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    sumitikan

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    sumitikan

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    実弥の短編、全年齢。モブあり、軽く戦って鬼の首が飛びます。

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer
    #不死川実弥

    親戚不死川の墓に経文を上げる住職を頼めたのは、柱で実入りがいいからだ。父祖からの墓に弟妹の遺灰を皆詰め込んで、墓があるだけましだった。僧に頼んでまともな経をあげられるようになったのはここ近年の話になる。

    彼岸会を終わらせた時に住職から話があった。不死川家の本家についてだった。

    本家の話を実弥は初めて耳にした。本家筋は明治末年頃に佐倉の方に引っ越し、この菩提寺と縁続きの寺を檀那寺にしている。実弥に話とは何のことか、住職もはっきりしたことは言わなかった。とにかく実弥に用があるらしいので、そちらに向かうことを伝えてくれるよう頼んで、あちらの住所を聞いておいた。

    鬼殺隊に家の用があると連絡を入れ、軽い旅装を整えて本家に顔を出すことにした。海沿いの街道筋の宿に入る。名刺を出して、宿帳は宿の人に書いて貰った。

    宛がわれたのは階段を上がって二部屋目だった。階段を上がってすぐは四人連れ、実弥を挟んで、その隣は二人連れ。両隣から話が聞こえた。行楽に行く相談と、親戚を尋ねに行く話だった。

    窓を開けると夕映えが空一杯に、潮の匂いがした。いつも山歩きだから新鮮な感じがして、明日は海でも見に行こうかと思った。

    「ちょっとお隣さん」

    窓越しに、隣の人から声を掛けられた。

    「はいィ?」
    「ごめんなさい。この所、この辺りで泥棒が出るらしくてね……一人で宿に荷を置いて出かけるなんて止した方がいいって話ですよ。誰がやるか分からない。十分注意した方がいい」

    そんな声を掛けられて、礼を言う前に窓が閉じた。この宿場を根城とする泥棒がいるらしかった。実弥は窓際に寄りかかって、潮の香りのする風に吹かれた。窓の下の道を下駄の足音が幾つか娘の声で歌いながら歩いて行った。

    冷えた風に窓を閉め、これから仕事と言う刻限に食事をして休むのがおかしな感覚だった。運ばれて来た膳のものを見る。夕食は鰺の煮つけだった。

    「もし、お客様」
    「はいィ?」
    「女将さんが一本付けると仰いますので、よかったら」

    女中は食事を終えた部屋の中に入ってきて、押し入れから布団を出して延べてから部屋を出て行った。

    実弥は貰った酒を見た。客に酒を出す気紛れを受け取ろうと、猪口に注いで一口飲もうとして、鼻先に濁った香りが気に入らなかった。
    結局飲まずに置いておくことにしたのは、先日の山里の祭りの鬼が、鬼の血入りの酒を供して行動不能にさせようとしてきたことが記憶に新しかった。あれから酒は家で飲むことに決めていた。

    膳にそのまま猪口を置き、実弥は布団に横になった。あまり使われた気配のない布団で、客の入りはいいのに不思議だった。大勢の人が使うのだから、もっと綿が潰れているものではないだろうかと疑念がさして、欠伸が出た。

    寝入る間に親戚のことを思った。京橋で窮乏していた頃は便りがあっても父や母が受け取って、実弥には何も言わなかったのかも知れない。どんな相手か一度見て確かめたかった。

    目を閉じるとあっという間に眠りに落ちて、何か異音で目覚めるまで、全く一瞬の事だった。

    ばきりばきりと隣の部屋で、肉を噛み砕く音がするのに目が覚めた。ちゅうちゅうと啜る音もした。

    何が起きているかすぐ分かった。体を起こそうとして、寝起きで頭がぐらぐらとして、こんなことは滅多になかった。宿の食事に薬を盛られたのだと危機感が水位を上げて、実弥は窓に取りついて一気に開け放った。月が出ていて、その丸さが二重三重にぶれて見えた。まずい。

    まずいからと言って逃げ出す気はなかった。使われていない布団は、人が食われる時に片付けられるから綿が潰れず新品のような寝心地なのだ。酒を出したのは血鬼術に掛ける為だ。この宿は鬼の根城だ。

    実弥は自分の荷物の中から仕込み傘を取り出し、抜き放った。部屋は六畳、天井も低い。大きく振りかぶることなく鬼の首を斬らなくてはならなかった。

    部屋の隅に片膝を立て、八相に構えた。隣との襖を睨んで息を溜めた。ぼきりばきりと人肉を食い裂く音が聞こえてくる。

    「おい鬼ィ!ここにいるのは鬼殺隊だァ!」

    怒鳴りつけると、隣室で食い漁る気配が止んだ。ばんと音を立てて襖が両開きに、毛むくじゃらの猿の顔をした鬼が三つ首を晒して来ようとしていた。襖を潜って来ようとするほど巨体の鬼だった。猿臂を伸ばして来るのを切り落としたい欲を耐え、立ち上がる勢いで猿鬼の首を狙った。

    実弥は真っ直ぐ鬼の懐に飛び込むようにして跳んだ。首目がけて八相を振り下ろす。頸骨を三つ斬り落とす感触が刃から伝わってきて、首が重く飛んた。飛んだ首が奥に至る部屋の襖を倒した。その部屋では人の起きる気配はなかった。

    その場に倒れ、崩れていく鬼の頭と体に窓からの月光が注いでいた。実弥は冷汗をかいていたのを腕で拭った。溜息が出た、油断していたから危なかった。それから、窓の月を見上げた。まだ二重に重なって見えていた。

    鬼が散り散りになってから、実弥は隣室の様子を見た。血は先に啜られたのか、流れていなかった。布団は畳まれ、肉塊がごろごろと散らばって、生きている人は一人もなかった。

    実弥はふらつきながら刀を仕舞った。それから襖を元に戻して、よろよろと階下に降りた。

    「すみません、どなたかァ」
    「はい、何でしょう」

    夜番らしい若い男が眠そうに眼を擦って応対した。同じように実弥も眠かった。

    「隣の部屋で酷い物音がするんですゥ。ちょっと見てきてくれませんかァ」
    「隣の部屋ですか?」
    「階段上がってすぐの所の。俺ァその隣の部屋の者ですがァ」
    「ああ、そうですか」

    階段の上り口で若い男が見上げている。

    「ですが静かなものですよ」
    「気味が悪い音がしていたもんでしてェ。ちょっと見てくれませんかァ。俺が覗くと後で難しいかも知れねェしィ」
    「わかりました」

    宿の者が二階に上り、やがて魂消るような悲鳴を上げた。それでも客は誰一人として起きなかったのだから、大した手口だと実弥は思った。生あくびがまだ出てくる。

    階段を落ちるようにして、若い男が大声をあげながら、宿の外に転がり出て道端に吐いた。そんな初心さを眺めやる。

    「うるさいねえ。なんだい?」
    「アンタ誰ですゥ?」
    「この宿の女将ですよ。どうかしたんですか?」
    「さあ。隣の部屋でおかしな事が起きたらしいですがァ」
    「おかしなことって、一体なんです」

    苛立ったように聞いてくる、鬼の協力者はこの女将だ。実弥がするのは鬼退治までで、その後のことは知らない。寝間着に羽織の女将の焦りの浮いた顔は、鬼の身内を心配してのことだろう。

    「さァ、俺は何にも。上に見に行ったらどうですゥ」
    「……それじゃ失礼して」
    「ああ、駄目、駄目ですよ女将さん。女のあんたが見るもんじゃない。上になんか行ったらだめだ。巡査、巡査を呼ばなけりゃ」

    表の道で吐いていた若いのが、戻ってきて女将に話した。女将は目を吊り上げて、息を詰めて男に聞いた。

    「何があったの」
    「人殺しです!とんでもない人殺しですよ!人殺し、人殺しだぁ!!おれ派出所に行って巡査呼んできます!!」
    「あっ、ちょっと、ちょっと……ちょっと待って……じゃあ、それじゃあ、うちの人は」

    男は走って出て行った。後に残された女将はその場に座り込み、がっくりと肩を落とした。鬼に布団を片付けてから人を食うよう教えたのは彼女だ。客の残した荷物を財産にしてきたのは彼女だ。家族が毎夜客を平らげるのを、いつから恐れなくなったのだろう。

    鬼は血鬼術で人を昏倒させ、一晩で宿泊客を平らげる。血を零さないよう啜りながら人を食う様を聞いた。鬼の血入りの酒を飲んでいたら危なかった。

    女将が玄関先で肩を落として俯いて座っているのを残して、実弥は二階の部屋に戻った。人の死んだ部屋は電気が点いたまま開け放たれて、異様な様子だった。その隣の部屋に戻って窓の外を見た。下の道を自転車が走って来る所だった。その後について男がニ人ほど来る。

    実弥は窓を開け放したまま、寝間着から普段着に着替えた。袴を着けた頃に巡査らしい男たちが階段を踏む足音が登って来た。どんどんと音を立てて廊下を歩み、実弥の部屋の襖をぴしゃりと開けた。

    「警察だ!」
    「どうもォ」
    「なんだ貴様、怪しい奴だな。その面体はどういう訳だ」
    「これァよく聞かれますがァ、子供の頃に大怪我をして、そいつが今もこうして祟ってますがァ」
    「ふん。務めは?」
    「産屋敷家の係りですねェ。丁度良く名刺があります」

    実弥が名刺を出すと、巡査はそれを書き写した。

    「それで。隣の部屋のことは?」
    「はい。変な音がして気味悪いからァ、宿の人にどうにかして貰おうと思って呼びましたァ。そしたら飛んだことになってたようでェ……いや、驚きましたァ」
    「酒を飲んでおるのか?」
    「いいえェ。夕べは飲んでませんがァ。……宿のおごりの酒を飲む前に、眠気ついちゃったもんでしてェ」
    「それで、隣で物音がしたのか」
    「はい」
    「どんな音だ」
    「何とも奇妙な音でした。人の骨を断ったらあんな音じゃないでしょうかァ。気味悪かったなァ」
    「目的地は?」
    「佐倉までェ。親戚がそこ住んでるんですゥ」
    「ふむ……」

    隣の部屋では人を起こす所からやっているのを、巡査は「よし」と実弥に言ったのが、何のことだか。
    空が明るくなる頃に、宿の炊き出しで握り飯と味噌汁が出た。

    「あのォ。俺は親戚の所に行きますがァ……」
    「行ってよし!」
    「どうもォ」

    女将の姿は見なかった。実弥は海を見に行き、朝の海は美しかった。波打ち際に波が静かに打ち寄せてくる様を、海鳥と共に見つめた。

    佐倉の本家に行くと、座敷に通されたはいいものの茶も出されずに古い明細書を持ち出され、日付が明治だった。父の恭梧に建て替えた十四、五円ほどの話だった。寺に供養を頼む力があるなら、払えると思ったのだろう。

    間に人を挟むことを提案し、寺で証文をやり取りすることにした。金を支払い、これ以上の親戚付き合いは無いことに決まり、実弥は早々に佐倉を発った。
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