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    sumitikan

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    sumitikan

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    実弥の短編、軽く戦って鬼の首が飛びます。

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer
    #不死川実弥

    依代「あんた、あんただ。あんたみたいなのがいい」

    藤の家の門を出た所で、言葉と共に袖を掴まれた。必死の体で、しっかり握って離そうとしない。男の後ろには三、四人ほどの人が顔を連ねていた。誰も同じように村人の貧しい身なりをして、中の一人が済まなさそうに言った。

    「鬼狩り様、すまねぇ。昼にはこの人を元の村に返そうと思ってたけど、どうにもこうにもならなくて。鬼を退治できるような偉丈夫に会いたいって、ずっと粘られてしまって……」
    「すまねぇ、すまねぇ。この人はあの山の奥から来ていて、滅多に人の行き来もねえような所だから、世間知らずなものでして。鬼狩り様には全くご迷惑なことを……」

    これから鬼殺に出向こうという所だった。と言って爽籟は任務を呼びたてて来ない。とにかく藤の家の外に出た夕焼けの真っ赤な中で、知らない男が必死に実弥の羽織の袖を掴んでいた。

    実弥みたいのがいい。はっきりそう言われ、見知らぬ人から求められたことに奇妙な関心が湧いた。袖を掴んでいる男の髪が、散髪に失敗した人のようにぼうぼうだった。

    「詳しく話せェ」
    「はっ……はい、はいはい。ここまで祭りに招待できそうな人を探して来たんですが、あんたはまったく良さそうな客人だ。ぜひぜひ、うちの村の神様になってくれないでしょうか」
    「神様……?」
    「うちの村は外から神様を呼んで祭るのが習わしで、その神様に丁度良さそうな人がなかなか通って来なくて、往生してここまで探しに来たんだ。はあ、よかった。来てくれて」

    実弥の袖を逆から引いてくる者がいる。

    「ありゃあ奥の村の風習です。うちんとこの祭りと大分違って、何でも秘密の祭りだとかで、どんなことしているんだか、誰に何を聞いても一言も漏らさないんですよ」
    「ちょっと、うちの悪口はやめて下さいよ」
    「いや、だってねえ、あんたん所は」
    「構わねェ。行くゥ」

    実弥が言うと、ぼうぼうの頭をした男は喜んだ。

    「ええ、うれしいねえ、それじゃあ来てください。鬼を狩るほど強い人が神様になってくれるなんて、久しぶりのことなもんで……さ、こちらに、こちらに」

    初めて聞いた変わった話と、客を神と呼んで引き込む男の必死さを実弥はまじまじと眺めた。そんな必死さを鬼殺の際に、誰かの面上に見かけたことがあり、普段は気に留めない些細なことに気持ちを誘われた。爽籟も鳴かなかった。
    村の道を山側の方に引っ張って行かれて、手を振り払った。

    「そんなに引かなくても、ついてくぜェ」
    「ああ、そうでした。そうでした……」

    男ははっとしたように、ぺこりと頭を下げた。二度も三度も。妙な気持ちがしていた。刀を持ち歩いていることと、顔の傷が恐がられ、人が避け様に怯えて頭を下げることはこれまでにも何度もあり、けれどそういう時の怯えとも違う気がした。

    奇妙な態度の男について行く。暗さを増して行く山道の途中に松明の用意があって、男がそれに火を点け、明りを掲げて歩いた。急速に闇夜に包まれようとする春先の山は、あちこちに辛夷の木が咲いているのが夕闇に真白に見えていた。

    男の先導で山道を行く。松明があるのは良かった、いつも実弥の頼りは爽籟の夜目で、今夜はどこに行ったか姿が掴めなかった。暗くなりつつある木立を歩く。

    「どんな祭りだァ」
    「神様として振る舞って下さればそれでいいです」
    「そいつを教えろォ」
    「面を被って頂きます。神の印なんで……」
    「他にはァ?」
    「お堂に入って、うちの歓待を受けて貰います。後の流れは、その時になれば分かります」
    「刀を手放す気はないがァ」
    「ああ、いいんです、いいんです……鬼狩り様のような方なら、きっとそう仰ると思っていましたから」

    細い獣道をよく知った風に歩いて行くのについて行く。夜はどんどん更けていき、爽籟の居場所は時折その羽ばたきが聞こえるくらいだった。この山中で光と言えば先導の男の手が持つ松明一つきりだった。ミミズクが鳴くような真っ暗な中を歩いて行った。

    黙ったままどれだけ歩いただろうか。実弥の感覚で三時間ばかり進んだ頃に、前方に火明かりが見えた。篝火を焚いている。男はそれを見て言った「あれです」と、のんびり歩いていた足が走り始めた。実弥は歩いた。

    篝火の元に着くと、男が二人いた。何か二人だけでひそひそと話している様子が気になったが、黙っていた。二人は実弥を見て辞を低くし、面を差し出した。それが鬼の面であることに、実弥は鋭いものを心中に覚えた。鬼の面をつけた。

    「こちらです」

    言われたままに案内される。村の中は電信柱が無いようだった。歩いて来た獣道だけが外と繋がる道なら、まず道を作らなくてはならないほど奥まった村だった。

    暗い中を案内され、古い作りの建物に入る。雪駄を脱ごうとすると強いて止められて、そのまま中に入った。建物は古く広く、中は燈明が点いて明るかった。女たちが紙の面をつけて立ち働いているのが異様だった。

    奥の間に案内され、上座に座らされる。村の精一杯のご馳走が並べられていた。奥まった村にしては、肉や卵を豊富に使っていることに実弥は驚いていた。実弥は田舎の藤の家を巡り歩いているから、田舎の御馳走については詳しい。そこらの庄屋の建てたような藤の家とは及びもつかないような豪勢な食事だった。その食事から取り分けたちらし寿司の皿を実弥は渡された。

    「さあ、どうぞこちらに」
    「……紙の面、なんでつけてんだァ?」
    「神様の面倒を見ていると、嫉妬されてしまいますから」

    誰の嫉妬だろう。灯篭は真新しくて幾つもあった。寿司、川魚の洗い、山菜の煮もの。酒。実弥は酒に用心して、隙を見て板の間の隙間に零した。ご馳走の入っている重箱は漆塗りの金蒔絵、座っている円座も使われている草は青々として真新しかった。女たちの着物は色艶やかだった。

    村人の他に誰かがいないと、嫉妬なんて言葉は出てこない。神とは実弥ではなく、その誰かではないか。村人と実弥の他に何かいる。注がれる酒を密かに捨て続けた。一体誰だ。

    二時間ほどの歓待を受けて、実弥は更に奥の間に案内された。ひんやりした部屋で、二枚ある畳の上に布団が敷かれた板の間だった。実弥は案内の者が灯を託して戻って行くまで、じっと待った。この部屋は窓がなく、出入り口らしい障子が更に奥に一つあるきりだった。

    神体らしい鏡が飾られている傍に刀がある。直刀だ。実弥はそれを手に取って抜き払った、誰のものか知らないが薄っすらと水色を呈している日輪刀だった。

    かつて育手がこの寒村にいて、彼が死ぬ折に日輪刀が奉納されたという可能性もある。あるが、実弥は奥の間から来るものがいること、それが鬼であることをもう知っていたような気がした。

    この村まで案内した男の必死な顔は、身内に鬼がいる者がよくする庇いたての懇願だった。実弥に必死に頭を下げたのは、実弥が鬼の餌になると思っているからだった。

    鬼殺隊の知らなかった鬼が隠れ住んでいて、鬼殺隊士が鬼の贄になっている。実弥は面を外し、布団の上に正座して、刀を脇から離す気はなかった。燈明がじりじりと灯っている、静かに冷え込んだ部屋の中だった。
    灯明油が尽きるだろうかと言う頃だった。

    「もし、もしえ……」

    女の声が掛けられて、実弥は視線だけで奥の出入り口を見た。音もなく障子が開かれて、緋の腰巻をつけた肉付きのいい鬼が、乳房を露わにした体で実弥を見た。

    実弥が起きているのを見て女鬼が驚いて、その驚きに付け入るように、実弥は正座から一足に跳びざま抜き払い、女の前に着くと同時に刀を横に払った。迎え撃とうとした鋭い爪の長い手首と生首がごろりと落ちた。

    「ええ口惜しい、鬼殺隊士か……血入りの酒を、飲まなかったか……」

    散りながら迷い事を言う。どさりと体が床に倒れた。血を介した血鬼術で体の自由でも奪うのだろう。
    実弥は部屋の灯を片手に、女鬼が来た奥の間に向かった。障子を開くと真っ暗な洞窟だった。洞窟の中に降りていく。

    爽籟もいない。実弥は一人で地中を歩いた。女鬼ばかりではなく、人が通りやすいように石を積まれた箇所が分かる。そこを目印に、乏しくなった火明かりを頼りに、出口の夜空が地底から見上げると明るかった。

    洞窟を出る。人っ子一人いない山の中だった。どこが道かも分からない。実弥は数歩、梢を仰ぎ見た。この程度の悪夢は、鬼退治にはつきものだった。

    「爽籟!」

    呼ぶと声を上げて飛んで来る。ばさばさと実弥の腕に停まって来た。

    「サネミ サガシタ ドコニ行ッテタ?」
    「ちょっと鬼退治に行ってたァ。とりあえず一つ片付けたぜェ。夜明け前にここを離れてェんだけど、道分かるかァ」
    「マカセテ マカセテ!」

    爽籟の声を頼りに春の山の中を行く。花冷えで息が凍った。月明かりの木立の中に、辛夷の花をつけた木がぼうっと白く浮き上がっていた。
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