夢に咲く徒花「ーーー……赦鶯」
女の声がする。
「赦鶯」
世界で一番愛しい女の声が。
(……夢か)
幾度となく見た夢……微笑む愛しい女の面影。
優しさを湛える瞳、艶やかに靡く黒髪。
懐かしい顔、恋しい声。
「赦鶯」
二度と逢えないはずの俺の恋人。
柔らかな微笑みで、優しい手つきで……俺の頬に触れるその温かな感触は、彼女が確かに"生きている"と感じさせてくれた。
「どうして助けてくれなかったの?」
睦言を囁くような声色で、慈愛すら感じさせる微笑みで、恨み言を口にする彼女。
その"姿"は俺の"記憶の中の彼女"と何一つ変わらなかった。
緩やかに近づく微笑み、弧を描く唇……
そう、まるで口づけを交わす刹那のようなーーー
フゥッと
そこに吐息を吹きかける。
するとまるで春の風に花が散るように、女の面影が解けて消えていく。
「……どうして、」
消えていく刹那、面影がそう漏らした。
「……お前は、俺を赦すだろうよ……」
掻き消える面影が悲しそうに歪む。
それでも消え失せる刹那、穏やかに笑って見えたのは、きっと己の願望を汲み取った"奴"の悪夢なんだろう。
(趣味がいいことだ……)
自ら悪夢に飛び込んだ己がいうのもなんだが。
悪夢が消え去った場所には、白い花弁のような名残が1つ残っていた。
拾い上げようと指先で触れてみれば、ほろりと粉雪のように解けて消えた。
「ーーー老師!!ご無事ですか!!!」
すっかり何もかも片付いたそこに、喧しい声を必死の形相で撒き散らしながら、雷の奴が飛び込んで来る。
「……あぁ、問題ない。」
いつもと変わらぬ声色で、煙管の煙草に火をつけてフゥッと吹き出す。
燻る紫煙が解けて消える刹那、彼女の優しい声が聞こえた気がした。
了