ソファに寝転んだキャノットの上へ覆い被さっているドクターが、触手を撫でたり、自分の指に絡めたり、時には軽く噛んだりする。
それは恋人の体を愛でているようでもあり、変わったおもちゃを手に入れた子供が遊んでいるようでもあった。
「……ふ」
とキャノットは小さく笑う。
しかし、ドクターはよほど触手に夢中なのか、それは聞こえていないようだ。
キャノットはしばらく前にドクターの執務室に入ってきたのだが、そこにはぐったりした様子のドクターがおり、特に大きな出来事はないが、細々としたことが重なってなかなか休む暇がないの言ったので、よく働いているご褒美として、何か言うことを―可能な範囲で―聞いてやろうと提案したのだった。
するとドクターが、キャノットの体を好きにいじらせろと言ってきたのだ。
ドクターは純粋にキャノットの触手を気に入っているためにそう言ったようなのだが、触手を触る手つきにはだんだんと別の感情が滲み始めている。
しかし、キャノットはドクターを止めはしない。
ドクターとキャノットはすでに何度か体を重ねている。
別に恋人同士というわけではないが、ドクターはこの大地を変えようという強い意思と根性があり、ほとんどの人間に警戒されてしまっているこのロドスでは、しばしば商品を購入してくれるドクター(とクロージャ)は貴重な存在でもある。
ドクターと付き合っていれば面白いものを見せてもらえるし、儲けられるし、気持ちのいいこともできる。
おまけにドクターは、キャノットが自分のことをほとんど隠していることにも、ロドス以外にも取引をしている客が色々といることにも文句を言わないし、その辺りのことをあれこれ詮索しようともしない。
キャノットにとってドクターは気楽に付き合える人間であり、ドクターにとってのキャノットもそうなのだろう。
キャノットもドクターのことをあれこれ詮索するつもりはないし、ドクターやロドスの行動に口を出す気はない。
それは自分にそんな権利も義務もないと思っているとか、彼らの意思を尊重しているとかというだけではなく、その方が予想外のものが見れて面白そうだからというのもあるのだが。
また、ドクターにとってキャノットは守るべき存在ではない。
感染者ではないし、誰にも虐げられていなければ、誰かに発言や行動を制限されてもいない。
勝手気ままに1人でこの大地を歩き回っている。
要は、お互い都合のいい相手なのだ。
win-winの関係とも言う。
「……」
「……」
まだ触手を触っているドクターを眺めながら、それにしても暇だとキャノットは思う。
ドクターに好きにさせてやると言ってしまったので、キャノットにはすることがない。
なので、
「……たまーにこうやってやけにコレを気に入る奴がいるんだが、不思議なもんだよなあ。俺は便利な道具くらいにしか思ったことがねえからな」
とキャノットはドクターから少し離れたところにある触手を1本うねうねと動かしながら呟く。
しかし、先程の笑い声と違い、今度はドクターの耳に届いたようで、ドクターは手を止め、視線を触手からキャノットの顔へと移動させた。
ドクターは眉を寄せ、何も喋らない。
明らかに機嫌が悪い。
気味が悪いほど頭が回り、感覚も鋭く、何もかもを―周りのヒトもモノも、自分の感情すらもその制御下に置いているようなドクターが、感情をあらわにしている。
そのことに、キャノットの口から思わず
「ふふっ……」
と笑いが漏れる。
「もしかして嫉妬してるのか?」
とストレートに聞くと、ドクターは
「……いや」
と短く答えた。
だが、その瞳は鋭く細められたままで、明らかにその答えは本心ではない。
しかし、キャノットはドクターが今抱えている感情についてそれ以上追求しなかった。
もちろん、さらに追求して、ムキになったり羞恥心に襲われるドクターを見るのも面白いだろうが、キャノットはそれよりも、もっと楽しく、気持ちのいいことがしたかった。
キャノットは触手を何本か持ち上げ、ドクターの頭を包み、自分の方へと近づけた。
「なあ、ドクター。他の奴のことはどうだっていいだろう?今一番大事なのは、これからお前と俺がどうするか……お前が俺をどうしたいか……そうじゃねえか?」
ドクターの耳元で囁きながら、キャノットはドクターの腰の辺りを触手で撫でてやる。
しかし、ドクターはキャノットの直接的・間接的な誘いには応えず、
「……君は私以外にも体を許したことがあるのか?」
と言った。
ドクターはキャノットに愛の言葉を囁いたことなどないし、キャノットがあちらこちらの人間を友と呼び、親しげに肩を組んだりしていても、特に関心を向けることはない。
それなのに、そうしたことは気になるらしい。
キャノットはドクターが自分をウブだと思っていても経験豊富だと思っていても、自分が実際どちらでもどうでもよかったが、
「それは……企業秘密だな」
と答えた。
その方がドクターの反応が面白そうだと思ったからだ。
ドクターはキャノットの返事に驚いたような顔をしたあと、ますます険しい表情になった。
「ククッ……なあドクター、そんなに他の奴らと俺のことが気になるなら、俺が何もかも分からなくなって、他の奴のことを思い出すこともできないくらいめちゃくちゃにしてくれよ……」
もう一度耳元で囁いたキャノットに、ドクターは何も答えなかった。
ただ乱暴にキャノットの服のボタンを外し、できた隙間に自分の手を差しこんだ。
それを見てキャノットは満足そうに笑う。
「ふふっ……いつも通り、俺にこれを被せたまんま、服も着せたまんまヤるんだな?その方がお前は興奮するんだよな。いいぜ、お前の好きなようにしてくれよ。まあ、痛いことは勘弁だが……大抵のことはやらせてやるし、やってやるよ」
「ああ、お前のことをハニーって呼んでやろうか?その方が盛り上がるか?」
「……それを言うなら君がハニーじゃないのか?」
「別に俺がハニーでもお前がハニーでもいいが……ならダーリンって呼んでやろうか、ダーリン?どうだ?」
「私はどっちでもいい……」
「おいおい、今から俺たちはたっぷり楽しむってのにそいつはつれないんじゃねえか?なあ、ダーリン?」
「……」
「おっ、興奮したな?わざとらしい方が好みか?」
「……少し静かにしてくれ……」
「またまた、俺のこういうところが良いんだろ?ダーリン?ははっ」
「……」