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    sumitikan

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    sumitikan

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    実弥の短編、全年齢。モブあり、軽く戦って鬼の首が飛びます。

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer
    #不死川実弥

    玄弥丸々とした月が沖天にあった。爽籟の導きで実弥は草の中を歩いていた。道は狭く、両側から背よりも高い草が覆い被さり、まるで壁のようだった。見通しも悪くて暗く、ざわざわと風が渡ると、壁のような黒い草が襲い掛かる波のように揺れた。

    この先に廃村があり、隊士が既に十人ほどやられているという事だった。そういう所に柱が派遣されるのは当たり前だ。一体どんな難しい鬼なのかと、実弥は半ば期待していた。下弦か、もしかして上弦か。

    そういう難しい鬼の話が自分の所に舞い込んでくるのを実弥は楽しみにしていた。自分の腕一本で鬼を退治できるのが嬉しい。世の中の為になっている手応えが夜の中に散って行く様を見るのが気持ちいい。

    村に到着する、そこは開けていた。廃屋がぽつぽつと月光の下に黒かった。切り裂かれた隊服が地に落ちて風に吹かれて転がっている。実弥は村の中に入って行った。いる。

    小鬼が一匹、死体を道の真ん中に積み上げてひしひしと食べている。鬼は実弥に背を向けていた。肉を喰らうのに夢中で、新たに来た肉に関心はないようだった。

    「俺が来たのに無視こいてんじゃねェ!!」

    どなりつけざま、型を使った。壱ノ型 塵旋風・削ぎ。叩きつけた技で鬼も死体も散らばった。実弥は正眼に構えた。何があっても対応できるように、月光の下で鬼の姿を見た。

    そこに立っていたのは玄弥だった。
    予想外のことに、実弥は惚けて弟の顔立ちを見つめていた。

    最後に見た弟の姿だった。五人の兄弟の埋葬を済ませた後だ。五つの白木の位牌の前に線香の煙が立っていた。その線香立ては借り物で、明日には寺に返しに行くものだった。その用を玄弥に言いつけたことをよく覚えている。
    いつも狭かった家の居間がやたらと広く感じられて居辛かった。ちょっと出かけてくる、と言って出て行ったきりだった。

    あの時の玄弥だ。寸分違わない、実弥を信じている目で見上げてくる。

    「兄ちゃん」
    「……」
    「兄ちゃん」

    玄弥は目に一杯の涙を浮かべている。手には誰かの手首を握っていた。先ほどまで齧っていたのだろう。よく見ればその口元は血で黒く汚れていた。
    兄弟揃って父そっくりのきつい目つきだった。玄弥の声を数年ぶりに聞いた。小さな弟の姿を前に、実弥は刀を下ろしていた。久しぶりに会った弟の姿に、その場でひざを折っていた。

    「玄弥ァ」
    「兄ちゃん」
    「てめェ、何でこんなとこにいるんだァ」
    「ごめん。兄ちゃん」
    「ああ」
    「兄ちゃんが行っちゃってから、俺、腹が減って……」
    「……」
    「それでどうしても我慢できなくて……」
    「ああ」
    「ごめん。兄ちゃん」

    明るい月夜が罠だった。玄弥の頬の産毛までありありと分かった。可愛い弟の顔と声がしきりと謝って来るのが、いつぶりだろう。玄弥はこんなに小さかった。

    手首を両手にしっかり握って、玄弥は涙目を擦るようにした。久しぶりに会えたのが嬉しくてならない涙を拭うようだった。

    「腹減ったよ、兄ちゃん」
    「ああ」
    「ここんとこ少しも食べてねえから……」
    「ああ」
    「だから兄ちゃん、ちょっとだけ、いいよな?」
    「ちょっとォ?」
    「うん」
    「何だァ玄弥。ちょっとってェ」
    「ちょっとだけ、兄ちゃんを齧っても……」

    実弥は微笑んだ。

    「しょうがねェなァ、てめぇはァ」

    実弥はまだ握っていた刀で、玄弥の首を狙って横ざまに撲るように切り払った。玄弥は驚いたように跳躍し、数間も離れた所に着地した。驚いた顔で実弥を見ていた。

    「兄ちゃん、なんで……?」
    「うるせェ」
    「兄ちゃん」
    「うるせェ。うるせェ、うるせェよォ!!てめえ鬼ィ、よくも玄弥の姿で俺を騙そうとしやがってェ」
    「そんな、兄ちゃんを騙すなんてこと、俺はしないよ」
    「掛かって来やがれ。それとも俺から行くかァ?アア?」

    青筋を立てた凄まじい形相で、実弥はその場に立ち上がっていた。玄弥がこんな所で人を食っている筈がない。玄弥はきっと、よい奉公先を得て、そこで可愛がられている筈だ。

    殺気走っていた。実弥はじろりと玄弥を見た。すっかり怯えた顔をして、両手で持っていた手首をあわてて口に押し込んで、飲み干した。

    「兄ちゃん。恐いよ」
    「うるせェ!!」

    壱ノ型 塵旋風・削ぎ。玄弥は宙に跳んでかわした。小さな玄弥に人の理の外にある動きが出来るわけがなかった。背に追い縋る。幻の血鬼術の他は碌に能がないようだった。

    実弥は村の立つ土地の際に玄弥を追い詰め、刀を下段に、脛を斬り飛ばした。脛から下が消し飛んでも、玄弥の足はすぐ生えた。

    「痛い、兄ちゃん、痛いよ、兄ちゃん」
    「うるせェ!!うるせェ!!」
    「兄ちゃん頂戴。一口でいいから」
    「うるせェ!!」

    刀を振りかぶって振り下ろす。玄弥の首を斜に切ったと思ったら、小柄な鬼は体を沈めていた。玄弥の姿で鬼の濁った目の色がちらりと見えた。

    刀を振り下ろしてしまった実弥の、がら空きの喉を狙うのは分かっていた。玄弥は口元に卑しい笑みを浮かべていた。

    「兄ちゃん、一口、貰うから」

    爪を鋭くした玄弥が跳ねて鬼の爪先で頸動脈を狙って来る。それを実弥は迎え撃った。手首を使い下段から刃先を跳ねさせ、小手先の突きで鬼の胸元を貫いた。

    玄弥の爪先は実弥の腕を微かに傷つけただけだった。玄弥は真っ向から胸を突かれて悲鳴を上げた。その体ごと宙に持ち上げ、道の真ん中に振り落とした。玄弥は地べたを這いずって、怒りの形相で実弥を睨んだ。

    「鬼ィ。化けの皮が剥がれてんぞォ」
    「兄ちゃん、一口。一口でいいから、頂戴……」

    地を低く這い、両手と両足を使い、ばね仕掛けの玩具のように玄弥は宙に躍り上がった。実弥は型を使い迎え撃った。壱ノ型 塵旋風・削ぎ。玄弥の首が勢いよく高く上がった。
    首は地面に落ちて転がり、ぼんやりした口調で言った。

    「兄ちゃん、一口……」

    実弥はその首の元に歩んで行って、踏みつぶした。

    「俺の弟が鬼になんてなるわけがねェ。なるわけねェんだよ。クソが……」

    玄弥の頭は砕けて散り散りになり、後には何も残らない。実弥は刀を片手に呆然と突っ立っていた。明るい月夜に、鴉声が上がっていた。爽籟が猛禽めいた翼で来る。隠をこの廃村に誘導してきていた。

    吹き渡る強い風が実弥を嬲った。弟の首を落としたのが言葉にならないほど強烈な罪悪感で、涙も出ない。身動きが取れなかった。本当に玄弥が死んだように思えていた。

    隠の一団が獣道から集結してきて、彼らは手に灯を持ち、隊士の死体が散らばっているのを集め始めた。中の数名が畏まった態度で立ち尽くす実弥の回りに来た。

    「風柱様」
    「もし、風柱様」
    「もしかしたら血鬼術の中にいるのでは?」
    「ああ……」
    「では、これを」

    誰かが持ち物の中から霧吹きのようなものを取り出して、実弥の顔に吹き付けた。強烈な藤の香りがした。実弥はその香りを嗅いで、急速に己が回復するのを感じ、玄弥を殺したのは幻だ、という理解に達した。

    「……蝶屋敷か?」
    「はい、そうです。後のことはお任せください」

    実弥は腕で濡れた顔を拭った。まだ藤のきつい香りが鼻の奥に残っている。お陰で正気付いたのはいいが、暫く匂いが残りそうだった。

    刀を納めて腰にする。実弥の肩に爽籟が下りて来た。今夜は次の任務は無いようだった。村は遺体が順番に並べられていた。鬼が衣服を剥いだから、皆生まれたままの姿だった。隠の数が続々と増えていた。

    「爽籟。帰り道ィ」
    「アッチ」

    鴉の首が向く方に、もう一本この村から出る獣道があった。来た時と同じように草むらの中に半ば隠れて歩きにくそうな、また風が吹いて草が揺れ、草の影がこちらに襲い掛かる波のような動きをした。そこに実弥は歩みを進めた。

    鬼殺をしているといつも悪夢を見させられるが、その中でも今夜は飛び切りに不愉快な悪夢だった。
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