没原稿バールベリトは苛立ちながら廊下を歩いていた。ここはフライナイツが拠点として使用している施設で、幻獣や兵器の開発をメインで担当しているものが常駐している。イレイザーである実行部隊はたまに立ち寄る程度であったが、エウリノームやバールベリトは計画の進捗度合いを確認しに立ち寄ったり、そこで他のイレイザーからの報告をまとめて受け取ることも多かった。彼が苛立っていたのは、その後者に関係していた。
到着するなり、一通り見て回ろうかというバールベリトの提案を無視し、エウリノームは新しい兵器に関する報告を聞きにどこかへ言ってしまった。元々エウリノームのアイデアで始まったものだからだろう。
自分のやりたいことを優先するエウリノームの代わりに、自分たちが不在の際に起きた出来事を把握しておくのはバールベリトの役割だ。自分も新しい兵器を見に行きたかったが、もしトラブルの芽があったら先に摘んでおきたかった。エウリノームの耳に先に入ったら面倒なことになる。ここのメギドたちは何をやっていたのかと詰められ、そしてなぜかついでにバールベリトがそれらの解決を任されるのだ。
「バールベリト様」
案の定、この拠点の管理担当が近づいてきた。元々ある軍団の副官であったメギドで、細かいところに気の利くところがあったのでバールベリトがイレイザーから推薦したのだ。イレイザーの時には身につけていた鉤爪を外し、すっかり管理者然としている。
しかし銀の前髪の下、グレーの瞳は不安げにキョロキョロしている。
「ああ、団長探してんのか?」
「いえ、『いない』のが良いんです」
「何かトラブルか」
「はい。とりあえずこちらへ」
エウリノームが来る前に話をしておきたかったのだろう。通されたのは物資の貯蔵庫だった。バールベリトが最初にここを見た時より拡張されており、常駐しているメギドたちのための食糧から、開発に使用する携帯フォトンまで、整頓はされてるが雑多に仕舞い込まれていた。
「これを」
手渡されたのは数値の並ぶリストだった。
「この施設で管理している携帯フォトンの総量のリストです」
「ふーん。定期的に見てるのか」
「はい。それから、こちらも」
もう一つは、貯蔵庫から持ち出すときに記入するリストだった。使用物品ごとにリストが分かれており、携帯フォトンの持ち出し量と、使用目的、使用者が記されている。
それを見比べて、バールベリトはすぐにあることに気づいた。
「ズレてるな」
「何者かが盗んでいます」
「数え間違いじゃねえの?」
そういうバールベリトに、管理担当は携帯フォトンを一つ差し出した。
「中身を少量ずつ抜かれています」
「なるほど……」
「カウントは携帯フォトンの数で行っていたので、内容量までは見ていませんでした」
「なんで発覚したんだ」
「兵器の実験時、出力にムラがあったので調査させていたところ、そもそも充填されたエネルギーが足りなかったのです」
そんなことがなければ気付きようがないだろう。携帯フォトンの中身が少ないかなど、普通気にもとめないからだ。
「今は私とその調査をしたメギドの二名しかこのことは知りません」
「そいつはどうしてる」
「死にました」
「はあ?」
「再現調査をするというので任せていたところ、兵器が暴発して……」
「報告しろよ」
「それが今なんです」
バールベリトはその回答にムッとしたが、同時にこの施設はある程度自治を任せていたから、接敵したわけでもなく死んだのであればどうでも良かった。忙しい時に報告されていたらそれはそれでイラついただろう。この管理担当が選んだタイミングは誤ってはいなかった。
しかし不穏な死だ。携帯フォトンの不正な使用に気づいて、調査していた過程で死ぬ。フォトンをちょろまかしていた奴が手を下したと思った方が自然だ。
「犯人に当てはないのか」
「……実は一人、気になるメギドがいます」
「よし、行くぞ」
貯蔵庫を後にし、管理担当が案内したのは幻獣の飼育区画だった。様々な幻獣が一体ずつ収容された檻を横目に二人は奥へと歩いていく。
「幻獣は繁殖が追いつかない分を定期的に補充しています。捕獲担当はこの施設で比較的外部との接触が多い」
「フォトンをよその軍団に横流ししてる可能性もあるな」
「はい。ちょうど、任務から戻ってきた頃合いかと……」
ドアを開け、思わず声を上げた。
部屋には、エウリノームとメギドが一人いた。
「げっ、エウリノーム」
「オマエ、どこをほっつき歩いていた」
「ちゃんと見て回ってたんだよ!オマエが自分の見たいもんしか見ねえから」
「オマエが俺に報告すれば問題ないだろう」
そう言うエウリノームの手の中には、ぶよぶよとしたボールのようなものがある。
「それ何?」
「試作の幻獣です」
エウリノームの脇に控えていたメギドが答えた。
「ふーん……オマエが作ったのか?」
赤い目を伏せ、首を左右に振る。
「案内を団長に命じられただけで……自分は捕獲を担当しています」
「何だ、不服か」
「い、いえ。事実を述べたまでですよ」
運悪くエウリノームに捕まって、自分の担当外のことを突然任されたのだろう。狼狽る様子を気の毒に思いながら、バールベリトはそのメギドを眺めた。捕獲を担当していると言ったから、こいつが管理担当が怪しいと睨んでいるメギドということになる。
戦闘用の装備のままで、確かに管理担当とは違っていつでも戦える姿勢だ。ツンと立った茶色い髪が獣の毛並みを思わせた。幻獣一匹たりとも逃さぬような俊敏で、冷静な佇まいだ。
この男が私欲のためにフォトンを横流しし、己の横領を隠すためにフライナイツを一人手にかけたのだろうか。
「……」
今この場でことを荒立てるような気は当然二人にはなく、バールベリトと管理担当は無言のまま一瞬目配せをした。
「バールベリト」
「なんだよ」
「この試作の幻獣は面白い。明日の作戦に連れて行くぞ」
「え、もう戦力決めてんだけど」
「こいつを加えて作戦を立て直せ」
「…………」
げっそりするバールベリトを横目に、管理担当も戸惑っていた。
「お、お待ちください。試作用で何ができるか分かりませんよ」
「いや。構わん。戦場で何ができるか見る。使えなければそれまでだ」
「こいつの開発に使ったフォトンが無駄になんだろーが!」
「勘違いするな。兵器は使わねば意味がない」
「そうだけどよ……」
エウリノームが決定事項を覆すとはこの場の誰も思っていなかった。
「……分かりました、では報告役として、ここから誰か連れて行ってください」
「ではオマエだな」
「え?自分は捕獲の任務が……」
「見たところ幻獣は足りていそうだが。どうだ」
「は、はい。一日程度問題ありません」
「では決まりだ」
「おいっ!ついでにメギドも増やしてんじゃねえよ!」
訳の分からない幻獣と、報告役とはいえメギドが丸々1人増えてしまった。だが見方を変えれば、疑惑のある捕獲担当を監視することもできる。これはいい機会かもしれない。