「レイヴン、どう……でしょう?」
621の部屋に入ったエアはそう言うと少しだけ胸を張り、そこに片手を置いた。
緊張と不安、それと期待が声や表情に表れてしまわないように気をつけながら。
しかし、それはどうも上手くいかなかったようだとエアは自分で感じていた。
「どう……というのは……」
621はいつも通り静かな表情でエアを見ている。
しかし、その声にはわずかに戸惑いが混じっている。
「今日はウォルターと共にパーティーに参加するとのことだったので、こうして新しく服を調達してみたのです。ですが、私はあまりこのような服装をしたことがないので……その……」
どう言葉を続けたらいいのか分からなくなり、ついエアは顔を伏せる。
すると、自分の身につけている赤いドレスの裾が目に入った。
パーティーには様々な企業の人間が参加する。
彼ら―パトロンやこれからパトロンとなる可能性のある人間と交流するのはウォルターの役目だ。
621とエアは本当にウォルターの付き添いに過ぎない。
しかし、エアは楽しみにしていた。
いつもと違う場所に行くこと、そこに621と共に行くことを。
だから、こうしてドレスを買った。
621もきっとウォルターに今日身につけるものを何か用意されているだろう。
ウォルターのことだから、適当なものはけして渡さないはずだ。
パーティー会場でそんな621の隣に並んでも恥ずかしくないように。
621に新しい自分を見せるために。
悩みに悩み、これしかないと買ったものだが、いざ1番見せたかった人間を前にすると、様々な感情が胸から湧き出て、喉を詰まらせる。
本音を言うならば、自分のこの姿を褒めて欲しい。
だが、そんなことを自分から言うのは恥ずかしいし、無理やり言わせた言葉など嬉しくない。
621の感じたままを自分に伝えて欲しい。
しかし、621は世辞を言うような人間ではない。
もし、今の自分の格好を否定されたら?
いや、もっとショックなのは関心を持ってもらえなかった時かもしれない。
そして、その可能性はないとはいえない。
「それは……ウォルターに買ってもらったのか?」
「いえ……自分で購入しました」
「そうか。……ウォルターはよく私に自分の稼いだ金で自分の望むものを買うようにと言っている。自分が望むものを知ること、そしてそれを手に入れる喜びを知ることは私のような旧世代型の人間には必要らしい。エアは旧世代型の人間ではないが……それはきっと君にとっても良いことだろう」
「そうですか……」
621にとってウォルターが大切な存在であることは知っている。
ウォルターも621のことを大切に思っていることを知っている。
だから、エアもウォルターのことは好ましく思っている。
だが、ここで自分と621以外の人間の名前が出てきたことにエアはそっと眉を寄せた。
「そのドレスの色……君は赤が好きなのか?」
「え、ええ……まあ……」
赤は同胞たちの色だ。
好き、というよりもエアにとっては馴染みが深い。
「そうか。その色は……君によく似合っている」
「……レイヴン……!」
エアがぱっと顔を上げる。
さきほどと変わらない表情の621がいる。
しかし、もうエアは621の顔を見ることに不安も恐怖もない。
エアの心臓が激しく動く。
唇が自然と弧を描く。
望んだ言葉が返ってきたエアは、ついそれ以上が欲しくなった。
「レイヴン……あなたは?あなたは好きな色はありますか?」
「私の……?そうだな……」
621は考え込むように斜め上を見たあと、窓の外を見た。
「青……だろうか。空の色だ。任務を終えた後、ACにごしに見る空の色」
「……」
エアは目を見開く。
そして、両手を強く握り締めると、勢いよく部屋の出口へと体を向け、歩き出した。
「あなたの考えは分かりました!ありがとうございました!」
「……ッ、エア!?私は何か君を不快にさせるようなことを言ってしまっただろうか……?すまない……」
エアの後ろから621の足音がする。
「いいえ!レイヴンは自分の感じたことをそのままおっしゃっただけですから!あなたは何も気にする必要はありません!私の分析不足だっただけです!」
「分析……?」
廊下に出ると、不思議そうな、心配そうな顔をしたウォルターがいた。
「621、エア、どうした?何やら騒がしいようだが……」
「なんでもありません!」
「エア……?」
ますます不思議そうな顔をするウォルターを置いて、エアは廊下を歩き続ける。
「エア……!」
621に追いかけられながら。
しかし、しばらくは足を止めるつもりはなかった。
まずは数時間後のパーティーまでに青いドレスを手に入れなければならない。