紅い唇『噛みたい』
と、思ったのは、生まれて初めてだった。
すぐに『駄目だ』と打ち消した、傷つけてしまうから。
一番傷つけたくない人を、傷つけたくなくて。
それなのに[[rb:件 > くだん]]の感情はいつまで経っても消えなくて、[[rb:寧 > むし]]ろ募る一方で、このままではいつか本当に──と、怖くなって。
「どうしたんですか⁉︎」
と、相手に聞かれるまで、気付かなかった。
自分が泣いていることにも、それほどまでにその願望が、自分の中に深く根付いてしまっている、こと、にも。
嗚咽の中で上手く話せていた自信は全くない。
それでも相手は──恋人は、何度も頷きながら、一度も目を逸らすことなく、俺の辿々しく[[rb:拙 > つたな]]い、言の葉を、ひとつ残らず拾って、くれた。
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