廊下を歩くフロイトは、前方に自分の探している人物の姿があることに気づき、名前を呼んだ。
「スネイル」
すぐにその人物が振り返る。
しかし、自分を呼んだのがフロイトであることを確認するとすぐに視線を戻し、歩き出した。
フロイトは歩くスピードを上げ、その隣へ並ぶ。
スネイルの顔を見れば、その眉間にはしわが、目の下にはクマがある。
ベイラムとの共同作戦を成功させ、惑星封鎖機構の強襲艦や機体を多数手に入れたアーキバスは、このルビコンにおける勢力争いで優勢にある。
しかし、それは他の勢力にとってアーキバスが共通の敵になったという意味でもある。
その立場はけして安泰なものではない。
しかも、ヴェスパーは第五隊長ホーキンスを失っている。
スネイルの仕事はいつにも増して多くなっているだろうし、それに伴って疲労とストレスも溜まっていることだろう。
元々スネイルは人を遠ざけるような雰囲気を発しているが、最近はそれが3割増しだ。
実際、今も他の社員たちは、スネイルをちらりと見ると、距離を取りつつ早足で通り過ぎていく。
まるで化け物か何かに出会したみたいだとフロイトは思った。
しかし、そんなスネイルに、さきほどのように片手を上げ、気軽に声をかけるフロイトも、他の社員たちからは同じような印象を持たれていることに本人は気づいていない。
「再教育センターにまた新しいやつが入っただろう」
「……ええ。この星には教育が必要な人間が多いですから」
特に最近は、とスネイルは力を込めて言う。
そしてすぐに、
「しかし、なぜ貴方がそのようなことを気にするのですか?」
と怪訝そうな顔でフロイトを見る。
フロイトが最教育センターに関することに興味を持つことはほとんどない。
スネイルの部品性能試験はそれなりに面白いが、部品とやるよりはやはり普通に人間とやった方が面白い。
「レッドガンの人間が入ったと聞いたんでな」
スネイルの眉間のしわが深くなる。
「……誰からそれを聞いたのですか?」
「さあな、忘れた。だが、その反応は本当みたいだな」
フロイトが薄い笑みを浮かべる。
「チッ……」
スネイルが舌打ちする。
「名前は忘れたが、たしかG5だったな。深度2で拾ったんだろう?レイヴンにやられたんだったか?それでもレッドガンの5番手だ、それなりの腕なんだろう。かなり反抗的らしいが、もしファクトリーに送るつもりならその前に俺とやらせてくれ」
スネイルがふん、と鼻を鳴らす。
「ギャンギャンと無駄に吠えているだけです。虚勢を張っている臆病者か、自分の状況も分からない愚か者か、そのどちらかでしょう。あるいは両方かもしれません。すぐに大人しくなりますよ」
「そうなのか?なかなか芯のあるやつなんじゃないかと思ったんだがな」
残念だ、とフロイトは頭の後ろで両手を組む。
「まあでも、レッドガンの人間が手に入ることなんか滅多にないだろう。大人しくならないうちにやらせてもらうか」
「駄目です」
「なんでだよ。殺すなってことか?そういうことならそうするさ。それに、俺が代わりにそいつを大人しくさせれば、お前の仕事が減るだろう?良いことじゃないか」
「ただ痛めつければいいというのではありません。不愉快ですが、躾のなっていない犬というのはいるものです、私も多少のことは見逃してやりますが……あれは飼い主に随分甘やかされていたようです。徹底的に分からせなければなりません。ACに乗ってもいない旧世代型の分際でこの私に歯向かうことが、いかに無駄なことであるかを」
スネイルが宙を睨む。
「ふうん……」
フロイトはスネイルが何にこだわっているのかいまいち分からなかったが、それはいつものことであるので、とりあえず
「そうか。まあ頑張れよ」
と話をまとめる。
スネイルは頭も回るし、口も回る。
それに頑固だ。
そんな人間と口論をするのは面倒だった。
そもそもフロイトは、自分が何を言うと相手はどう感じるか、どう言えば相手を自分の思うように動かせるかなどということを考えるのは得意ではないし好きでもない。
スネイルは逆かもしれないが。
仕方がないから代わりにヴェスパーの誰かを
模擬戦に誘うことにしよう、さて誰がいいか……とフロイトは考え始める。
「はあ……。まあ貴方に私の考えを理解してもらおうとは思っていません。とにかく、貴方は貴方の仕事をしてください」
「俺の仕事?ACに乗ることだろう?お前が俺を出撃させないんじゃないか」
「違います。朝、私が貴方に送ったファイルに目を通すことです」
「ん?ああ、目は通したぞ」
「貴方は子供ですか……!その上でしかるべき処理をしなさいということです!……全く、どいつもこいつも……」
「悪いな、スネイル」
「思っていないでしょう……そんなこと……」