上着side 悠仁
五条先生が出張中だから、今日も学校は早く終わる。
自室に戻って着替えをしながら、この後の時間をどう過ごすか悩んでいた。釘崎は早々に出掛けて行ったし、付いて行くと荷物持ちになりかね無い。伏黒に声をかけたが、姉さんの見舞いに行くからと断られてしまった。
学ランを脱いで、ベッドへ放った。箪笥から、パーカーを取り出して袖を通す。スラックもジーンズに履き替えて、着替えは完了だ。
今日もパチンコかな。確か、新台入るって言ってたかも。そんなことを考えながら、ベッドに放った制服をそのままに部屋を出た。
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side 五条
長かった出張もやっと終わった。今日の任務を早々に片付け、お気に入りのご当地スイーツを手に、心も脚も弾ませながら、可愛い恋人の部屋を訪れた。
部屋の扉をノックして、中からの返事を待つ前に扉を開けて、恋人の名前を呼ぶ。
「ゆーじ」
しかし、可愛い恋人の姿はなかった。
「悠仁、いないのか。せっかくお土産一緒に食べようと思ったのに」
小言をこぼしながら、ベッドへ腰を下ろした。
僕の出張中で、授業が短縮したことは伊地知から連絡をもらっていた。ここに来るまでに生徒たちの気配はなかったし、悠仁も出かけたのかと肩を落とした。
恋人にサプライズで登場するときは、タイミングを考えないとダメだな。こんな風に待つなら、一報入れれば良かった。
でも『わっ!びっくりしたー!先生早かったね!』と驚く顔が見たかったんだ。しょうがない。
ふうーっと後ろ手を付くと、手に布団ではない布が触れた。悠仁の制服だ。
僕が、カスタムした学ラン。
これを考えたときは、僕たちが恋人になるなって想像もしていなかった。
それが今では、少し離れただけで会いたくなるし始末。
僕をこんなにさせるなんて、悠仁には敵わないよ。
制服を握りしめ顔へ近づけた。
まだ温かい布からは、悠仁の香りがする。寮の洗濯場は共同スペースで、洗剤も野薔薇を除けば皆同じはず。それなのに、この布からは特別な悠仁だけの匂いがする。
肺の奥まで香りを吸い込んだ。
(あぁ…好きな子の匂いだ…)
自分の上着を脱いで、土産と一緒に彼の机に置く。僕は彼の服を抱きしめながら、膨らんだ熱をどうしようか考えた。
最後にしたのはいつだったろう。確か、出張直前に会いに来たんだった。結局、任務は伊地知に怒られるくらい遅刻したけど。
このベットで何度、あの子を抱いたことか。
悠仁を初めて抱いた時、年甲斐もなくがっついてしまって、自分にもこんな感情があるのだと気づいた。
その時の彼を思い出して、今にも彼の制服でどうにかしてしまいそうだ。
本当に。僕はいつから、こんなになったんだろうね。
ブーッブーッブーッ
急にスマホが鳴り始めた。画面を覗くと【伊地知潔高】の文字。
こんなん見たら一気に冷める。イライラする気持ちを抑えて電話に出る。
「はーい」
『五条さん!!どこにいらっしゃるんですか?!会議に遅刻ですよ!もう30分も遅刻してます!』
「うっさ…そんくらいいだろう。いつものことなんだし」
『おかしいじゃないですか?!間に合うように帰ってきましたよね?!何してたんですか?!』
「えー…それ聞く?可愛い恋人に会いに来ただけだけどー」
会えなかったけど。
それを聞いた伊地知は、言葉を詰まらせ、深いため息を吐いた。
『......とりあえず、今すぐ来てくださいね。皆さんお待ちですから…!』
そう言うと、一方的に通話は切られた。
会議…そんな予定あったなと思い出す。
悠仁の制服をハンガーにかけ、彼の部屋を後にした。
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side 悠仁
「今日はだいぶ負けたな」
辺りはすっかり陽が落ちている。
パチンコして、ラーメン食べて、一人で帰路についている時、急に寂しくなった。
俺って今まで一人の時どう過ごしてたんだっけ。
地元にいた時は、爺ちゃんもいたし、学校帰りは友達とカラオケとか行ってたな。こっちに来てからは、放課後は稽古したり、地下室で映画を見たり。任務もだいたい一年全員で行く。
休みの日は…五条先生と一緒。
思い返すとあまり一人になることが無かった。
先生を好きになったきっかけは、なんだったかな。
助けてもらって、世話してもらって、指導もしてもらって。一緒にいる時間が楽しくて、嬉しくて。それで、気づい時には好きになってた。
気持ちに気づいてからの稽古が、急に恥ずかしくなって、そしたらすぐ先生にバレたんだった。
『僕も好きなんだよね。付き合っちゃおうか。皆んなには、まだ内緒だよ』
先生からそう言われたときは、今まで味わったことがないほどの幸福感で満たされた。
皆んなに秘密にすんのも、なんだか不思議な感情が湧いてきて、良いなと思った。
最初は、軽薄すぎると不安になったけど、多忙なはずなのに都合を付けて俺との時間を作ってくれ る。
それが嬉しくて、俺もつい、煩く鳴る先生のスマホを無視したりした。
こんな風に思い返していると、より一層寂しさが増す。
「あー!早く風呂入って寝よ!」
寮へ向かう足を早めた。
部屋について、電気をつける。すると出かける前とは様子が違っていた。
脱いだまま放置した制服はハンガーに吊るされているし、ベッドの皺も整っている。そして机には、紙袋が置かれ、椅子には黒い布はかけられていた。
「先生、もしかして出張から帰ってきてすぐ寄ってくれたんかな?」
椅子にかけられた、黒い布は先生の上着だ。それを手にとって抱きしめた。
(…五条先生の匂いだ)
いつも抱きしめてんのに、いつもすぐ欲しくなる。全部包み込んでくれる先生が好きだ。
「あぁ…会いたい」
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side 五条
「会議、お疲れ様でした。ところで、上着どうされたんですか?」
会議が終わって自宅へ送られる車中、伊地知に言われて気が付いた。僕、上着着てないじゃん。
「あーたぶん、あそこだわ。あの子の部屋に置いてきたんだ」
「…そうですか。お送りしましょうか…?」
伊地知は罰が悪そうに聞いてくる。
「いや…いいよ。ここで止めて。自分で行く」
「え?!本当にここでいいんですか?」
「いいよ。早く止めて」
流石に行き先が学生寮なのは、バレたらまずいからな。
伊地知と別れ、悠仁の部屋に飛んだ。
こんな時間だし、もう寝てるかも。扉に手を掛けると鍵は開いていた。
薄暗い部屋の中を覗くと、ベッドの上では可愛い恋人が寝ている。
「ゆうじ…」
寝顔が見たくて近づくと、彼は僕の上着を抱きしめて眠っていた。
こんなのを見たら、抑えられなくなる…
(明日も学校だし、でも遅刻させないようにすれば大丈夫か)
寝ている子を起こすのはかわいそうだけど、悠仁の頬に手を添える。
「んん…」
「ゆうじ…」
重い瞼を開けて、黄色い瞳が僕を探す。
「せんせ…」
「うん。会いたくなってさ」
唇にキスを落として、いつもの様に誘うと悠仁は微笑んでくれる。
久しぶりの悠仁…今すぐにでも食べてしまいたくなる。再びキスをするが、深いキスは途中で終わってしまった。
「今日はせんよ。たまにはこういうのも良くない?」
ぎゅっと抱きしめられて頬を寄せられたら、それ以上手を出せなくなる。
いつの間にか悠仁に主導権を握られたてたみたい。
彼の横に自分の体を並べ、柔らかい髪を撫でると胸の奥が温かくなる。
悠仁はさらに両腕に力を込めて抱きしめてくれる。
「本当だ。たまには、こういうのも悪くないね」
今日はよく眠れそう。
「先生と付き合い始め時のこと思い出してた」
「僕もだよ」
「こんな最強な先生が恋人って、俺、最強かもーって」
はにかむ悠仁に、キスをする。
暖かい。今日はよく眠れそうだ。
「せんせ…」
きゅっと溶けた声で呼ばれ、聞き返す。
「やっぱ、したくなってきた」
顔を赤くして、僕に顔を埋める悠仁。
愛おしすぎて堪らなく強く抱きしめる。
奥から熱が込み上げてくる。
「僕もだよ」
今夜は寝かせてあげられないかも。
明日は一緒に遅刻かな。
彼に、深く口づけた。