恐魚の群れとの戦闘を終え、ウルピアヌスと最後の騎士はロシナンテに乗り、再び海を移動するはずだった。
しかし、ロシナンテに乗る前にふとウルピアヌスを見た最後の騎士は、そのまま動きを止めた。
「どうした?」
とウルピアヌスが問う。
ロシナンテも不思議そうな様子で自分の主人を見ている。
最後の騎士は答えず、ウルピアヌスへと近づく。
「……?」
そして、ウルピアヌスの目の前まで来ると、武器を持っていない左手を伸ばし―波や海の生き物に槍を振るう時とは全く逆の、ごくごく軽い力で、ウルピアヌスの右頬を撫でた。
「……!?」
ウルピアヌスは予想外の最後の騎士の行動に驚きつつ、自分の頬に手を伸ばす。
そして、最後の騎士がやったように指を滑らせると、わずかに感触の違うところがあった。
そのまま手を顔の前へと持ってきて見てみれば、わずかに赤いものがついていた。
「お前は……これを見ていたのか?」
最後の騎士は答えない。
兜で最後の騎士がどのような表情をしているのかも分からない。
そもそも、兜の下に感情を読み取れるような、ヒトの顔があるかどうかも分からない。
常ならば冷静に、そして瞬時に目の前の物事を分析し、判断するウルピアヌスの頭脳も、今ばかりは何の結論も出せそうにない。
これだけの傷ではウルピアヌスになんの影響もないことを、最後の騎士も知っているはずだ。
事実、今の今までこの傷にウルピアヌスは気づいていなかった。
それに、最後の騎士が、波と戦うこと―あとは、相棒のロシナンテのこともだろうか―以外のことに関心があるとはウルピアヌスは思っていなかった。
最後の騎士が行動する理由は常に単純で、海に関するものだけだ。
シーボーンでも人間でもなくなったソレに、残ったものは海への執着だけなのだ。
そうウルピアヌスは思っていた。
今までの最後の騎士の行動も、それを裏付けるようなものだった。
しかし、先ほどは―
やはり、結論は出ない。
だが、混乱し続けるウルピアヌスを放って、最後の騎士はロシナンテに乗ってしまう。
浜辺に置いていかれるわけにもいかないので、ウルピアヌスもとりあえずロシナンテへとまたがる。
そして、
「……ロシナンテ、お前の主人は何を考えている?」
と小さな声で呟いた。
最後の騎士もロシナンテも何も言わなかったが、
「……っ!」
シーボーンがばしん、と尾びれでウルピアヌスの背中を叩いた。