さっきのレイシフトで自分を散々こき使ったのだから一杯付き合えと言って、斎藤が土方を連れてきたのはシミュレーションルームだった。
「ボイラー室とか食堂とかだとほら、他の人たちがじゃあ自分も一緒になんて言ってくるかもしれないじゃないですか。まあ、賑やかなのもそれはそれでいいんですけど、たまには静かに飲みたいなーなんて。僕、疲れちゃったし。そしたら、たまたまここが空いてたんですよ」
そう言いながら、斎藤はシミュレーションルームの扉をくぐる。
カルデアにはサーヴァントがごまんといるのだから、偶然ここが空いているというのは考えづらい。使いたいサーヴァントは常に誰かしらはいるだろう。
実際には、土方と飲もうと思って、前もってここを予約しておいたのだろう。
とすると、レイシフトでこき使われたから云々というのも、土方を誘うのに適当な理由をつけただけかもしれない。
しかし、本当のところは分からないし、聞いて素直にそれを教えるような性格ではないことをよく知っているので、土方は何も言わず、斎藤に続いてシミュレーションルームへ入った。
斎藤も土方も、両手にそれぞれ食堂でもらってきた酒瓶とコップを持っている。
斎藤はそれを床へ置くと、
「さて、どこにしようかな……」
と機械をいじり始めた。
土方は特に希望もなく、あっちが誘ってきたのだからあっちが決めることだろうとただそれを見ている。
しばらくして、
「うん、ここにしようかな」
「ここは……」
斎藤が選んだのは、
「副長と沖田ちゃんはここで再会したんでしょ?たしか、副長があの妙な生き物を新撰組の隊士にしてたとか」
幕末の京都の街―2人が新撰組として活動していた街、そして、魔神柱や土方が特異点を作り出し、マスターや沖田と戦った街だった。
よく見た、よく知った風景だが、2人以外には誰もおらず、かつて2人が羽織を着て、腰に刀を差して走り回っていた頃のような賑やかさはなく、それだけで知らない街のようにも見えた。
「……ちびノブだ」
「え?……あっ、あいつらの名前ですか?いや、それは僕も知ってますけど……。たしか、全員に羽織を着せてやってたんでしょう?あんな大勢いるのによく用意できましたねえ。副長ってやっぱりマメというか真面目というか」
斎藤がヘラヘラと笑う。
「新撰組と言ったら羽織だろうが。それに、あれを着せねえと他の奴らと区別がつかねえ」
「ははは、そうですねえ」
納得したようなしてないような雰囲気で返事をしながら、斎藤が土方の隣へ座る。
いつもそうだった。
2人がサーヴァントになる前―生身の人間だった頃から、皆で酒を飲むとなると斎藤は土方の隣に座っていた。
そして、いつも通りヘラヘラと笑いながら、周りの人間を用心深く観察していた。
何か警戒しなければならない出来事や人間があったならともかく、そうでない時はそのようなことを土方は命じないし、近藤もきっとそうだろうから、斎藤が自分の意思でしていたのだろう。
一度、酒の席でくらい仕事のことは忘れろと土方が言ったことがあるのだが、
「こういう時だからこそ、ですよ。それに副長も同じことしてるでしょ?」
とヘラヘラした顔で返されてしまい、実際そうなので何も言えなかったのだった。
それに、常日頃から斎藤が気を張っているおかげで助かったこともある。
「……」
「……」
2人は黙ったまま、1杯、2杯と酒を飲み干す。
それが3杯目か4杯目になったところで、斎藤がまた口を開いた。
「……俺はたしかにあんたに死ぬまで続けろと言ったが、まさか死んでも新撰組を続けてるなんてな」
それは土方に向けて話しているというより、独り言のようだった。
一人称も変わっているし、敬語も抜けている。
「……」
土方がコップへ酒を注ぎ、飲む。
「……お前に言われたからじゃねえ」
「知ってますよ。あんた、そんな性格じゃないでしょ」
へらりと斎藤が笑う。
「人に言われてどうこうするような人なら、僕も苦労してませんよ」
土方は何か言い返してやろうと思ったが、斎藤には今まで面倒をかけてきたし、今もかけていることは分かっているので渋々黙った。
「ま、僕もそういう人の部下になっちゃったんで仕方ないんですけどね」
「……生意気なこと言いやがって」
土方が我慢しきれず言い返す。
「そりゃ歳上ですから」
「なんだと。お前の方が下だろうが」
「いや、だって俺」
爺になりましたからと斎藤は土方を見る。
いつも通り、ヘラヘラと笑っている。
何を考えているか分からない。
いや、きっと何かややこしい、面倒なことを考えているのだ。
土方には斎藤の考えていることはよく分からないが、斎藤の性格はよく知っている。
向こうも同じだろう。
「なんだ、お前は俺に愚痴を言うためにここに誘ったのか」
「違いますよ。でも、そうだって言ったら僕の愚痴に付き合ってくれるんですか?」
土方がまたコップに酒を注ぐ。
「……俺がこれを飲み終わるまでは」
「短っ。でも、副長としては優しい方ですかね」
斎藤もコップへ酒を注ぐ。
そして、それを飲み干したあと、
「……時々、俺があんたを置いてったんだか、あんたが俺を置いてったんだが分からなくなりますよ」
と呟いた。
小さな声だった。
俯いた斎藤の表情は、土方には見えない。
土方は再び酒を飲んだ。
「別に誰も置いてってもねえし、置いてかれてもねえよ」
「……」
「俺は犬を飼ったつもりはないからな」
「なんですか、それ」
眉を寄せて斎藤が土方を見る。
「よく言われてただろ、お前。でも、俺は犬が欲しいわけじゃねえ。俺たちは新撰組だ。新撰組は、誠を持った奴らが集まるところだ。他の奴にどうこうされたくらいで曲がるもんは誠とは言わねえ」
たしかに、斎藤は生前、幕府の犬だの土方の犬だのと言われたことがあった。
幕府の犬というのは他の隊士もよく言われることだが、後者の方は、斎藤が人を切ったり捕まえたりという仕事だけでなく、土方の命令でコソコソ隠れてやるような仕事もやっていたからだ。
しかし、斎藤は気にしていなかった。
いや、斎藤のことはともかく、あまり新撰組をなめたようなことを言う人間はしめたが、仲間たちは誰も斎藤のことを誰かの犬とは言わなかったので、それでよかった。
「……よく覚えてますね」
「俺はお前と違って爺じゃないんでな」
「僕だって記憶力はまだまだありますけど!?というか、今の僕は若いんで!」
「フン、お前から言い出したんだろうが」
「そりゃそうですけど……」
そんなことを言っているうちに、土方の酒瓶も、斎藤のものも、だいぶ中身が減ってきた。
それからしばらく2人は、また黙って酒を飲んだ。
再び喋り始めたのも、やはり斎藤からだった。
土方ではなく、街の方を向いたまま。
「……副長」
「なんだ」
「マスターちゃんも新撰組の隊士なんですよね」
「そうだ」
「なら、マスターちゃんが局中法度を破ったら ……」
そこで、斎藤は口を噤んだ。
「……そうだ。私闘も、勝手な金の貸し借りも、途中で諦めんのも許さねえ」
「……」
斎藤はしばらく黙り込んだ。
土方も喋らなかった。
斎藤の喉仏が一度、上下に動いた。
それから、斎藤は土方を見た。
その顔には笑みが浮かんでいる。
わざとらしいほどに。
「……あの、副長。マスターちゃんはまだまだ若いんだから甘く見てやってくださいよ。それに、いくら無敵の一ちゃんと言えど、副長の剣……っていうか戦い方は面倒くさいし、あんまり相手にしたくないっていうか……」
「……」
「……まあ、あんたにこんなことを言っても意味ないっていうのは分かってるんですけどね……」
そう言うと、斎藤は土方から視線をそらし、自分の足元を見た。
薄い笑いを浮かべたまま。
土方はそれを見て、
「ちょっ、なんですか、急に」
斎藤がびくりと身体を跳ねさせ、自分の肩の上にのった土方の手に視線を向ける。
「……斎藤」
名前を呼ぶと、訝しげな顔をした斎藤が土方を見る。
「組の掟は絶対だ」
「……」
「だが、俺は人を見る目には自信がある」
「副長、それって……」
斎藤が目を見開く。
「あいつは途中で自分の誠を投げ出すような人間じゃねえ」
そう言って土方は唇の片端を持ち上げる。
「副長……」
斎藤もほっとしたように目を細めたが、
「……いや、あんま嬉しくないかも……複雑だな……」
とすぐに渋い顔になった。
「なんでだよ」
「まあ、僕もマスターちゃんのそういうところが気に入ってたりするんですけどね?でも、副長みたいにあんまり頑固なのはちょっと困るっていうか……」
「困らねえだろ。それが誠だろうが」
「そりゃあんたはそういう考えでしょうけど……ハア……」
「なんだ斎藤!言いたいことがあるならはっきり言え!」
「なんでもない、なんでもないですから。ほら、お酒ついであげますから。飲んで飲んで」
「お前……」
土方は斎藤を睨み続けていたが、斎藤が自分で言った通りにそのコップに酒を注いでやると、素直にそれを飲んだ。
「ったく、お前こそ七面倒くせえことを考えてねえで飲め」
「あんたが真っ直ぐ過ぎるんですよ……って、副長が僕についでくれるんですか?」
「いいから飲め」
土方は自分のコップにも酒を注ぐ。
そして、
かつん。
と2人はどちらからともなく互いのグラスをぶつけた。
「俺の誠に」
「僕の誠に」