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    okyanyou3

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    役者パロ

     薄暗い空間。
     外から隔絶され、居並ぶヒトビトが息をひそめる、その眼前で。
     幕が上がる。
     一条の光が射す。
     光の落ちる場所には、一人の青年。彼は、す、と息を吸い、
    「お集まりの皆々様、ようこそいらっしゃいました」
     朗々たる声が、青年からヒトビトへ。舞台から客席へと拡がってゆく。
    「今宵語りますは、何時か、何処かの國の出来事。某の、愛の物語――」
     青年が口上を終え、一礼すると、そこかしこから悲鳴じみた歓声が上がる。
     照明が落ちる。世界が薄闇に沈む。
     それも一瞬。
     舞台がぱっと明るくなる。青年一人だったはずの殺風景な舞台が、鮮やかな色で満たされる。楽団の奏でる華やかで軽妙な音楽。舞台を跳ねる、駆ける役者たち。ひらりひらりと舞う、ヒレめいた衣装。暗転の一瞬で現れた背景はただのハリボテでしかないのに、巧みな照明を受けてオゥルォの居城と見紛う重厚さを放つ。
     舞いながら役者たちが歌う。國の爛熟を誇り、豊かさを喜び、皇が愛するひとつぶだねの姫君のお披露目を心待ちにする。
     歌と舞踏と寸劇とを織り交ぜて演じられる軽歌劇オペレッタは大衆にも人気の娯楽だ。今日の演目は古典作品をアレンジしたもので、とある國の麗しい近衛隊長が、姫君に想いを寄せられたり実は敵国の密偵であった侍女と心を通わせたりする内に、國を揺るがす内乱に巻き込まれる――という筋立てになっている。原作だと最終的に近衛隊長は命を落とすのだが、今回の流れは近衛隊長は生き残り意中の相手と結ばれるハッピーエンドだ。
     恋愛劇ということで、観客は圧倒的に女性が多い。食い入るように舞台を見つめ、近衛隊長の再登場にこぞって黄色い歓声を上げる。近衛隊長が客席にむけてやわらかく微笑むとまた歓声。
     主役の近衛隊長を演じるのは、この劇団『ヤマト座』の看板役者だ。その容姿と演技力、ファンへの丁寧な対応から絶大な人気を誇る若き俊英。客でも彼目当ての者が多いのだろう、客席の温度が上がった気すらする。
     この人気役者の相手であり、物語のもうひとりの主人公でもある姫君の役者は、今回が初めての主役だ。まだ演技は拙くもあるがとにかく度胸がある。客席からの嫉妬じみた視線にも負けず、歌い、踊り、舞台を縦横無尽に駆け回り侍女を右往左往させ、近衛隊長の腕の中すぽりと収まる。「きゃあ」との悲鳴が客席から響いた。
     劇場の『格』にもよるが、客席からの声かけや野次は基本的に禁止されるものではない。こういったものを捌けてこそ一人前、という風潮もあるくらいだ。
     客席からの反応にもまれながら舞台は進む。國が豊かであることが語られ、皇が長くはないことが語られ、後継への不安と暗躍する奸臣の存在と、それでも一途に忠義を尽くす近衛隊長の清廉さとが歌と台詞とで語られる。
     そうして、最初の山場。
     皇の崩御直後、玉座を狙い、姫君へと婚姻を迫る将軍。
     妻となるか死を選ぶか。
     剣を突きつけられての絶望的な二択に、姫君は顔をきっと上げ、
    『逆賊、そのような汚れた剣で我が誇りを傷つけられると思うでない!』
    『生意気な小娘よ、ならば死ねい!』
     あわや、のところで妨害の兵士を打ち倒してきた近衛隊長が飛び込み、からの大立ち回り。激しい音楽が戦いを彩り、客席からは近衛隊長の勝利を願う声援が飛び交い。
     そうして。
     逆賊がその巨体を倒し、近衛隊長と姫君とが抱き合う。
    『いけません、このような……』
    『身分のことは分かっています。今だけ、今だけでも……』
    『姫……』
     初めて触れ合う二人へと幕が降り――劇場は拍手で満たされる。
     第一幕と第二幕の小休止、客席は休憩にと席を立つ客や売り子を呼び止める声、興奮気味の感想合戦で賑やかだ。
     そして。慌ただしさでは舞台裏も負けず劣らず。
    「第二幕は『城下町の裏路地』からになります! 準備急いでください!」
     脚本家も兼ねる舞台監督が声を張り上げ、舞台背景が組み替えられてゆく。音楽担当の楽団員に飲み物が配られ、役者たちが挙げる手に小道具が投げ渡される。さながら戦場である。
     そんな中、城の石垣――という設定のハリボテ――を抱え、のしのし歩く大男がいる。さきほど近衛隊長に倒された将軍役の男であった。舞台では威厳と陰惨さを纏っていた衣装は、近くで見ればぺらぺらの布と黄ばんだ縁飾りの、安っぽいものだ。
     ヤマト座ほど大きな劇団でも何時だって人手不足だ。大男は衣装もそのままに片付けに混じり、
    「お待ちなさいっ」
     尖った声に肘を掴まれる。
    「衣装が破けるでしょう、上着だけでも着替えてください」
     自分より遥かに大きな男を睨むのは、お針子の娘だった。「エントゥア、次の衣装はどれじゃッ」「七番、胸飾りのついている方です」別の役者と会話しながら、彼女は男を見上げ、
    「問題ない」
     軋るような声に顔をしかめ、
    「もう破れた」
    「……は?」ぽかん、とし。「あ、あ、貴方ときたら――!」
     爆発する娘も、説教を回避するためか今さら上着を脱いだ男も、哀れ男の筋肉に内側から引き裂かれた衣装も、誰も気にしない。舞台は戦場なのである。


     演目が終わったあとの劇場は静かなものだ。
     普段なら、熱心な看板俳優を中心に幾人かが残って夜遅くまで稽古をしているのだが、今日は主演勢と劇団のお偉方は小屋主に連れられ上流階級の宴とやらに出ている。実質残業だと嘆いたのは誰だったか。
     口煩い上役がごっそりいなくなって、残った面々はもうとっくに帰るか呑みに繰り出すかしてしまった。
     そんな中。
     劇場の、舞台。大工道具やら大道具やらが乱雑に散らばる片隅に、水燈明ランタンの明かりを頼りに黙々と針仕事をする娘がいた。エントゥアというのが彼女の名だ。
     エントゥアは黙々と針を動かす。積まれた服は、役者のための舞台衣装だ。ほつれたところを縫い直し、外れた小物をつけ直し、ひらひら舞うヒレを増やす。
     音の出ない静かな作業だ。当然、エントゥアの周囲は静寂の内にあるはずであった。
     そうではない。
     かつん、かつん、硬い、重い、規則的な足音が響く。
    『力無き者に、國を治める資格なし』
     重い、太い、歌うような、朗々とした男の声。歌劇の台詞。
     三幕ある舞台の、ほんの一部の出番のために、男は幾度も同じ場面を繰り返す。繰り返し、己が躰に叩き込む。
     ぺらぺらの衣装を脱いで、実用一辺倒のシャツとズボンを着て、靴だけは舞台用のものを履いて。
     照明は床に置いた水燈明。背景は組み上げ途中の書き割りの森。共に舞台に立つ相手も音楽も観客も、なにもない、からっぽの舞台に男は立っていた。
     逞しい肩を、動かぬ仏頂面を、たったひとりの観客は手を止め眺める。
    「……嫌になりませんか」
     ヴライ殿、と呟く声に、男の一人芝居が止まった。
    「何がだ」
    「野次とか」
     人気役者演じる人気役の敵役、である。舞台に出れば野次が飛び、倒されれば拍手喝采。嫌にならないのだろうか、と、役者ではないエントゥアは思う。
     ヴライは。
    「下らぬ」
     言い捨てただけで練習を再開する。太く低い歌声が真っ暗な客席へと吸い込まれてゆく。次いで、剣を抜いての大立ち回り。巨体が、板に銀紙を貼ったおもちゃの剣を振り回し、空想の敵に追い詰められ、最後にその刃にかかって倒れる。倒れる際に『ずしん』と大きな音がして、エントゥアの躰が無意識に飛び上がる。当然何処を切られたわけでもないのに、そんなこと唯のお針子のエントゥアにも分かるのに、思わずそこに目を遣ってしまう。
     倒れた男は幕が下りるまでは動かない。じっと、仏頂面で死体を演じ続ける。
     なんとなく。エントゥアは立ち上がり、ヴライの元へと歩み寄り、覗き込む。見下ろす顔はちょっと迷惑そうだった。
    「明日は座長がいらっしゃいますね」
     仏頂面がほんの少し動く。
    「楽しまれるといいですね」
    「うむ」
     死体が喋った。余程心待ちにしているらしい。
     ヴライが舞台役者になった理由。舞台役者を続けている理由。客からの野次なぞより大切なもの。
     劇団ヤマト座の、座長。
     老齢で、外出の際には車椅子が必要な老人は、かつては花形の役者であったらしい。舞台にはもう立たぬと決めたとき、第二の人生として自分の劇団を作ることにした。今は劇団の経営も親族に任せ、たまに舞台を見に来るのが趣味の好好爺だ。
     エントゥアが知っているのはにこにこ微笑みながら妻と共に観劇する老人の姿だけで、自分が生まれる前の舞台での輝きなぞ知る術もない。その輝きが、かつての若者を焼いたことも。
    「ヴライ殿」
     死体になった将軍に、エントゥアは話しかける。
    「次は『さまよえる皇』やってください」
    「……む」
     リクエストに眉をしかめるヴライへ「いいじゃないですか」と畳み掛ける。「どうせ私しか聞いていませんよ」
     しばしもそもそしていたヴライはやがて身を起こし、「うぬがどうしてもと言うなら、やってやらぬでもない」非常に迂遠な言い回しののち、背筋を伸ばし、襟を正し、す、と息を吸い。
     ――安住の地を求めて彷徨った、とある皇の物語。
     ――かつて在った舞台の星が、幾度も演じた物語。
     以前、その全ての台詞と歌とを完全に覚えていると言ったヴライに「うわ気持ち悪い」と返してしまったのは全くエントゥアの不徳である。あれは、珍しく『自慢』というものであったろうに。今も意見は特に変わらないが。
     変わらない、が。
     伸びやかな、普段話すよりも高い音程での歌であったり。
     普段は脇役ばかりの男が、舞台の中央に立つ姿であったり。
     仏頂面のままの男から出てくる、生涯の伴侶となる相手への切ない恋歌――ちょっとはそれらしい外見を作れればいいのに――だからそういう役が回ってこないのだ――で、あったり。
     そういうものを一人占めにすると鼓動が速くなるのも事実で。
    『此処に楽園はなく、無垢なる魂もなく』
    『それでも』
    『それでも、俺は――』
     男が。太陽を求めて手を伸ばす。
     請い願う手のかたちに、唯一の観客はまぶしいものを見るかのように目を眇めた。
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