異種族の兵士たちが戦場を去っていく。
わずかな逃亡兵を王自らが追う必要はない。
部下に彼らに追いつき、残らず食らうよう指示を出すと、ナハツェーラーの王は戦場を見渡した。
地面のあちこちにサルカズや異種族が、あるいはどちらか分からなくなってしまったものが、天を仰ぎ、あるいは地に伏して倒れている。
そして、それらがひときわ多く集まっている場所に1人のウェンディゴが立っていた。
彼は武器やアーマーに大量についた血を拭おうともせず、物言わなくなった人々を、折れた剣やアーツユニットを、さきほどまでの戦いによってあちこち削られ、穴の空いた地面を見ていた。
顔を覆う筋肉も皮膚もないウェンディゴは、そこから感情をうかがうことは難しい。
しかし、そのウェンディゴの顔には深い悲しみが浮かんでいるように感じられた。
ナハツェーラーの王はウェンディゴに近づく。
「若きウェンディゴよ」
ナハツェーラーの王がその隣に立った。
「……」
しかし、ナハツェーラーの王に呼ばれたウェンディゴ―ボジョカスティは答えなかった。
ただ、さきほどまで戦場だった場所を見つめ続けている。
ボジョカスティは、たしかにナハツェーラーの王と比べればずっと年齢は下だが、実際のところそう若くはない。
戦いの中に身を置き続けるサルカズにとって、何歳であるかというのは、何年戦場を生き抜いているのかということを示し、その人物の戦士としての能力を示す。
したがって、ボジョカスティは疑いなく優れた戦士だということになる。
だが、ナハツェーラーの王は、他の歴戦のサルカズの戦士と彼には異なるところがあると感じていた。
「その方は、我らの勝利が喜ばしくはないのか?」
「……」
やはりボジョカスティは答えない。
しかし、ナハツェーラーの王も、今日カズデルを襲撃した異種族の兵士たちが単なる先鋒隊であり、彼らを殲滅したところで、それほどの意味はないことは理解している。
なおもナハツェーラーの王は問いかける。
「その方は、己の武器を……異種族の血の染みついた武器を、それを振るう己自身を嫌悪しているな」
「……」
ナハツェーラーの王は、ボジョカスティの身にまとう雰囲気がより冷ややかな、鋭いものになったような気がした。
それは、自分の内面を勝手に探ろうとする者に対する警戒か、拒絶か、警告か。
「不思議なものだ。ウェンディゴの中で……いや、サルカズの中でも特に重く、鋭い刃を振るう者が、その実、人を殺すことに嫌気がさしているとはな」
ナハツェーラーの王から見れば、若いウェンディゴは迷いの中にいる。
人を1人、2人と殺すたび、自分の寿命が1日、2日と延びていく。
自分はこの生き方を続けていていいのか。
この生き方が普通である場所に居続けていいのか。
しかし、彼は戦場に立てば、王のために、仲間のために、迷いなく、容赦なく、武器を振るう。
人を殺す。
「……王庭の主ともあろう者が、ただの兵士と話すほど暇だとは思わなかった」
「フッ……無論、そうではないとも。その方はサルカズとしては奇異な存在だ。実に矛盾している。面白い。よって、話す価値があると判断したまでだ」
「……」
ボジョカスティは黙っていたが、ナハツェーラーの王に視線を向け、武器を握る手に力を込めた。
彼はナハツェーラーの王に、いよいよ明らかな怒りを向けていた。
自分のことをあれこれと推測して語るな、見世物ではない、ということか。
「ハハハ……ウェンディゴよ、その方はどのような決断を下すのか……あるいは迷ったまま、自分自身を軽蔑し、嫌悪しながら生きるのか……また話す時を楽しみにしている」
「……」
ボジョカスティの鋭い視線を受けながら、ナハツェーラーの王は彼に背を向け、遠ざかる。
今日の戦果を、サルカズの王に報告するために。