燃え残りの襤褸のみを纏う躰は、黎明の森の中でも淡く輝くようであった。その輝きは少女の美しさのみに起因するのではなく、少女から立ち上る蒸気に星明かりが反射しきらめいているから、と知って尚――服を焼いたのも、靴を焼いたのも、立ち塞がるヒトを焼いたのも彼女自身と知って尚、ふらりふらりと引き寄せられてしまうような、虚ろな姿であった。
けれど。
男が少女の裸体に外套を掛け抱きしめたのは、下心からではなかった。
「お父……さま……」
男の皮膚、少女に触れる部分が赤く膨れ上がる。熱により生まれ爆ぜる寸前の水疱が、今度は真っ白な霜に覆われひび割れてゆく。
激痛の源を男は離そうとしない。行くあてもないまま動く足に己が膝を当てて止め、薄い背中をあやすように優しく叩く。
「お父さま……くるしいよ……」
それは。抱擁に対するものではなかった。
「胸が……痛いの……」
虚ろな目から涙が落ちて流れる前に乾き消える。
まともに泣くことも叶わぬまま、少女は父親に訴える。
「仕方ないの」「判ってる」「戦場に出た男が帰ってこない」「仕方ないって」
少女が何を喪ったのか、男は知っていた。
少女は一國の皇女で、男は少女の父であり皇であった。男の目と耳は、娘が考えていたよりも遠くまで届いた。
「仕方ないの、」
虚ろな目が輝く。流せぬ涙の代わりに氷の粒が生まれ周囲に降り注ぐ。焼かれ、凍らされた皮膚を叩く。
「仕方ないの……判ってるのに……わかんないよ……」
少女が。父親に、すがりつく。皮膚の崩れる異臭が漂う。
男は駆け寄ろうとする双子の従者を目で制し、唯、娘を抱きとめた。
「胸がはりさけそうなの」
父の躰を焼きながら、娘は泣いている。
「痛いよ……痛いよ……痛い、よぉ――」
今正にヒトを傷つけながら、己れの痛みばかりを叫ぶ視野狭窄の娘に、父は。「そうか」
「お前は……恋をしたのだな」
妹を。
娘の母を、見た。
穏やかな少女だった。優しくて、誰とも争ったことのない少女だった。誰も傷つけたことのない、身を食い荒らす神を全部己れだけで呑み込んでそれでも微笑んでいる、強い、子だった。
――けれど。
――兄である男は、知っていたのだ。
愛した男が二度と会えぬ場所へ行ってしまったのだと聞かされて、光を宿さぬ瞳から零れた涙のことを。「寂しくないです……。ハクオロ様は、この子を残してくれたもの……」愛おしげに腹を撫でる手の筋張った様子を。小指に巻かれていた髪の毛が、幾度も撫でるうちに切れて、それでも捨てられずに大事に仕舞われていたことも。部屋の前を通る足音に何時だって――そのヒトが扉を開けることはもうないと知ってからも、何時だって、耳をそばだてていたことも。
全部。
義兄を喪った男を気遣い「ユズハは、大丈夫だから」己れは大丈夫だと微笑んでいた妹の、言わなかったことを。全部。
抱きしめる。
恋を失って。
初めて恋したヒトを失って、「痛い」「痛い」と泣きじゃくる娘を。
「母と同じく、恋を、したのだな」
甘いだけの。切ないだけの。
幸せなだけの、恋だったと囁いて。
「痛い」も「苦しい」も言葉に成るより先に常世へと旅立ってしまった、小さな妹ごと抱きしめた。