー!」
はしゃぎ声の大きくなった客たちは、「こちらの茶碗はお下げしてもよろしいか?」盆を持ってきた女に問われ、「は、はい……」「お願いします……」途端ぽーっとなる。言い忘れていたが、彼女は大層姿が良い。
「店長、持ち帰りの水饅頭がなくなっちゃいましたあ~」
従業員の報告に、クロマははっと我に返る。
「もう材料がないから、売り切れの札を出して。あと、二度挽きアマム粉の在庫を確認して、だし」
「はーいっ」
お節介な客へと視線を戻す。
彼女は盆を手に笑んでいた。
「……」
深呼吸。決断。
「て、て、手伝いを、お願いしても、いいですか?」
「うむ、任せよ」
初めて会った彼女の力を借りる。そう決断できたのは、調停者たちと――他人と店を立て直した経験があったからで。
それと。
堂々と笑う彼女の八重歯が、友人に似ていたから、かもしれない。
不思議なもので。客というのは一気に来て、一気に帰る。
客の引いた店内でチャヤヤ従業員らはようやっとの休憩を取っていた。
唯一。卓につくのは、黒と赤の装束をまとう、しなやかな尻尾の女のみ。
「お、お客さん、ありがとうございました、だし……」
「良い。余も珍しい経験をさせて貰った」
給仕などしたことがなかった、と目を細める仕草に気品が漂う。いいところの出なのかもしれない。
「あの、お礼に、ウチの菓子を食べていってください、です」
「ほう、それは嬉しいな。チャヤヤの菓子は絶品と聞くからの」
品書きを差し出すクロマに、女は、
「ふむ……そうさな、折角だ。『アンジュ』なる者が好む菓子を所望する」
不思議なことを言った。
「アンジュたん……? 知り合いなん、ですか?」
「いや、知らぬよ。面識『は』ない」
それ以上を語らぬ女に、クロマは首を傾げながらも菓子の用意をする。
アンジュの最近のお気に入りは、乳で作った冷菓に黒蜜をたっぷりとかけた品だ。幸い材料はあったので手早く作って卓に出す。
「うむ。感謝する」
女は匙を取り、菓子を口に運ぶ。
「ふふ」
洩れたのは、苦笑にも似た忍び笑い。
「甘いな」
くすくす笑い、クロマに「済まぬが熱い茶を貰えるか。ああ、心配するな、菓子は美味い」茶を頼む。
「甘いなあ、うむ、甘い」
女はそう言いながら菓子を食べきった。最後の黒蜜を匙ですくいひと舐めし、茶と一緒に味わう。美味かった、とのひとことは本心からに聞こえて、クロマはほっとした。
「チャヤヤは良き店だ」女が微笑む。「菓子の美味さは無論のこと、皆が気持ちよく働いている。斯様な場での経験は、その者にとって良き糧となろうよ」
「え、えっと、ありがとうございます……?」
大仰な言い回しに、褒められた、ということだけは分かった。女は、さてと、と立ち上がり。
「厄介な奴が来る前に暇とするかの。馳走であった」
「あ、は、はい」
颯爽と立ち上がる女を慌てて見送り、
「ま、またのお越しを……!」
見送りの口上に、女は笑顔でひらりと手を振った。