その日その瞬間、鍾離の瞳にとびこんできた景色は怖いくらい脳裏に焼き付いていった。完全な弧を描く黄金。黒くそこだけを切り取られたかのような人影。それらに纒わり付く水飛沫。凡人の視力を遥かに凌ぐふたつの琥珀を引き絞り時間の流れがゆっくりと伸ばされた。そうしてかの一瞬を通り過ぎた後に残るのは重い物体が水面と衝突する音。潮風とともに運ばれてきたそれらは鍾離の頬を緩く撫でて行った。
「……。」
鍾離の立つ位置からではその決定的瞬間を確認することは出来なかった。遠くで崖から落下したそれを見下ろそうとする人影達を観る。それぞれが黒い襤褸切れを纏い得体が知れない。複数、否、八の人影は本来ならば闇に消えていたであろう。しかし今夜の月は恐ろしい程に綺麗だった。故に鍾離の瞳には彼らの人数も、体格も、背格好も良く見えただけの事。彼らとてこんな深夜に目撃が上がるとも思わなかったろう。
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