Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    kishi_mino

    @kishi_mino

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 24

    kishi_mino

    ☆quiet follow

    続きを書くかわかんないのでぽいぴくで。

    社畜ぶぜん×苦学生まついちゃん 松井のアルバイト先の居酒屋に、よく現れる男性がいる。
     最初はお客様の一人として全く気にしていなかったのだが、その人は平日はほぼ毎日と言っていいほどやってくるのだ。
     決まった時間にキチッとしたスーツ姿のまま来店した彼は、カウンターの端のいつもの定位置に座り、窮屈な仕事から開放された、とばかりにジャケットを脱いでネクタイを緩め、シャツのボタンを二つ外すのがお決まりの仕草になっている。端麗な顔も相まって、その姿があまりにも様になっているものだから、松井はいつもその人を見つめてしまう。
     その人の名は豊前と言った。店長が彼のことをそう呼んでいたのを聞いて覚えた。店長は豊前と長らくの知り合いであるかのように会話をする。豊前がここに通っているのはもう随分と前からになるらしい。
     他のお客様と違って、豊前はアルバイトの松井にも気遣ってくれるので、お客様の中では一等に好きだった。店長の目を盗んで、焼鳥の身を一つ分けてくれたり、漬物を一切れ食べさせてくれる。勿論仕事中の出来事なので、最初は松井も断っていたのだが、「年頃の女の子がお腹すかせて働いてるの見ると可哀想になる」と言って譲らないので、仕方なくそれを受け入れている。ただ、方法が、「あーん」なので恥ずかしいのだが。
     店に閑古鳥が鳴いている日でも、豊前はやって来た。個人経営の店だから、暇な日であれば店長は豊前と会話をし、豊前は店長の為に酒を奢った。若者がいかつい店長に酒を奢る場面が松井にとって物珍しくて、いつも凝視してしまう。それを、酒を飲みたそうに見ていると勘違いされて、「ガッコウ卒業したら松井にも飲ませてやっからな~」と言われた。その後店長に「卒業してもまだ飲める年齢ではないわ馬鹿者」と怒られていた。
     豊前はいわゆる、社畜、らしい。朝八時に出勤して、夜九時に退勤してそのまま居酒屋へやってきている。土日は休みらしいが休日を返上して仕事をしないといけない時もあるのだとか。彼の唯一の楽しみは、仕事帰りにこうして飲みに来ることだ言っていた。店長はしきりに豊前に転職を勧めていたが、彼曰く、昇給すれば少し楽になるので、それまで頑張るつもりだそうだ。彼は飲みながら仕事のことを、しんどい、つらい、とこぼしていたので、松井は大人になってもいつまでも苦しいままなのだと絶望を感じた。
     松井が働いているのは、生活のためだった。母親と二人で暮らしているが、母は生活保護を受給している。しかし母はギャンブルで口座を空にし、家賃や光熱費に手をつけるので、松井がなんとかそれを稼がなくてはならなかった。何度行っても母は聞く耳を持ってくれず、それどころかヒステリックになって手が負えなくなるので、話し合うこともできない。学費も貯めなければいけないので、松井はいつも金欠だった。
     大人になれば、もっと稼げるようになって楽になるのだと思った。高校生を雇ってくれる所は少なく、かつ時給だってそこまで高くない。服装自由の校則のおかげで高い制服代を払わなくて済んでいるが、カバンや靴は中学校指定のものをずっと使い続けている。所々糸がほつれていたり、革が擦れてそろそろ穴が空くのではないかと思うが、買い替える余裕はない。食事でさえ、朝食を抜き、昼食はおにぎり一個で済ませている。夜は店長にまかないを作ってもらい、それで毎日を凌いでいた。
     松井は高校生なので、閉店時間である深夜一時まで働くことができない。まかないを食べる時、松井はいつも豊前のとなりに座った。本当ならカウンターと端の席がいいのだが、そこはいつも豊前が座っていたし、反対側の端はレジが近いため、他の客に見られやすいからだ。豊前は松井の事情を知っているのでとなりに座ることを許してくれた。酒のグラスを渡されることもあったが、それは丁重にお断りした。
     松井からみたら、豊前は結構な大人であるこに、話してみると高校の先輩かと思うくらいに距離の近さを感じた。子供のようなやんちゃさを残していて、けれど人生の先輩として松井の話を親身になって聞いてくれて、共感してくれる。同じ学校の男子たちは嫌いだったが、こんな人がクラスメイトだったらいいのに、と思うくらいに、松井は豊前に懐いていた。
     松井の唯一の楽しみも、このまかないを食べる時間だった。店長の美味しい料理で腹は満たされ、豊前が話を聞いてくれて日々の苦しみが楽になる。学校の同じクラスの女子たちはみな化粧をし、可愛い服を身につけ、きらきらと眩しくてまるで済む世界が違う。いつも使い古しのよれた服を着ている松井は彼女たちの話題にもついていけない。けれど、豊前は触れて欲しくない話題は避けてくれるし、等身大の松井を受け入れてくれているようで。松井が彼を兄のように慕うまで時間はかからなかった。
     松井は毎日、豊前が来るのを楽しみにしていた。彼が店の暖簾をくぐった時の「いらっしゃいませ!」の声色が変わってしまい、「お、なんだ、俺を待っていたのか?」と豊前も嬉しそうに頭を撫でてくるので、「えへへ」と照れ笑いが出てしまう。それを見ていた他の客に「松井ちゃんの彼氏?」と聞かれてしまい、慌てて「ちがいます!」と全力で否定してしまった。豊前も「女子高生に手ぇ出さねえって!」と否定していて、それを聞いて、わかっていたけれど気落ちしてしまった。
     豊前はただの常連の一人で、自分はまだ高校生。彼が店に来なくなる日も来るだろうし、松井が店を辞めれば会う手段はなくなる。
     豊前は松井のことを女子高生だからといって、決していやらしい目線は寄越さなかったし、好意を匂わせてくるようなこともなかった。しっかりわきまえていて信頼できる大人だと安心できる反面、それが少し寂しかった。
     きっとこの気持ちを伝えたとしても断られてしまうのだろう。万が一、付き合えたとしても、松井はデートに着て行く服は持っていなかったし、それ以前に仕事に忙殺されている彼にデートの約束を取り付けるのだって難しいはず。アルバイト先で毎日会えるからそれだけで充分に贅沢なのだ、と自身に言い聞かせて、心に芽生えていた気持ちを封じ込めた。


       ◇


     それは高校三年生の夏休みのことだった。
     夏休みといえども、松井に遊んでいる時間はない。夏休みだからこそ、朝から晩までバイトを入れている。クラスメイトは進学のために勉強に身を入れているのに、働くしかできない自分が少し惨めだった。
     電気代について母に節電を提案してみるも、暑さで殺す気か、と喚かれ、結局改善できそうにない。それどころか、クーラーが、よく効いているから、と意気揚々とパチンコ屋に毎日出掛けている。母の機嫌が良い方が松井も疲れなくて済むので、仕方なくそれを許容していた。
     自分は電車代だって惜しんで自転車で移動しているのに。家から持っていく水筒だけだは飲み物が足りないのに買うお金だって惜しくて、職場で飲める水でなんとか生きている。
     こんな楽しくない愚痴だって、豊前はウンウンと聞いてくれるし、優しい言葉をかけてくれる。
    「松井の母さんのことだから言いたかねーけどさ。こっちからみたらラクして生きてるみてーでずるいよな。や、ラクして生きていくのに越したことはねーけどよ。一緒に暮らしてンだからさ、協力はして欲しいよな」
    「そうですね。聞いてくれたら一番良いんですけど」
    「一番遊びたい時期なのにな。友達とどっかいかねーの?」
    「バイトがあるから……」
    「あー……」
     気まずくなるのを誤魔化すように、豊前はビールをあおる。前、ビールが好きなのかと聞いた時、そんなに、と返ってきた。トリアエズナマ、というものらしい。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤💙❤💙❤💙❤💙
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    kishi_mino

    DOODLE田舎の夏の話が書きたくなって導入だけ書いた。このあと豊前はお兄さんの家に通いまくって友達になるし、お兄さんに初恋する
    【ぶぜまつ】小六の夏休みに出会ったお兄さんの話 隣の家に、若いお兄さんが住みだしたらしい。
     らしい、と曖昧なのは、隣の家はなにせ百メートルは離れていたし、本当ならば高齢のおばあちゃんが一人で暮らしていたはずだし、こんな田舎には若いお兄さんなんているわけがないからだ。
     実際、豊前が両親に聞いてもそんな若い男は知らないと言っていた。もし村の人なら大人が知っているはずだから、豊前はその噂は誰かの嘘が面白半分に広まっているんだろうと結論付けて、しばらくそんな話を忘れていた。
     しかし、豊前は見てしまった。
     それは学校からの帰り道。夏休みに入るから、と学校の荷物を持って帰るように言われていた。習字セットや絵の具セットの袋を抱え、体育着の入った袋や上履きの袋がランドセルに揺られて暴れるのを邪魔に思いながら、うんしょうんしょと休み休み運びながら家へと向かう途中。もうすぐ家だ、と安堵を覚え、荷物を一旦置いて、ふう、と汗をぬぐった時だった。その時豊前が立ち止まったのが、その家の前だった。
    1386

    recommended works