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    okyanyou3

    okyanyou3あっとぽいぴく

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    okyanyou3

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    お題、ネコネが遺跡で扇風機を見つけた話

     溶けそうに暑い夏の日であった。
     主に客人出身の調停者をまとめる旗長アクタは、詰め所にてどろどろに汗を流しながら書類と格闘していた。
     詰め所の戸と窓を全開にし、せめてもの抵抗にと窓際に水を張ったタライを置き、羽織を脱いで衿元も大きく緩める格好だ。本心を言えばいますぐ全裸になってしまいたいが、人目もあるので諦めざるを得なかった。
    「ああ、タマミキョウが恋しい……」
     肌もあらわな泳衣で過ごすのが日常の海辺の國を想い、アクタは溜め息をつく。袖まくりした腕に書類がべたりと貼りついた。
     書類と一緒にやる気まで剥がしつつ、アクタは天井を見上げる。そこに、
    「お邪魔します、なのです」
     はきはきと挨拶し小柄な少女が入室する。名をネコネという、アクタ配下の調停者だ。
    「ネコネか。どうした」
    「教団から荷物が届いているはずなので、引き取りに来たのです」
    「荷物?」ああ、とアクタは得心する。「ナトリイトリが置いていったやつか。そこにあるぞ」
    「! 感謝なのです!」
     詰め所隅の木箱を指差すと、ネコネは目を輝かせ駆け寄った。あまりの喜びぶりが気になりアクタも傍に寄る。
    「そいつは一体何なんだ?」
    「ふっふっふ、これはですね」
     ネコネが箱から中身を取り出す。奇妙な、見たことのない材質の、形状の『ソレ』は。「遺跡の、大いなる父オンヴィタイカヤンの遺物なのです!」
    「なんと」
     アクタは目を丸くする。神代の遺物はそうそう手に入るものではない。
     ネコネは自慢げに胸を張り、
    「先日遺跡の調査で発掘して、引き取りを申請していたのです。ようやっと、ようやっと遺物が私の元に」
     頬擦りせんばかりの緩みようであった。
    「で。ソイツは何なんだ?」
     遺物はネコネの身長半分ほどの大きさであった。丸い台座には複数のボタンが並び、その隣から支柱が伸びる。支柱の先端には透明な扇のようなものが計五つ、円状に取り付けられている。ざるのようなものが掛けられているのは扇の保護目的であろうか。
     見ただけでは用途は分からない。ためつすがめつするアクタに、ネコネはふふんと胸を張り、
    「聞いて驚くのです……なんとコレは、涼むための! 遺物なのです!」
    「な……何だと?!」
     アクタが目を見開く。顔に貼りつく仮面まで汗まみれの身に、ネコネの言葉は救世の文言の如く響いた。
    「あれは遺跡の調査中でした。この遺物を見つけた私が釦を押すと、なんと! この扇が回転し、涼しい風を送り始めたのです! これは神代の冷房道具に違いないのです!」
    「お、おお……!」
     冷房。なんという玲瓏な響きか。
     金持ちの家では団扇で主人をあおぐためにヒトを雇ったり、冷気を込めた呪符を部屋に貼ったりするそうだが、かつかつの調停者にそんな余裕はない。
    「じゃあ早速」
     嬉々として釦を押すアクタ。
     何も起こらない、と認めるまでに、額から出た汗が顎に届く程度の時間がかかった。
    「……」
    「……残念ながら、動力を遺跡から得る方式の遺物らしくて、遺跡から離すと動かなくなってしまうのです……」
    「そうか……」
     神代の遺物には強大な力を持つシロモノも多く、教団はそういった遺物の管理も行っている。その教団があっさりネコネ個人に遺物を渡してきたのは『どうせ動かないから』という判断からだったわけだ。
    「それじゃあ使い途もないな。記念に飾っておくのか?」
     返答は。深い深い、「分かってませんね」とでも言いたげな溜め息。
    「遺跡でこの遺物が動くのを見たのです。動き自体は、扇がぐるぐる回る単純なものでした。動力さえ解決してしまえば同じものだって作れるのです」
    「そいつはつまり」
    「そうです」
     ネコネがきゅっと眉を上げる。
    「私は『大いなる父』の技術を現代に蘇らせるのです――!」


     日射し燦々と注ぐ昼下がり。
     詰め所裏の空き地に、アクタとネコネ、そして助っ人にと呼んだクゥランとテオロの姿があった。
    「暑い中悪いな」
    「ガハハ、いいってコトよ!」
    「チビどもとこういう手仕事をやって慣れてるからさ、任せてくれよ」
    「お二人とも、よろしくお願いするです」
     ネコネがぺこりと一礼し、作業が始まる。テオロが木材を切り出し、クゥランが形を整える。アクタとネコネで台座を作り支柱を立て、先端に穴を空ける。その穴に棒を通し、扇形に整えた薄い板を五枚、円状に取りつける。
    「それから、後ろに把手ハンドルをつけて、板を回せるようにしたいのです。出来ますか?」
    「応よ」
    「ネコネ、こっちの笊はどうしよう?」
    「今回は省略するのです。アクタさん、そっちを押さえてください」
    「分かった」
     皆して汗だくになりながら組み立て、やがて、遺物の模型とでもいうべきものが出来上がる。
    「やったあ!」
    「完成なのです!」
     はしゃぐのは年少の二人、
    「ちょいと動かして様子を見てみるかい」
    「そうだな。この把手を回して、と」
     大人たちは落ち着いて、でもわくわくする表情を抑えようともせず、
    「それじゃあ――いくぞ」
     アクタが把手を掴み、じりじりと、回す。扇がぐるりと回る。
     軋んだりずれたりする様子がないのを確認し、力強く回す、回す。
    「……」
    「……あー、その、何だ」
    「……あんまり涼しくないね」
     ぜえぜえ肩で息するアクタの奮闘虚しく涼風はそよそよとしか生まれなかった。
    「本物はもっと涼しかったのに……やっぱり、大いなる父の遺物を写すなんて無理だったのでしょうか……」
     しょんぼりと肩を落とすネコネ。アクタは仮面の下の汗を拭い、
    「一回目だろう? 失敗だってするさ。肝心なのは失敗をどう生かすかだろ?」
    「旗長の言う通りだぜ、お嬢ちゃん。最初からなんもかも上手くいくなんてそうそうねェもんさ!」
    「材料はまだあるしさ、一休みしたらもう一回試してみようよ」
     口々に励まされ、ネコネも顔を上げる。
     そこに。
     けたたましい水しぶきと「ぬるい!」のわめき声が飛び散る。
     アクタが呆れた風に呟く。「なんだ、親父か」
    「なんだとは何だ! 全く、親を茹でトリにするとは親不孝者が!」
     首から金属環をぶら下げた鴉は、勝手に窓際のタライに飛び込んでおいてそんな文句を言う。
    「この陽気じゃあ仕方ないよ。ひなたじゃ水もお湯になっちゃうって」
     クゥランのとりなしに、鴉はフンと嘴を鳴らし、
    「それで? お前たちは仲良く工作か? この時代にまで夏の風物詩が伝わっているとはな」
    「何を言ってるのか分からんが」
     実は、とアクタが事情を説明する。鴉は自称『大いなる父』、なにかとっかかりでも見つかればと思ってのことだったが。
    「ふむ」
     鴉は存外に真面目な調子で呟き、アクタの頭に乗る。
    「と、っと」
    「ここからでは見にくい。息子よ、もっと腰を落とさんか」
    「注文が多いな……」
     ぶつくさ言いながらアクタは身を屈め、鴉がしげしげと遺物の写しを観察し、
    「羽根を流線型にしてみろ」
    「は?」
    「板のままでは空気抵抗が大きく効率が悪い。抵抗が少ない形状に……ええい面倒だ、私の言う通りに羽根を加工しろっ」
     喚き立てる鴉に半信半疑のまま、アクタたちは鴉が『羽根』と呼ぶ扇を取り外し、削る。扇からまるで海鳥の翼のような形になり、更に「たわみが必要だ」との言葉に従い、テオロが火で炙り曲線をつける。
    「よし、組み立ててみろ。動力は? 手動だと? うむむ、デコイの技術ではここが限界か……」
     ぶつぶつ言う鴉を置いて、今度はテオロが把手を握り、ぐるん、と回す。

     ふわ、と。
     風が生まれた。

    「――ネコネ!」
    「っ、はい」
     ささやかな、しかし涼しい風が汗の浮かぶ肌を撫で、湿った髪を優しくかきあげる。涼しい、とクゥランがはしゃぎ、アクタの頭上で鴉が大きく羽を拡げた。
     扇風機。
     遠い昔にそう呼ばれた道具が、長い長い日々を越え、蘇った瞬間であった。


     扇風機は幾つかの改良を重ね、複数台が作られることとなった。回し手さえ確保すれば何時でも涼が得られる道具は、教団内で重宝されることとなった。
     そんなときである。仕事で詰め所を訪れたユニシアが、扇風機に目の色を変えたのは。
    「ネコネさん、それは」
    「これですか? 遺物を元に作ったものです」
     ネコネが自慢げに手元の把手を回す。歯車を噛ませることによって把手を台座につけ、回し手本人が風を受けることが可能となり、更に羽根の後ろに冷気を生む呪符を貼り冷房機能を強化した、ネコネ謹製の特級品だ。
     涼風のお裾分けを受けていたアクタが笑い、
    「ユニシアの店にも置くか? 涼しいから客も喜ぶ――」
    「売って!」
     がしり、と、ユニシアがネコネの肩を掴む。ネコネが目を白黒させる。
    「え、ええと、新しく作るならクゥランに頼んで」
    「いいえ!」
     ユニシアの目がぎらぎら輝く。商人の目だ。
    「この道具じゃなくて――この道具を作る権利を売って欲しいの!」
     へ、と、ネコネが間の抜けた声を洩らす。
    「これはすごい発明、『溶けない冷菓』に続く売れる・・・商品よ! 絶対に!」
    「え、え」
    「待った待った」
     ぐらんぐらん揺らされるネコネがとんでもない契約をする前に、アクタがユニシアを引き剥がす。
    「今は此処の調停者だけで使っているが、外でも売るというならまずは教団の許可が必要だ。量産するなら材料も職人も確保せにゃならん。そこいらの目処は立てられるのか?」
    「……そうね、ちょっと興奮しちゃったわ」
     ユニシアは、こほん、と咳払いし。
    「教団を通じて正式に申請を出すわね。その上で、話に乗るかどうか決めてくれる?」
    「ア、アクタさん」
    「……まずは教団から許可が下りるかどうかだが、考える分には悪くないと思う。ネコネのやりたいようにやってみな」
    「やりたいように……」
     ネコネは。
     顔を上げ、
    「私が遺跡を、遺物を調べるのは、神代の知識を、技術を、『今』をよりよくするために使いたいから、なのです」
     例えば、暑い夏を涼しく過ごす。そんなささやかなものであっても。
    「よろしくお願いするです」
     任せて、とユニシアが頷く。

     その夏。
     涼を生み出す『扇風機』なる道具が教団のミナギ姫と東町商工会の連名で売り出され、とある移民村が『扇風機』の生産でいくらかの蓄えを得、夕飯のおかずが一品増えたとか。
     ささやかな。この地の広大な歴史から見れば、ほんのささやかな出来事である。
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